相棒

レースのスタートラインには、多種多様なアミーカたちが集まっていた。みな、気合十分といった感じだ。

カーターのアミーカは頭に、黒光りする立派な角を持っていた。ゼウスオオカブトである。体はひどく大きく、強者のオーラを放っている。


ピートはなるべく端っこに並んだ。号令がかかり、一斉に鞍に乗る。

スターターが、固い実に包まれた種を掲げた。魔力を流し込むと、色が黄色に変わり、赤に変わり、そして、パアン!と音を立てて破裂した。


音とともに、一斉にアミーカたちが動き出す。ほとんどは飛ぶ甲虫だが、地面を無数の足で這ったり、ジャンプしながら進んでいくものもいる。


目的地は、ヌルヌル沼だ。場所は、村から真っ直ぐ3時間ほど歩いた位置にある。ただ、直線だとグリーンドラゴンの繁殖地を通ってしまう。アミーカが全力で嫌がるので、そこは迂回しなければならなかった。


ヌルヌル沼には、アミーカが好む匂いの苔が生えており、それを持ち帰るのが今回のミッションだ。アミーカが沼で苔に夢中にならないように管理するのもバディの役目である。


カーターのカブトは早かった。大勢のアミーカを突き放して、あっという間に姿が見えなくなる。

だが、その後ろをついていく甲虫が一匹いた。


コメである。ビリーの「レース前はたらふく米を食べさせろよ」という忠告を守ったら、ほとばしるようなやる気を出したのである。

カーターがむっとしている。ピートは気まずいなと思った。

ふいに、カブトがコメにぶつかってきた。カブトの大きな体に、コメがぎょっとして減速する。その隙に、距離を離されてしまった。


(正々堂々じゃないのか……?!)

ピートはコメに怪我がないことを確認し、怒ったように言った。

「裏技使おう」


裏技という名のただの近道である。グリーンドラゴンの繁殖地を抜けるのだ。

ピートは消音魔法をかけると、コメに進路変更の指示を出した。コメは素直に指示に従ってくれた。予想通り、コメはグリーンドラゴンを怖がっていないようだ。


もう何度も来たその場所を、低空飛行で飛んでいく。今はドラゴンが巣で休んでいる時間帯で、ドラゴンと鉢合わせしなかった。


ただ、雌に求愛している雄ドラゴンはいた。雄ドラゴンがおしりと尻尾を振りながら雌を見つめている。雌はつれないふりをしながら、気になって仕方ないようだ。二匹の世界に入りこんでいるらしく、幸いこちらには気付かなかった。


周りに村人がいないので、スコッティが胸元から顔を出していた。2匹のそばを通る時だけ、ピートはスコッティを服に押し込んだ。



無事に生息地を抜け、ピートは息を吐いた。ほどなくヌルヌル沼にたどり着いたので、コメから降りて苔を採取した。


「これでよし」


苔にはもう取られた跡があった。カーターはもう帰路についたらしい。

もう一度近道すれば間に合うだろう。ピートは、苔から離さないと、と思いながらコメを見た。


コメは苔に一切触れたくないようだった。安物憎むべし、みたいな顔をしていたので、ピートは少し笑った。



戻りの生息地は、やけに静かだった。もうすぐドラゴンたちが動き出すころだから、ピートは警戒していた。

その時、空が暗くなった。ピートははっと上を見あげた。


グリーンドラゴンが、こちら目掛けて急降下していた。大きな口が、後方いっぱいに迫ってくる。コメが加速しながら急カーブして、間一髪牙から逃れた。ドラゴンは諦めず、追いかけてくる。

