ifの線路
多賀 夢(元・みきてぃ)
ifの線路
また嘘をついてしまった。
卒業文集の『将来の夢』というお題。そこにたくさん書かれた、およそ現実的じゃないたくさんの職業。そこに上手く紛れるように、私は小さく『外国にいきたい』と書いた。
小さい頃は、たくさんの夢に溢れていた。
だけど、胸の中で大きく膨らんだそれは、大人や友達やテレビの向こうの現実が、一つ一つ、時にはローラーで一気に、ぱちんぱちんと潰していった。
――いい大学に入って、良い人を見つけて、かわいい子供を2人は産んで、最後はママとパパの面倒を見るのが普通の大人よ。
残った将来は、単なる今の延長。
みんなもそれを知っているだろうに、なんであんな愚かな将来が書けるんだろう。
まさか、あれも全部擬態?みんな何者にもなれないのを知っているの?
分からない。わからない。たくさん考えても分からない。
悩んでいるうちに日が暮れる。赤く染まった空を見て、私は学校を出る事にした。ゆっくりしている暇はない、受験勉強も家の手伝いも、やることがたくさんあるんだ。休めないんだ。
疲れきった時って、駅のホームから線路に吸い込まれそうになるのは何故だろう。
私は今日もその錯覚に襲われた。こういうのって『きしねんりょ』って言うんだっけ。お父さんが見ていたニュースで言ってた。
死んじゃいけないと思うけれど、何故って考えると迷路にはまる。私より普通の人はたくさんいる。私一人欠けたところで、世界は何も困らない。
このまま、線路にダイブしようか。そんな事をつらつらと考えていた時。
――え。
ホームと線路の境に、ぽっかりと穴が空いた。そこに強く風が吹き込んで、看板やベンチを呑み込んでいく。
そして、私も。
叫ぶ気力も勇気もなく、私は穴の奥へと落ちて行った。
私は、真っ暗な空間に漂っていた。
――何これ。
周りを見渡すと、たくさんの線路が走っていた。線路上には映像が映り、見覚えのある風景や人が現れては消えていく。
――これって、まさか私の人生?
間違いない。すべての映像が、私の視点で見た世界だ。映像の線路があちこちで分岐して、たくさんの道を作っているのだ。
――もしかしたら、私の未来が見れるかも。
私は泳ぐようにして、一番近い分岐に向かった。一つは志望校受験、もう一つはランクを落とした受験、最後の一つは……電車に轢かれて、死亡。
背中がゾクリとした。さっきの『きしねんりょ』だ。
私は受験校のランクを落とした未来を辿ることにした。すると不合格になって、今度は首を吊る分岐が現れた。
もっとランクを落とせってこと?私は迷いながら、志望校を受けた未来を辿った。すると、こちらはなぜか合格して、友達や恋人もいた。
もっと先まで進んでみた。無難な方や親の希望もちらりと覗きつつ、自分が選びたい方を選んで進んだ。どういうわけか、そちらの方が線路が明るい気がした。どんどん並や普通から外れていくのに、たくさんの人が周りにいて、幸せそうに笑っていた。
――いいなあ、こんな将来夢がある。
そこで私は、はたと気づいた。みんなが書いているあの『夢』っていうのは、どこまでも自分の希望を押し通した先にある、この明るい世界の事じゃないかと。
つまり、私の夢は、私が目指したいものは、――
「これなんだ!!」
叫んだ途端、私は駅のホームに戻っていた。ベンチも看板も、何もなかったようにそこにあった。急におかしくって小さく笑い、駅の時計を見上げた。全然時間は進んでいない。ならば、学校もまだ開いてる。
私は全速力で走った。職員室に駆け込んで、驚く担任の先生に詰め寄った。
「先生、今日書いた将来の夢、直させて!お願い!」
卒業式の日に渡された『将来の夢』を見て、両親は腹を抱えて笑った。だけど私は、そんな二人の後ろでほくそ笑んだ。
――私の夢は『ノーベル物理学賞』。私が見た線路を解明して、世界に発信してやるんだ。
もう普通かどうかなんて気にしない、明るく感じる方に進んでいく。
ifの線路 多賀 夢(元・みきてぃ) @Nico_kusunoki
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