ミソネジア発狂よくばりセット

ちびまるフォイ

内なる不快なリズム

カタカタカタカタ……。


静かなオフィスにキーボードのタイプ音が響く。


カタカタカタカタ……。


カタカタカタカタ……。


カタカタカタカタ……。


「あ……ああ……」


ぞわぞわと鳥肌がたっていく。


カタカタカタカタカタカタ……。


「ああああ! もう限界だ!!」


あまりの嫌悪感に耳を塞いで立ち上がった。

オフィスにいた人たちは驚いて手を止める。


「いったいどうしたんだね?」


「キーボードの音が耐えられないんですよ!

 同じように繰り返している音を聞いていると頭がおかしくなる!!」


「気にし過ぎだよ。作業に集中していれば気にならないはずだ」


「そ、それは……」


と、男の顔を見ると、なにやら口をくちゃくちゃと動かしている。

一瞬わずかに開いた口からガムがのぞく。


くちゃくちゃ。


くちゃくちゃ。


「うあ……あああ!!」


「今度はなんだね!?」


「その口を止めてください! 規則的な音を立てないで!!」


「はあ!?」


「もうここにはいられない!! ここにいたら変になってしまう!!」


「おいちょっと!! どこへいくんだ!」


オフィスから逃げるように出た。

外にさえ出ればもうあの不快な音を聞くことはない。


「はぁ……はぁ……あと少しでもいたら気が触れるところだった……ん?」


顔をあげるとオフィスの外にある信号が今まさに切り替わろうとするところだった。

青色の信号が規則正しく点滅し、急かすように規則的な音が流れる。


パッポー。パッポー。パッポー。


「うあああ! やめろ!! 規則的な音を出すんじゃない!!」


慌てて耳をふさいだが、光の規則的な点滅から不快感が滲み出す。

信号がかわって一安心したがすぐに次の波が襲ってきた。


『緊急車両が通ります。道を開けてください』


今度は救急車が道路をかけぬけていく。


ピーポーピーポーピーポーピーポー。


「ぎゃああーー!! もうやめてくれぇーー!!」


耳を塞いでも漏れ聞こえてくる規則的な音。

やけに甲高い音が不快感をあおってくる。


体全体から冷や汗が流れて強い吐き気がこみ上げてくる。

耳をふさいだまま地面に倒れ込むと、体の震えが止まらなかった。



コッコッコッ。



「な、なんだこの音……」


規則的な音が地面を通して聞こえてくる。


コッコッコッ。

タッタッタ。

ザリッザリッザリッ。


「あああああ! 足音だぁぁぁ!!」


体中に虫がはいずり回るような不快感の波に襲われる。

そのまま意識を失って気がついたときには病院だった。


医者は心配そうな顔で覗き込んだ。


「気分はどうですか?」


「もう最悪です……なんでこんなに不快なことが多いんですか……」


「あなたはミソキネジアといって、繰り返されるものに強い不快感を感じるんですよ」


「てっきり自分が神経質なだけかと思っていました。先生、なんとかなりませんか?」


「そうですねぇ……」



カクカクカク……。



「先生……?」



カクカクカク……。



「その、貧乏ゆすり……」



カクカクカク……。



「ああ、あああ、あああああっ……!!」



カクカクカク……。



「てめぇぇぇ!! その貧乏ゆすりやめろって、いってんだろぉぉぁぁぁぁあああ!!!」


マグニチュード6くらいに揺れる医者の貧乏ゆすりに耐えられなかった。

自分の病気を知っていたうえで貧乏ゆすりすることも許せなかった。


渾身の右ストレートが医者の顔面に突き刺さったとき、警察による現行犯逮捕への動かぬ証拠になった。


場所は病院から一気に牢屋へと切り替わることになる。

さっきまで病人としてかいがいしく扱われていたのに、一気に暴力装置の犯罪者としてぞんざいな扱いを受ける。


「医者を殴り飛ばすとは、なんて危険なやつなんだ」


「俺だってこんなことしたくなかった!

 どうしてみんな俺に不快なものを見せて、音を立てるんだ!!」


「それはお前が神経質だからだろう。お前以外はみんな平気なんだよ」


「大多数がそうだから、俺の意見は無視されるんですか!!」


「だったらお前だけ耳を塞いで目をつむればすむだろう!?」



「あ、そっか」


急速に頭にのぼっていた血が下がっていくのがわかった。

どうして今までそんなことも気づけずにいたのだろう。


規則的な動きや音が気になるのであれば、塞いでしまえばいい。

今までも無意識に見たくないものや聞きたくない音はふさいでいたじゃないか。


「お願いです。自分用に耳栓とアイマスクを用意してください!!」


「お前な……そういうのを要求する立場か?」


「じゃなきゃ次どんな暴走するか自分でもわからないんですよ!!」


「わかったわかった」


用意されたアイマスクはわずかな光も通さない特別仕様。

耳栓はあらゆる音を遮断してくれる高級品。


これで他人の規則的な音や動きに不快感をあおられずに済む。


暗闇と静寂が自分にはじめて心の安息をもたらせてくれた。


「ああ、やっと落ち着ける……」


心からほっとしたとき、なにやら音が聞こえる。


「あ……ああ……まただ……また規則的な音が聞こえる……!!」


一定周期で繰り返される音に体がぞわぞわと気持ち悪くなっていく。

音だけではない。体全体になにか規則的な動きが加わっているのがわかる。


意識すればするほどに大きくはっきりとリズムが聞こえてきてしまう。


耳をふさぎ目をつむっても、けして逃れることはできない。


「うああああああ!!! もうやめてくれぇぇぇ!!」


規則的なリズムはけして止まることなく自分を苦しめ続けた。




ドックン。ドックン。ドックン……。

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