ピートはコメに合図すると、後ろを振り返って狙いを付けた。ドラゴンが距離を詰めてきた瞬間、ドラゴンの目に向かって瓶を投げつける。


目に直撃した瓶が割れ、中の液体が目を覆う。ドラゴンは悲鳴を上げてよろめいた。

液体はスコッティが出す粘液を集めたものだ。スコッティに、餌をサービスして恵んでもらったのである。


ドラゴンがまた襲ってくる前に、コメは全速力で生息地を抜けた。コメに謝ったら、楽しかった、と返ってきたので、ピートは呆れた。


前方にカーターたちが見えると、コメがキレながら加速した。ドラゴンから逃げて自信がついたのだろうか。こっちからぶつかっていきそうな勢いだ。

コメとカブトが先頭で並んだ。どちらも譲らず、にらみ合っている。

その時、ピートとカーターが同時に叫んだ。


「スライムだ!」


地面から急に伸びてきた茶色い手が、アミーカたちの前に立ちふさがった。

全身べたべたしていて、粘着性があるスライムだ。草の上や地面の表面に擬態し、獲物が来るのを待つ習性がある。


コメとカブトは避けようと二手に進路を変えるが、スライムは分裂した手で2匹の羽を正確にとらえると、地面に引き落とした。


鞍から飛んで逃げたピートは、なんとか地面に着地した。自らに剥離魔法をかけてスライムにくっつかないようにして、コメに駆け寄る。

背中がスライムにくっついているらしく、コメはひっくり返った状態でもがいていた。


剥離魔法でこれ以上付かないようにしたが、既に着いた部分はどうにかしてはがさなければならない。

虫がひっくり返れば抵抗できないことを知っている、手練れのスライムのようだ。攻撃を警戒しながらはがすのは容易ではない。人手が必要だ。


コメはもがいていたが、諦めたように動かなくなった。魔法で村人を呼ぼう、とピートが思った、その時。


突如、バチンッと轟音がして、コメがひっくり返ったまま宙に飛び上がった。円を描きながらくるくると回り、地面に足から着地する。

ピートは目を見張った。スライムは背中から綺麗にはがれている。

コメが、背中越しにピートを見る。それはまるで、乗れよと言われているようだった。


ピートはカーターの方を見た。カブトがひっくり返って、角までべったりスライムについている。カーター自身に怪我はなく、村に救助連絡を入れているようだ。


ピートは安心してコメに乗った。コメは今までで一番早く飛んだ。途中スコッティが鱗を食べさせると、バテることなくあっという間に村についた。


ピートたちは歓声で迎えられた。興奮冷めやらぬまま祭壇に引っ張っていかれ、花輪を首に賭けられる。どうやら、優勝したらしい。


「ピート! すごいね! かっこよかったよ!」と、リンが嬉しそうにニコニコしながら話しかけてきたかと思えば、


「見違えたな! 明日の狩猟にはもちろん参加するだろ? 絶対参加してくれよ!」と、リーダーに背中を叩かれ、


「お前、ううう、お前、最高だーーー!!!」と、ビリーに泣かれてしまった。


スライムから逃れたジャンプを見たい、とコメは何度も村人にひっくり返されたので、怒っていた。


祭りの間中ずっと、みなから代わる代わる声を掛けられ、ピートは目を白黒させたのであった。



夜も更けたころ、コメを養虫場に返して、ピートは帰宅した。

沢山褒められ、お腹もいっぱいで、つい顔が緩んでしまう。スコッティもルンルンしていた。

「飛ぶの楽しかった?」


スコッティがギャウ!と鳴いた。羽をぱたぱたさせながら、ぴょんぴょん飛んでいる。


「ちょっとはやる気になったな。……明日は雨降りそうだから、また晴れたら練習しような」

ピートはスコッティを撫でて、一緒に眠りについた。


■■


ピートは寒さで目を冷ました。雨が降っていて、締め切られた寝室は冷え切っている。

ピートは寝ぼけながら足元の掛け布団を探して、はっとした。


スコッティがいない。



雨はひどくなり、ごうごうと地面を叩きつけている。ピートがばたばたと外に出ると、雨が全身を濡らした。


家を隅々まで探しても、スコッティは見つからなかったのだ。動転しながら外に出たが、スコッティが行きそうな場所など分からない。

家の下を覗き込んだり、草むらをあさるピートを見て、リーダーが不思議そうに声をかけてきた。


「おい、防水魔法もかけずに何やってるんだ」

「あ……えっと」


すっかり忘れていた。防水魔法と乾燥魔法をかける。


「探し物をしてて……」

「何失くしたんだ? もうすぐ狩猟の時間だし、一緒に探してやるよ」

「あ、いえ大丈夫です! すぐ見つかるので!」

「そうか? 送れるなよ」

「わ、わかりました!」


急いでリーダーから離れよう。きょろきょろとあたりを見回し、養虫場に向かった。


アミーカたちは中でひしめき合っていた。スコッティが来た様子はなさそうだ。コメを探して、スコッティを見たかと聞いたが、知らないと返された。


『ねえ聞いて! 虫食いのドラゴンが村にいたらしいわよ!』


声がした。近くにいる養務員たちが噂話をしているようだ。


「ピート! そんなところで何やってるの?」


噂に聞き耳を立てていると、リンがやってきた。今日は非番で、遊びに来たのだろう。

ピートが言葉に詰まった時、反対側の洗い場から話し声がした。


『近くに縄張りを作ったのかしら。探して駆除しなきゃ』

『大丈夫、まだ子供だったから、傷を負わせてマダラ洞に放り込んだそうよ』

「マダラ洞?!」


ピートは驚いて叫んだ。


「虫食いドラゴンなんて嫌ねえ……。ピート、どうしたの?」


リンが怪訝な顔をしてピートを見た。


「いや…」

『マダラ様も新鮮なお肉が食べられて満足でしょうね』

『どこから来たのかしら? もっと厳重警戒しないとだわ!』


(これは、普通のことで…あたりまえのことなんだ)

