俺が愛した武蔵野うどん~栄光の勇者ストーリーから外れたので再現目指しました~
寺澤ななお
一話完結のため、章題なし
俺は
今、この世界は100年間の封印が解かれた魔王ダルクンテの侵攻が激化している。状況を打開するため、この世界一の大国であるルナマンタ王国は、魔王に対抗する唯一の手段である異世界召喚を行った。
異世界から来たものは、次元を超える過程で例外なくギフトジョブ(神から贈られた職業)なる特殊技能を授かる。ダルクンテの力は人類の限界値を超過しており、神の恩恵なくしては、戦いの舞台に立つことすらできない。
俺は風呂場に入る直前に転生され、全裸に靴下のみというまったく笑えない格好だったが、神官に成り行きを聞いてテンションが爆上がりした。
光の剣、大地を両断する大魔法、友情、そして別れ。姫からの求愛を紳士的に断り、背中を預けあった戦友である金髪美人エルフを選ぶ俺。涙滴る琥珀色の瞳……エトセトラエトセトラ。妄想は青天井に積み上がっていった。
油断したらニヤついてしまう唇を固く閉じ、神官のもとで俺は跪き、「ギフトジョブ」の鑑定を受けた。
ユウジ・タカハシ「重戦士★4」
光輝く文字が頭の上に浮かび上がる。俺はガッツポーズをとったが、神官たちはせっせと、次の召喚の準備を始めていた。★の最高値は5。決して悪くないジョブのはずだった。
聞けば、勇者が魔王を倒すには伝説の剣「オーレイア」が必要であり、斧やハンマーしか装備が出来ない重戦士になった時点で勇者の資格は消滅するらしい。
とはいっても★4の重戦士は貴重な戦力だ。「勇者のパーティメンバーとして国を救ってくれ」と頼まれた俺は「まだワンチャンあるな」とモチベーションを立て直しつつあった……のだが次の召喚であっさりと「重戦士★5」が出現。俺はお役御免となった。
勇者と重戦士、美人の魔法使い、そして巨乳の僧侶は盛大なセレモニーで見送られ、魔王城へと旅立っていった。
――異世界に戻る
生きていくため、俺は城下町マシロで冒険者となった。日々、ダンジョンや森に出掛け、モンスターを討伐していたが、俺が頑張ろうとなかろうと魔王の勢力にはほとんど影響がなかった。
俺がゴブリンやオークを相手に城下町の平和を守っている間、勇者パーティーは順調にレベルアップを重ね、魔王に支配されていた街を順調に解放していった。
勇者一行の武勇伝を酒場で聞くたびに虚しさは増すばかりだった。千載一遇の異世界ライフを悲観した時、俺はふと思った。
もう一度、武蔵野うどんが食べたいと……
そこまで武蔵野うどんが大好きだったわけではない。毎日、毎週、それを食べていたわけでもない。
だが、3カ月に1度の頻度で波が来る。少し茶色味がかっったあのコシの強い麺を。小麦の風味が香りすぎるあのうどんをこの体が欲する。まあまあな中毒である。
不幸なことに、最後に食べたのは召喚の3カ月前。異世界の興奮がすっかり冷めきり、欲望のビックウェーブが襲いかかってきた。
俺は冒険者ギルドから脱退し、あの味を再現を心に決めた。
まずは小麦だ。これがすべてと言ってもいい。そもそも俺が言う「武蔵野うどん」は武蔵の国で食べられていたうどんではない。そうであるならば、3県県境と鯉のぼりを誇りに生きる埼玉県辺境市民が愛するうどんも、また「武蔵野うどん」である。
「武蔵野うどん」は武蔵野台地で育った小麦でなければ成立しない。これが不文律である。
日本にいた頃、俺は武蔵野台地から遠く離れた地で「武蔵野うどん」たる看板を掲げる店に入ったことがある。そして、一口食べて思った。
美味しいぃぃぃぃぃ!!!!!……と。
だが、かすかな違和感を覚えて、お茶を注いでくれた女将さんを呼び止める。そして笑顔で聞いた。
「とても美味しかったです。どこの小麦ですか?」
「ありがとうございます。北海道と福岡の契約農家から取り寄せて独自の比率で配合してます」
なるほどと俺は思った。寒さ厳しい北海道、暖かな気候の福岡。それぞれの異なる個性を持つ小麦を組み合わせたからこそのこの味わいなのかと。
(良い店見つけたわ〜)
そう思って帰路につき、我が武蔵野に戻って俺は敵地の罠にハマったことにようやく気付いた。そして、親からもらった大事な顔を自らの拳で殴りつけた。
いやいやいやいやいや!!!!
武蔵野台地産じゃねぇの!?。大きな河川がなく水源が確保できないことから、米作には不向きで小麦栽培が栄えたとさ・・・っていう感動の武蔵野ヒストリーはどこいったんだ!!
