その“アイ”は何を視る

かんひこ

その“アイ”は何を視る

 あいには両親が居なかった。

 実の父親は藍が産まれる前に事故で他界し、母親は藍を産んだときに亡くなった。


 藍を育てたのは母方の祖父母だった。

 両親は駆け落ち同然で結婚したので、藍は要らない子だった。

 藍は、愛を知らずに育った。



 そんな藍には好きなものがあった。

 一つは陸上競技だ。


 元々運動神経が良かったのも相まって、高校一年のときにはいきなり国体出場を決めた。

 しかし二年に上がる直前、トラックに跳ねられそうになった少年を助けて右足を失った。

 陸上競技は、もう無理そうだ。


 そんな藍に出来たもう一つの好きなもの。それは・・・・・・



「藍、あんたなにしてんの?」


「可愛さに悶えてる・・・・・・今日も迎えに着てくれるんだってさ・・・・・・!」


 友人の桃花ももかの言葉に、教室の机に突っ伏してスマホを抱える藍はそう答えた。


「あんた、ほんと落ち込まないねぇ」


 昔からそうだ、と、桃花は半ば呆れながらそう言った。

 桃花と藍は幼なじみだ。少し引っ込み思案気味の藍を、桃花はいつも引っ張ってくれた。同い年だが、藍は姉のようにすら思っている。


「私は今までの人生で二つの教訓を得た!」


「何よ?」


「親戚なんて信用ならない! そして、落ち込んでたって意味がない!!」


 藍は教室で高らかに叫ぶと、拳を天に突き上げ、立ち上がった。義足の扱いも、手慣れたものだ。


「あんたは強いねぇー。すごいすごい」


 何千何万と聞かされたその台詞に、桃花は形だけの反応をしてぱちぱちと拍手する。


「んで、その彼氏クンはいつ来るの?」


 桃花は棒読みついでにそう聞いた。だが、これが案外藍には効いたようだ。


「かっ・・・・・・! かかか、彼氏!? ちちちち、違う違う!! りょーくんが彼氏だなんて、そんなこと、あるわけ無いでしょ!?」


 しどろもどろになりながら、顔を真っ赤にして藍はそう弁明する。・・・・・・自分がボロを出しているとも気づかずに。


「そもそもりょーくん幾つだと思ってんのよ!? まだ小六だからね!? 向こうだって私のこと恋愛対象としてみてないって!?」


「へぇー・・・・・・りょーくんって言うんだぁ。歳は小六。へぇー・・・・・・」


 そのときようやく藍は、自分の出したボロに気づいた。そう、藍はまだその彼のことを桃花に深く伝えてはいないのだ。


「やっちゃったぁぁぁ!!!! 私の馬鹿ぁぁぁぁ!!!!」


 藍は頭を抱えて、机に再び突っ伏す。桃花はニヤニヤしながらそんな藍を横目に、窓から学校の校門を見下ろす。

 東の空に日が傾く。夕日がさすその校門を見て、桃花はふふっと微笑んだ。


「藍、あの子?」


 藍は勢い良く顔を上げる。そして桃花の指差す方を視た。

 藍は鞄を引っ提げ、義足だと言うのに凄まじい速さで教室を飛び出し、階段を駆け降り、校門に向かった。


 藍がたどり着いた校門には、あの日助けた少年が・・・・・・りょーくんと呼ばれたその少年が、子供ケータイを片手に誰かを待っていた。


 藍は、大きく手を振って彼を名を呼ぶ。


 そちらを振り向き、藍の姿を視た彼の顔色は、夕日と同化して彼女には視えなかった。


 二人は手を繋いで歩いていく。


 そんな二人を、桃花は教室の窓から静かに視ていた。

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