やっぱり好きです

「じゃあ、どどめが欲しい」

「どどめ?」

「低木に赤黒い実が成る木があるじゃん?」

 僕はスマホで検索する。なんだ桑の実のことね。実物は見たことないけど。


 ユキお姉さまと出会ってから一週間ほど過ぎた土曜日。お姉さまは僕のアパートに居座っている。上げ膳据え膳でお世話をしてご機嫌を取った。

 残りの恨みが百五十人分ほどにまで減ったところで、何か食べたいものはないかと聞いてのお答えがどどめ。


 昔は養蚕が盛んだったので桑の木があちこちにあり、よく食べたのだそうだ。実が熟すのは夏なので、晩秋の今は手に入らない。チラチラっと僕の方を見てきているのは試しているのかもしれない。僕はスマートフォンでそのまま桑の実のジャムをネット注文する。百パーセント天然素材をうたった商品はちょっと高かった。でも構わない。


「散歩に行く?」

 問いかければにこりとした。笑顔が素敵なお姉さま。

「うん」

 鉄階段を降りて道路に出るとユキさんは僕の腕にしがみついてくる。本人いわく石と建物ばかりで不安になるそうだ。


 今日は季節外れの陽気でぽかぽかと気持ちいい。雪女のユキさんには気分良くないかもと思ったがそうでもないらしい。これぐらいなら平気とのこと。それでもコンビニの看板を見つけると嬉しそうな顔をする。

「ちょっと寄っていこうよ」


 目的は冷凍ケースの中のアイス。やっぱり冷たいものは好きらしい。買ったアイスをもってイートインコーナーに行く。

 カップのアイスを食べていたユキさんは僕のソフトクリームに熱い視線を送ってきた。


「一口ちょうだい」

 手渡そうとするが受け取らない。仕方なく口元にもっていくとぱくっと先端を食べ、唇に残ったクリームをぺろりと舐めとった。

「美味しい。それじゃお返し」

 ユキさんは自分のカップから一さじすくい取ると僕の方に差し出す。


 先ほどから後頭部に刺さる青いストライプの制服を着た店員の視線が痛い。気持ちは良くわかる。立場が逆のときは僕も呪詛の言葉をつぶやいていた。でも、期待に満ちたユキさんの目を見ると僕にできるのは口を開けることだけだ。チョコレートのほろ苦さと抑えた甘さが口に広がった。


 それから図書館に寄って仲良く並んで本を読み、スーパーで買い物をして、仲良く手をつないでアパートに帰って食事を作る。以前は暇を持て余していた土日の時間が過ぎるのが早い。


 今までは待ち遠しかった月曜日。だけど今日はしぶしぶ仕事に出かけていく。それでも楽しみはあった。朝夕は僕が食事を作っているのだけど、お昼はユキさんがお弁当を作って現場まで持ってきてくれる。自転車でやってきて一緒に食べた。


 太田先輩も色々と言いたいことがありそうな顔をしているけれども文句は言わない。心臓発作を起こして倒れたところをたまたま通りかかったユキさんがマッサージをしてくれて助かったということになっているからだ。


 何も言わないけれど、目は口ほどにものを言う。先輩の目にはコンビニの店員と同じ単語が浮かんでいた。でも僕は平気だ。実は先輩が愛妻家だというのを知っている。社長から聞いたが、若いころはそれはそれは凄かったそうだ。


 *** 


 ユキさんと出会って半年が過ぎる。もう恨みは残っていないとのことだけど、相変わらず僕のアパートにユキさんはいた。どこで見つけてきたのか平日は博物館でアルバイトもしている。アパートからちょっと行ったところにある岩の塊みたいな構造物の建物だ。食費ぐらいは出すよということらしい。


 こうなると僕としても先延ばしにしてきたことに結論を出さないといけなくなった。やっぱりそういうことはきちんとしたい価値観の人だと思う。でも、昔と違って色々と手続きが面倒だ。それこそ七面倒くさいどころの騒ぎではないだろう。色々と思い悩んでしまう。気づくとユキさんがじっと僕を見ていた。僕はなんでもないよと誤魔化す。


 ユキさんと出会った場所、今では公園として整備された場所に出かけた。青々と茂る緑から零れ落ちる木漏れ日の中、僕はユキさんに向き直る。

「薫。こんな場所に連れてきてどうしたの?」

 相変わらず白いユキさんの顔にまだらに光があたっていた。後ろ手に何かを隠していることはバレているようだ。


「そうかあ。やっぱり壁は厚いか」

「なんのこと?」

「最近、ちょっと様子がおかしかったからね。まあ、半年楽しかったよ」

「ちょっと待って。ユキ。どういうこと?」

「夏になるとさすがにキツいからね。まあ潮時かな」


 今まで見たこともないような透き通った笑顔に胸が苦しくなる。僕は腕を前にさっと出して声を振り絞った。

「僕と結婚してください」

 顔をあげるとユキさんのびっくりした顔が見える。その表情がみるみる崩れた。


 手の先には小さな箱のふたが開いて、小さな輪っかが鎮座している。

「びっくりさせないでよ。お札の類かと思っちゃった」

 僕を抱き寄せるユキさんの手はやっぱりちょっと冷たい。すっかり慣れたその冷たさが熱くなった体に心地よかった。


-おしまい-

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