線香花火の詩

ちびゴリ

第1話

「花火行かないんすか?」


 

同僚から地元である花火大会の誘いを断った私は、一人薄暗い縁側に座り遠い記憶を回想している。それはもう十年近くも前の花火に纏わる話で、頑なにしまい込んでしまってからと言うもの、夏の夜空に映える色鮮やかな風物詩を、どこか素直に楽しめないのであった。


 母の見舞いに頻繁に訪れていた病院で一人の女の子に出会った。名前は由美ちゃん。病室の外れにある喫煙所の窓際の席に腰掛け、隣はお祖父さんだろうか。動物の描かれたパジャマを着て、手にはゲームの景品のような人形を持っていた。どことなく退屈そうに見えたのか、近くに腰を降ろした私は軽い気持ちで声をかけたのだった。人見知りもせず答えてくれる横では、微笑ましい顔で、時折咳き込みながらただ黙々とお祖父さんはタバコを吹かしている。そんな他愛もないことがきっかけとなり、以来、私のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれるようになった。


 由美ちゃんは、小児科に五歳の時から、もう一年も入院しているとお母さんから聞かされたものの、あえてそれ以上のことは尋ねもせず、私も至って普通に接し続けた。おしゃべりで明るく、つい病気であることすら忘れさせてしまうことも度々で、いつの頃からか、母に会うよりも由美ちゃんの笑顔に、楽しみを募らせてるのではないかと思ったほどである。


 やがてはお母さんも私に心を許し、病院内を二人だけで手を繋いで歩き回ったこともあった。手の中に消えてしまいそうな柔らかく可愛い手だった。由美ちゃんは私の手を引きながらいろんな話を聞かせてくれた。熊の絵のパジャマが好きなこと。退院して夏になったら家の庭で花火をすること。もっぱら新社会人になったばかりの私にしては、年の離れた妹のようにも感じ、微笑ましい声が何度と無く長い廊下に響いたものである。


ある日、紙袋を小脇に抱えそこを訪れると、静まり返った院内に、


「お兄ちゃーん」


 と、響く声がする。一週間振りだったせいか、先に私を見つけた由美ちゃんは、うれしそうな顔を揺らしている。


「シーッ。だめだよ由美ちゃん。病院の中で大きい声だしちゃ」

 

 そう言いつつ表情の緩む私の声も似たようなものだったろうか。


「ハイ!これ」

 と、掛けよって来た由美ちゃんに持っていた袋を差し出せば、


「なぁ~に?これ?」

 と、不思議と期待を織り混ぜた顔で聞いた。


「さぁ~なんだろ?これはね、お兄ちゃんから由美ちゃんに」


 お母さんの話もよそに、由美ちゃんは慌ただしくそれを解いて行く。そんな輝いた目を見ただけでも私はうれしさに満ち溢れた。中から現れた小さい熊の縫いぐるみを見て、肩までの髪を乱しながら喜ぶと、それからはどこに行くのにも大切に持ち歩くのだった。しばらくすると、


「お兄ちゃん。これ由美から」

 と、熊のお礼とばかり、今度は由美ちゃんが私に可愛らしいアニメの封筒を手渡す。やっと書いたひらがなが表に踊っていた。

「あれ?何かな?もしかしてラブレター?」

 そう惚け封を開けると、中には一本の線香花火が伸び伸びと泳いでいた。


「いいの?あとで由美ちゃんがやるんだろ?」

「だいじょうぶ。まだあるから」


 確かに線香花火は束になってるなどと薄笑いを浮かべ、私はそれとなくポケットにしまい込む。そんな動作の一部始終を目を細めながら由美ちゃんは見ていた。


 仕事の都合で二週間ほど経って病院に行くと、由美ちゃんはどこにも居ないどころか、訪れた病室には名前も無く、掛け合った看護婦からこんな話を聞かされた。容態が急変し二日前に他界したと言うのである。信じられない思いとは裏腹に、私は壁に寄りかからなければ立っていられず、どんな病気だったのかすら聞いたのか、聞かされたのか覚えていなかった。


 夏の暑い夜、由美ちゃんにもらった封筒を目にした私は、その線香花火に火を灯した。不思議だった。その飛び散る光りの中に、由美ちゃんの顔が見えた気がしたのである。死んではいない。由美ちゃんは思い出の中に生きている。そう自分を励ましてみても、それがなぜか短命の少女の命のようにも見え、溢れる涙を堪えることは出来なかった。


 声を殺すように泣く瞳の中に映る線香花火は、どんな大きい花火よりもきらびやかに見えた。



「由美ちゃん・・・・・・ほら・・きれいだよ」

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線香花火の詩 ちびゴリ @tibigori

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