駅のホームで俺は頭を抱え、悶え苦しみながらツッコミを入れた。
「武蔵野地粉うどん」たるブランドがある。俺はこれが悪の根源であると考えている。
「武蔵野地粉うどん」は読んで字のごとく武蔵野産の小麦を使用したうどんである。すなわち本物の「武蔵野うどん」の一角である。
だが俺は物申す。本物であれば堂々と「武蔵野うどん」と名乗るべきでしょうと。岸谷といえばあの人しかいない。それくらい有名になるまで、武蔵野ブランドを貫くべきでしょうと。
――日本の社会事情は複雜だ。何よりも、他の土地の人とも仲良くしたいという武蔵野住民の心意気がある。仕方のないことなのだろう。
「武蔵野地粉うどん」の立案者を攻めるつもりはない。むしろ愛している!日本に戻れたら、力の限り抱きしめたい!!ありがとうと伝えたい!!!
だが、ここは異世界。感謝の想いは届かない。パンはあるが、うどんはない。
「武蔵野うどん」の再現を決意した日の夜。俺は、異世界召喚を行なった神官の家に押し入った。「末代まで呪うぞ」と笑顔で脅すと、神官は快く武蔵野台地からの小麦召喚を了承してくれた。だが、召喚できたのは小麦の種子15粒のみだ。その後、神官は10日間、意識が戻らなかった。
特定の物を異世界からピンポイントで引き寄せるには膨大な魔力を要する。神官の奥さんが泣きながら説明するので15粒を元手に地道に数を増やすことにした。
俺は農業においては、ずぶの素人。ハズレ召喚組の同志である
「この世界の夜明けには武蔵野うどんが必要ぜよ」
酔った勢いのエセ土佐弁でお願いしたら、高知出身の虎太郎はえらく感動し、小麦栽培を引き受けてくれた。さすが革命戦士である坂本龍馬の志を継ぐものである。
俺は虎太郎に小麦を託し、次の食材探しの旅に出た。つゆの要となるダシの原料である。
当然、鰹はいない。さらに、故郷の味は脳内で美化される。であれば最高級の食材を調達する必要がある。俺は死の海に住む水龍「ポセルクーガ」に狙いを定めた。
昼夜問わずに動き回り、肥えた獲物を探し求め喰らう。それを繰り返すことで水龍はその魚体をより大きく、より締まった体つきに鍛え上げていく。さぞかし深い風味香るダシが完成することだろう。
だからこそと言うべきか、奴は強い。俺は10年間をレベルアップに費やしたあと、相棒の大斧を片手に死の海に赴いた。
そこには、見事に復元されたポセルクーガの骨の模型があった。5カ月前に勇者一行がここを通り過ぎ、片手間に狩猟した結果らしい。
切り出した身を燻製調理した「ポセルクーガ
虎太郎の元へ帰った俺を待ち受けていたのは見渡す限りの広大な小麦畑だった。
虎太郎の能力、そして物事をやり遂げる能力は俺の創造をはるかに超えていた。
武蔵野台地の地層が、火山灰由来の粘土質土壌で構成されたことを、スキル「農学博士」で知った虎太郎は愕然とする。この世界には火山が存在した歴史がなく、そんな場所など存在しないからである。彼は聖なる森にすむ大地の大精霊「ノーム」に会いに行った。土壌の性質を変えるという奇跡を起こすためにはそれしか道はなかった。
通常、人間が聖なる森に立ち入ると、「迷いの魔法」の影響を受ける。三日三晩さんざん歩かされたあげく、森の入口へと返されるのだ。
防御魔法の才能の欠片もない虎太郎も同様の仕打ちを受けた。だが、彼は諦めずに再び森へと足を踏み入れた。何度も何度も森に挑み続けた。約一カ月が経った頃、ノームは彼の前に姿を現し、尋ねた。
「人間よ。なぜそれほどまでに奇跡を求める」
虎太郎は曇りなき瞳で答えた。
「友のため。そして暗く沈んだ世界の夜明けのため」
彼に心を打たれたノームは、望みを叶えた上、農業に従事するしもべとして、多くの妖精を彼に預けた。そして虎太郎は10年間の歳月をかけ、国民全員の食事が賄えるだけの小麦畑を築き上げた。
帰ってきた俺を見た虎太郎は満面の笑みで言った。
「夜明けは近いぜよ」
―――そこからさらに10年後、武蔵野うどんは完成する。
当然、その間にも多くの試練、できごとがあった。小麦畑を狙う飛竜「ザンクモルト」の討伐、心優しき魔族の料理人「タック」との出会い、うどんに添える野菜「
最高の食材、最高の仲間たちで再現された「武蔵野うどん」は瞬く間に普及。王族にも認められ、ルナマンタ王国の無形文化遺産となった。そして、王宮での登録記念パーティーに招かれた。
来賓客は俺たちが作り上げた武蔵野うどんを食べながら、楽しそうに談笑している。
冒頭挨拶で登壇した俺は叫んだ。
「こんなの、全然『武蔵野うどん』じゃねぇからぁぁぁぁーーーー!!」
武蔵野うどんは地産地消。武蔵野でしかあの味は味わえない。俺は残りの人生すべてをかけて、あの地へ戻ろうと決めた。
勇者が魔王を倒したどうかは私の知るところではない。
俺が愛した武蔵野うどん~栄光の勇者ストーリーから外れたので再現目指しました~ 寺澤ななお @terasawa-nanao
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