屋根を叩く雨の音が大きくなる。風で壁が揺れて、嫌な音がした。


『村長が早く対応してくれて助かったよね。アミーカも落ち着いてるし。あ、ビリーさん。アミーカみんないた?』

『ああ、全員無傷だ。早急に駆除してくれて助かったぜ』


(これでいいんだ、だって、やっとみんなと仲間になれて…認めてもらえたんだから…)

身体が芯まで冷えそうだ。だから、もう戻らなければ。

(でも……)


 ピートは急いで養虫場から出た。そのまま村のはずれに向かって走る。後ろから引き留める声がしたが、一度も振り返らなかった。


■■


洞窟の中は、じめじめして薄暗かった。マダラを刺激したくないため、ピートは暗視魔法をかけて中を進んだ。

遠くからごそごそと音がしたかと思えば、足首を何かが霞めた。ピートは縮み上がって足を引いた。


「なんだ、草か…」


気持ちを落ち着かせた後、草の近くに骨と腐った肉塊が転がっているのに気付いた。ピートはがくがくする足を叩き、頭をぶんぶんと振った。


ふいに、洞窟の奥から細い鳴き声がした。無数の虫がうごめく音も一緒だった。


(一匹だけじゃないのか?!)


嫌な想像が脳裏に浮かぶ。ピートは焦って先に進んだ。


「スコッティ! どこだ! 今助けるからな!」


まもなく洞窟の広い場所に出た。そっと覗き込んで、ピートは目を疑った。


大きなスコッティがマダラを食べまくっていたのである。


全長2メートルほどありそうな巨体に、大きな口。伸びる舌で虫を数匹、器用にからめとって丸飲みにしている。がっしりした足が動くたびに、地面を埋め尽くすほどの無数のマダラが、逃げようと必死にうごめいていた。


スコッティが、今まで見た中で一番楽しそうにしている。


「え? いや、なんで?」


 ピートに気付いたスコッティが、狩りを中断してこちらに寄ってきた。体は綺麗な若草色になっており、頭ととさかはピートの頭より大きい。

虫の体液がついた口でじゃれ付こうとしてくるので、ピートは手を出してなだめた。


「そうか、ドラゴンの肉を食べてたから……!」


 ドラゴンの肉を摂取して魔力強化され続けた虫を食べることで、魔力強化の作用を受けたのかもしれない。虫たちは丸々と肥えているから、きっと多くの魔力をため込んでいるだろう。間接的に、共食いと同じ効果を得たのだ。


 ピートは緊張が解けて、その場に座り込んだ。気にするなと手を振ると、スコッティはさっさと狩りに戻っていった。洞窟の最奥まで進んでいったらしく、姿が見えなくなる。無数の花が、周りに散っていた。


マダラの数が3分の1ぐらいになったころ、ピートはスコッティを止めた。


「全部食べちゃダメだ。このぐらい残ってればまた復活するだろうから」


スコッティは満足したのか、大人しくピートの横に座った。また大きくなったので、狭そうにしている。


(大きくなりすぎだろ。村で育ててたら、こんなに大きくなれなかったんだよな……)

「これから、どうしようかなぁ……」


独り言を聞いて、スコッティがお尻と尻尾を振り始めた。あちこちに尻尾がぶつかって、洞窟の壁が揺れる。


「恋人探しがしたいのか?」


今度は袖口を引っ張られた。スコッティの目が輝いている。


「そうだな、一緒に探しに行くのも悪くないな」


人がいないことを確認して、洞窟の外に出た。明るい太陽が二人を照らす。ピートが背中に乗ると、スコッティが嬉しそうに鼻を鳴らした。


スコッティは翼をはためかせた。そして空気を裂きながら、どこまでも飛んで行った。

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虫と生きる村で、虫食いドラゴンを育てようと思う ガブロサンド @gaburo

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