第26話 前編 めんどい探偵と「肉屋」(前)
「あー、その」
探偵はもぞもぞと動いてから口を開いた。
「一つ確認したいんだけど、このアイマスクの柄、寝てる羊の目のやつじゃないよな」
返事はない。
探偵はアイマスクをかけられ、後ろ手に縛られて転がされている。工事現場ではあるようだが、埃のつもり具合からすると工期が中断してかなり経つようだ。
「あとちょっと寒い。敷物を用意するか、布団くらいかけてくれないかな」
床はコンクリートの打ちっぱなしだ。
「ねえ、あのさ、いるのは分かってるんだよ。それに君が敷物を持ってるのも知ってる。探偵を粗末に扱うと、のちのちいいことないぞ」
探偵は口元をにやりと歪めた。
「騎兵が来るぞォ」
しばらくして、あまりに返事がないせいか、探偵は口笛を吹き始めた。
「ちょっと黙れないのか」
返事が返ってきて探偵は動きを止める。
「喋ってない」
「煩いと言っているんだ」
探偵が声の方に体を向けた。
「なんだ、やっぱり居るんじゃないか」
「黙って聞いてればなんだ、余裕を示してるつもりか。約束の時間までは好きにしていいって言われてるんだ。お前がぴいぴい泣いて謝るまで遊んでやってもいいんだぜ、こっちは」
「君さ」
探偵は低い声の脅しを意に介した風もなく、もぞもぞと体を起こした。
「攫った側だから優位だと思ってるのかもしれないけど、自分の立場を理解してないのはそっちだぜ」
「なんだと」
「まずは敷物出せよ、いいから」
「偉そうなやつだな」
「大体、なんでこっちが敷物のことを知ってるか不思議に思わないのかい。起き抜けに簀巻きにされて、友達に書き置きすらさせてもらえなかったのに。それを踏まえて、君が渡されたものの中身を言い当ててやろうか。せいぜいゾッとしてくれよな。プリペイドの携帯、キャリアはソフトバンク、変な柄のカーペット、工具がたくさん入ったツールボックスにビデオカメラ、えーと」
「もういい、やめろ、なんなんだ」
探偵は言葉を切って、もう一度頭を天井に向けた。じれったいように声が足元のコンクリートをにじる。
「何が言いたいんだ」
「敷物」
「なに?」
「まずは敷物を敷け。あと人にものを頼んだり教えてもらいたいときはちゃんとお願いします、をつけろ」
「…っ!」
すっかり立場が逆転しているが、誘拐犯も根が善良なのか馬鹿なのか、おとなしく絨毯を敷いて探偵を転がし直す。よしよし、だいぶいいぞ、と独りごちて探偵はすっかりいつもの口調に戻る。
「で、なにが知りたいんだっけ、君は」
「なんでお前が色々知ってるのかって話だ」
「知りたいのはそんなつまらないことでいいのかな」
「どういう意味だ」
「君が明日以降、少しでも長生きするにはどうやって振る舞えばいいのかって問題の方が重要じゃないかって思うけどね」
「お前、自分の立場わかってるのか?痛めつけて吐かせてやってもいいんだぞ」
「立場」
探偵が快活に笑い始めた。そこに嘲笑の色はない。誘拐犯も毒気を抜かれたようだった。
「もう少しするとここに肉屋が来るぞ。肉屋は、わたしをこのカーペットの上で解体する様子をビデオに撮る予定だ。そして機材からなにからすべて置いたまま帰るつもりだ」
「…!」
「なんで肉屋は道具を持ってこないか分かるか。めんどいし重いからだ。肉屋は中肉中背より少し背が低くて、たぶん右足が悪い。人を抱えて来るのは骨が折れるし目立つ。道具を持って歩くのも目立つ。どっちも簡単に足がつく。肉屋はどこに行くにも徒歩なんだ。不思議だよな、足が悪いのに」
探偵は歌うように続ける。
「肉屋は、君のことも道具のひとつだと思っている。わたしを攫って、仕事道具も持ってきてくれる便利なポーターだ。それに」
「それに?」
珍しく言い淀んだ探偵は、気を悪くするなよな、と前置きしてから告げた。
「肉屋は君のことが好きなんだと思う。それなりに工夫して、誰かが君のことを追いかけてきにくいような小細工してくれるくらいの知恵はあるみたいだしさ。奴さん、サプライズパーティーが趣味らしい」
探偵は肩をすくめる。
「自分が殺されると思ってないやつを殺すのが一番楽しいんだとさ」
息をのむ声。
「これまでのビデオには、運び屋を殺してる時間が一番長く映ってる」
ちなみにさっきの口笛は、肉屋の好きな曲さ。探偵は印象的なフレーズを口笛で繰り返す。
誘拐犯はしばらく考えていたようだったが、足音を消しながら部屋を出て行った。
「あ、おい、待てよ、ここはわたしを助けて2人で肉屋に立ち向かうとこじゃないのか」
探偵の声はがらんとした廃墟に響くばかり。
しばらく声を出していたが、探偵は黙った。
「これは…どうしたものかな」
そして探偵は呟く。
「困ったな」
(続く)
めんどい探偵 高橋 白蔵主 @haxose
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