本当のプロローグ
また春がやってきた。
ついに高校三年生になってしまった。受験生、その響きだけでもう頭が痛い。
「聞いてる?」
「聞いてなかった」
「もう……去年、約束したでしょう? お花見をするって」
「そういえば、したな。料理は雫任せだけど」
「聡介は料理に関しては本当に頼りにならないじゃない」
どう頑張っても料理だけは上手にならないのだから仕方ない。それに、料理に関しては任せてと言っていたのは雫だ。
「今から準備するから、付き合って?」
「いいぞ。手伝えることがあったら言ってくれ」
「ええ」
去年の予定の通りに、料理は雫に押し付ける。
代わりに他の準備をする。レジャーシートや紙コップ、お茶なんかの準備もしておく。
手際よく作業を進めてくれたおかげで、一時間後には弁当ができた。
「じゃあ、行きましょうか」
「ん」
春風が心地よい。だが、薄着で出てきた雫は少し寒そうにしていて、俺はまた去年と同じように上着を着せる。俺がそうすることがわかっていたように腕を通して、小さく笑った。
「ありがとう」
「そんな薄着だと、風邪引くからな?」
「……ふふっ、去年と全く同じ台詞ね」
「そういえば、そうだな」
隣に並んで歩く。当然のように手を繋いで、笑いあって。俺と雫のいつも通りの距離。
俺の、俺たちの最後の願い。雫が叶えた、本当の願い。それは『桜庭雫の能力を過去にも未来にもなかったことにする』ことだ。結論としては、能力のことを覚えている時点でその願いがちゃんと叶ったとは言えない。
だが、雫は大切なものを取り戻すことができた。そしてあの能力も、もう使うことが出来なくなっていることも確認した。
「一応聞くけど、体調は?」
「悪くないけど、だっこ」
「わがまま言うな。おんぶまでだ」
「じゃあ、それで」
背中に抱きついてきた雫をそのままおぶって、階段を上る。こうして雫をおぶるのも久しぶりだ。
「ねえ」
「ん?」
「私の命よりも大切なものが聡介だとわかって、どう思ったの?」
「どうって……それどころじゃなかったかな」
「そう……」
「いや、でもまあ。俺も同じだからな」
「えっ?」
「俺も雫が大切だ」
「……知ってるわ、そのくらい」
長い付き合いだから、それくらいわかる。いや、付き合いの長さだけではないだろう。
一度失ってしまったものだからこそ、大切だと言える。ちゃんと言っておかないと伝えられないときが来るかもしれないことがわかったから。
長い階段の先には、満開の桜。一年越しだ。
「降ろすぞ」
「ええ」
俺の隣に並んだ雫は、桜ではなく街の方を見下ろす。
「あそこ」
「ああ、俺と雫の家」
「またこうして、あなたと家を探すことができる。私はそれだけで十分よ」
「そっか」
なにもせずに、なんでもない話をして。俺と雫は桜を見上げた。
「帰るか」
「そうね。お弁当、家で食べましょうか」
「ん。そうしよう」
そうして、隣に並んで。俺たちはまた、長い階段を下った。
欠けた世界の片隅で、俺はまた君の隣で 神凪 @Hohoemi
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