裏切りの果て

サクヤ

裏切りの果て

 タケルこと俺は、普通の高校生活を送っていた。いつまでも続くと思っていた。


 だけどそれはある日いきなり終わりを告げた。


 高校2年の時に出来た最愛の彼女、リオがある時を境によそよそしくなった。そのときの俺は倦怠期だと思い込んでその些細な変化を見過ごした。


 ある時というのは、高校3年の夏休みに行われた大学の説明会のあとだ。クラスの中心人物であるアキラがカラオケに行こうと言い出して、クラスの大半がそれに参加。


 俺は体調が悪かったから断って帰った。今思えば、その時にキッチリ言っておくべきだったと思う。


 カラオケの後からリオは俺のことを避け始めた。ラインの返事も単調だったり、たまに既読スルーされることもあった。


 そして夏休みの最終日、リオから別れを切り出された。



 2時間くらい説得した。だけど理由も言ってくれないし、ごめんとしか返事をしてくれない。

 公園のベンチで、俺は泣き崩れた。そんな俺に一言「じゃあ」と言って彼女は去っていった。


 綺麗で、スタイルもよくて、釣り合わないことはわかっていたけど、今となっては泡沫の夢だった……そう思うしかなかった。


 2学期は1週間休んだ。途中、アキラから動画付きのラインが送られてきた。


 映像はリオとアキラの交合シーンだった。


「あああああああああっ!!!」


 何度も地面を殴り、頭を打ち付けて、放心状態のまま時間が過ぎていく。両親に心配されながらも、なんとか持ち直した。


 何が起きたのか、確かめないといけない。じゃないと前に進めない。涙を流し、冷静になった俺は動画をもう一度みることにした。


 場所はカラオケ……すぐにわかる。背景の壁紙は前にも行ったことのあるカラオケ店のそれだったから。


 周囲のクラスメートはジョッキで飲み物を口にしながらリオとアキラの交わりを煽っている。明らかに異様な空間だ。


 事実を確かめる術はないが、お酒……かもしれないと思った。頼んだことないけど、年齢確認もせずに提供するのか? おかしいだろ、心の中で愚痴るしかなかった。


 見ているうちに、動画の女がリオの姿をした別の女のように錯覚する。俺の時とは違う乱れかた、アキラは陽キャだし俺よりきっと経験も技量も上なんだろう。


 動画を最後まで見終わった。リオ以外の女子もいたし、俺があの場にいても止められなかったかもしれない。


 心に踏ん切りをつけて俺は心を閉ざした。残りの高校生活、それどころか大学生活すらも孤独と共に過ごした。


 卒業後、就職した。相も変わらず自らの世界に引きこもる男だった。昼食は会社の食堂で1人寂しく取るはずだったのだが────。


「タケルさん、今日もオムライスなんですね」


 話しかけてきたのは、肩口で切り揃えられたセミロングの黒髪が特徴的な後輩女子、アユミだった。

 1度相席を許してからは毎日話しかけてくるようになった。


 女は嫌いだ、いつか裏切るから。男も嫌いだ、俺のプライドを踏みにじるから。


 だからこそ、俺は彼女に冷たく返す。


「俺が何を頼もうと、勝手だろ」


 少し刺のある口調で答えたが、アユミは動じることなく隣に座り「全然いいですよ」と返してきた。


 少しずつ会話の時間が長くなっていき、彼女と一緒に食事を取るのが当たり前になっていく。


 孤独が友達、そう思っていたのにいつしかアユミに癒され、気付いたら食堂のオムライスからアユミの弁当に変わっていた。


 恋人から発展し、やがて夫婦となる。


 俺のトラウマのせいで傷つけることもあったけど、アユミは常に寄り添ってくれた。

 それから数年後、アユミは寿退社して俺と共に新しい命を育てている。


 トラウマを払拭し、もう2度と思い出さないだろう……そう思っていたのに、リオが現れた。


 黒髪ロングの清純派だったのに、茶髪に変わりイケイケギャル風になっていた。なのに声だけは昔と変わらず透明度のある声だった。


「タケル、だよね?」


「リオか」


「その……久しぶり」


「そうだな。久しぶり」


「元気だった?」


「ああ、今は元気だ。じゃあ、俺は急ぐから」


 チクりと痛む胸を振り払うように横を抜けようとするも、リオに袖を掴まれてしまった。


「ねえ、やり直せないかな」


 この女は何を言ってるんだ。大通りで叫びそうになったけど、止めておいた。


「急いでるんだ」


「少しだけでいいから話を聞いて、お願いします」


 リオが大きく頭を下げてくる。通りすがる人が空気の変化を感じてこちらをチラチラと見てくる。

 これ以上注目を集めるのはよくないと感じた俺は、仕方なく近所の喫茶店に入った。


「話ってなんだ」


「やり直したいの」


「無理だ。帰る」


 話にならない、そう思った俺が席を立とうとするとやはり腕を掴まれてしまう。


「愛がないって、気付いたの。若かったの、あの頃の私。快楽に溺れて……あれを愛と勘違いして……」


 リオは嗚咽を漏らし始めた。ため息をついて仕方なく座る。俺も甘くなったものだ。


「アキラはどうしたんだよ」


「卒業してすぐに別れたわ。大学で私より良い女が出来たからって、捨てられたわ」


「そりゃあそうだろ。奪う男は必ずもう一度奪うはずだ。そもそも、他人の女を奪うようなやつに、まともな感情を求めたのか?」


 リオは小さくなっていく。物理的にではなく、精神的に。


「もう懲りたろ。俺も懲りたんだ……やり直しなんて出来ないんだよ。1度裏切った女は信用できないし、それに俺にはもう妻がいるから……無理なんだよ」


 そう言って左薬指を見せると、リオは口を一文字に結んで涙を堪え始めた。


「結婚てさ、これから長い人生を共に過ごすって事じゃないか。もしかしたら俺が仕事に行ってる間に他の男と会ってるかもしれない。生まれてくる子供は本当に俺の子供だろうか? そんなことを一生疑って生きていくのは辛いんだ……。頼むからわかってくれよ」


 涙が決壊した。愛を見失った女がさめざめと泣き始めた。


 きっとアキラ以外にも付き合ったはずだ。だけど彼女は愛を見失っている。中には本当にリオを愛した男だっていたはずなのに、彼女は自らの過ちで目が曇っている。


「男と女としてやり直すことはできない。だけどさ、俺は……幼馴染み、だろ。相談くらいは乗れると思う。だからさ……前を向いて歩けよ。自分を責めてばかりいないで、相手の事もちゃんと見ろよ。そうすればきっと、進めるはずだ」


「……タケル」


 リオの肩を抱いて慰めることはできない。だって俺には最愛の妻がいるから。

 だからこそ、俺は助言することしかできないんだ。


 リオとは駅前で別れた。付き合う前の、まだ友達だった頃に戻ったような気がした。


 人間は過ちを犯す。俺は殻に籠ってアユミや周囲の人間を傷つけていた。だけど立ち上がって歩き始めた。

 俺にも出来たことだから、きっとリオにもできるはずなんだ。


 改札口に消える彼女の後ろ姿を見つめながら、俺はそう思っていた。


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