美人のお姉さんは好きですか?

新巻へもん

もちろん好きです

「ねえ先輩やばいっすよ」

 僕は一応言ってみた。

「呪い? 祟り? マジ受けるな」

 いやだってねえ。中からなんか白いものがチラチラ見えてるんすけど。


 雑木林の中の小さな祠。周囲には赤や黄色の落ち葉が積もっている。良くわからない鳥や虫の鳴き声が響いていた。まあ雰囲気はある。都会の喧騒を逃れて散策デートをするのにいいかもしれない。彼女は居ないので知らんけど。

「先輩見えないんですか、アレ」


「うるせえ。いい加減にしろ」

 太田先輩は僕の胸倉をつかんだ。普段でも怖い顔が当社比二倍。はい。そうですか。いいっす。怪異も怖いけど、先輩の方がもっと怖いんで。

「時間がねえんだよ。地権者の同意はあるんだ」


 役所から請け負った公園の拡張工事の工期が遅れているのは確かだ。先輩はブルのエンジンをふかしてブレードを石造りの祠に向ける。

 アクセルを踏み込んで一気に突き崩した。

 ぐわしゃん。


 ブルをバックで戻してきた太田先輩は運転台から飛び降りると僕に声をかける。

「なんでえ。青い顔しくさって。迷信深い奴だな」

 がははと笑った。男らしく力強さを感じさせる。

 後ろ、後ろ。


 真っ白い着物のようなものを着た女性が先輩の横からこちらを覗き込んでいる。にいっと笑うと先輩の肩に手をかけるようにして回り込み、先輩の顔にふっと息を吐きかけた。


 硬直して地面に倒れる先輩。ますます血の気が引く僕。ああこれは雪女というやつでは。中学のとき課題図書で読まされた怪談を思い出す。神様仏様僕を助けて。女性は僕の方に向き直る。僕の方にとびかかってきた。ぎゅっと目をつぶる。


「ありがとう」

 へ?

 僕の体に回された腕からはジャンバーを通して冷たさが伝わってきた。恐る恐る目を開けると小首を傾げて僕の顔を覗き込んでいる女性と目が合った。


「かーわいい」

 雪のように白い頬にぽっと赤みがともる。

「そうだよねえ。私みたいな美人のお姉さんに抱きつかれたら照れちゃうよね。少年」


「美人のお姉さん?」

 ようやく声が出た。目の前の女性の顔が険しくなる。

「なんか文句でも?」

 さあっと冷たい風が吹き、女性の長い黒髪がぶわっと広がる。


「文句は無いです。確かに美人と思います」

「うんうん。素直でよろしい」

「で、どなた様ですか?」

「んー。ヒミツ」


 女性は唇を尖らせて細い指を手に当てる。あざとい。実にあざとい。でもドキッとしてしまった。頬が熱くなるのを感じる。

「あの。僕は内橋薫っていいます」

「薫くんね。先に名乗るなんて礼儀正しくて感心感心。私はそうだねえ、ユキ。ユキお姉さまって呼んで」


 三分ほど呼称についての議論が交わされた。結果といえば……。

「それで、ユキお姉さま」

「なあに?」

 議論中とはうってかわった素敵な笑顔。


「あの祠に封印されていたのが僕たちのせいで外に出てこれたというのは分かりました。それで感謝しているということも。でも、実行犯は先輩なんですけど。っていうか先輩どうなっちゃたんですか?」

「だって私にも好みがあるし」


 八雲先生の記録を思い出す。

「若いのが好きと?」

「理解が早くて助かるわ」

 否定しないのか。いや、そんなことよりも。


「で、先輩。まさか死んでないですよね。結構おっかないし、すぐに手が出る人ですけど、死なれると困るんですよね」

「七面倒くさいなあ」

 しちめんどう? 面倒くさいが七倍ってこと?


 ユキさんは太田先輩の横にしゃがみ込む。

「あら? まだ生きてる。やっぱり体がなまっちゃってるのかなあ。以前だったら即死だったのに。まあ薫くんも困るっていうし、結果オーライね」

 僕は胸をなでおろす。


「それで、これからどうするんですか?」

「聞きたい? それじゃあ教えてあげちゃう。ここに封印されてるときは、解放されたら閉じ込められてた一年につき一人死んで貰おうっかなって考えてた」

 綺麗な顔で物騒なことを言う。


「だけどお、薫くんは可愛いから許してあげる。そこのヒゲも特別に」

「ちなみに何年ほどこの場所に?」

 ユキさんは指を二本立てる。

「二百年」


 僕は空を見上げる。楢の梢の間から綺麗な青空が見えた。どうしてこんな天気のいい日にジェノサイドの話をしなけりゃならないのだろう。古の武蔵野の面影を残すこの一帯は大量殺人の舞台には似合わない。じゃあ、どこなら似合うのかと言われても分からないけど。


「なんとか怒りを鎮めていただくわけにはいかないですか?」

「同胞の命を救うために我が身を捧げるつもりなのね。健気でお姉さんきゅんきゅんしちゃう」

 そこまでは言ってないんですが。


「そっかあ。そこまで言うなら、薫くんの誠意見せて貰っちゃおうかな。立ち話もなんだし、とりあえずお家にお招きして貰える?」

 人質を取られているような状態の僕に否やはない。いや、決して美人のお姉さんが家に来るのがうれしいとか思ったりしてないから。

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