第14話悪魔のような天使③
憎いほどの快晴だった。まるで門出を祝うかのような晴天。道行は暗いにも関わらず、それを皮肉るような晴れ模様。現実から目を逸らし、八つ当たりするには絶好の的だ。
笑うでもなく、ただ気が滅入った思考で太陽を見上げていた僕を誰かが小突いた。
散っていた思考が収束する。後ろを見ると、如何にも傭兵といった粗野な風貌をした男が僕を見下ろしていた。顎を持ち上げ、前方を指す。
前方を歩く奴隷の集団から距離を離しすぎたようだ。集団の前方と後方に配置された傭兵たちは脱走防止の措置。僕の行動は脱走一歩手前と見なされたらしい。
少し集団から離れただけでこれだ。脱走なんて不可能だろう。そも、脱走したところで行くあてもなければ手枷をどうにかする方法もない。ならば、貴族に買われ雄飛を待つ雌伏の時を過ごす方が良いだろう。
慌てて小走りで集団に戻る。手枷が重く、走りづらい。何度か転びそうになる。
見れば、前方を行く他の奴隷たちも同じ様子だった。
集団に混じり、四方に目をやる。
風景は馬車内で見たものとは様変わりしていた。
車窓から見えた光景は、所謂フリーマーケットに近い雰囲気だったが、ここは違う。闊歩しているのは到底無辜の一般市民には見えない柄の悪そうな連中と、僕らを牽引する奴隷商と同じ匂いのする人間ばかりだ。
商店や露店が軒先を連ねているのは同じだが、どれも店先に並べているのは同一の商品……奴隷だ。檻に入れられ、まるでペットのような扱い。いや、ペットショップで飼い主を待つ犬の方が遥かに待遇は良い。彼ら、彼女らは襤褸を纏うどころか裸同然にひん剥かれている。その痩身から察するに、碌な食事も与えられていないことは想像に難くない。店としては、劣情を煽り、購買を訴求する意図があるのだろうが、まともな人間なら情欲より同情、憐みが勝るだろう。
右も左も、どこもかしこも奴隷だらけ。察するに、ここは奴隷専用の市場なのだ。底辺が集う地獄に違いない。
酷く不健全で、退廃的な通りを歩かされる。陰惨で、無情で、非道徳的な光景をまざまざと見せつけられる。
覚悟はしていたが、嫌な汗が頬を伝うのを止められない。だが、僕の動揺に反して眼前を行く奴隷たちは表情ひとつ変えない。
「そうか……」
――お兄さん、奴隷になるのは初めて?
少女の言葉が思い出される。
少女だけではない。この場にいる奴隷みんなが、こんな光景は食傷じみたレベルで見飽きているのだ。
ふと、前方の集団に揺らぎが生じる。
齢10にも満たないような童女が地に臥している。手枷の重さに耐えきれずに転倒してしまったのだろう。普通の女子ならば、憐みや同情などから手を貸してもらえるのだろうが、僕ら奴隷にそのような感情を持ち合わせる人間はこの場にいない。
嘆息と共に、傭兵のひとりが少女の腕を掴んだ。そのまま引き上げ、立つように叱咤する。半ば中空にぶらさがり、自重が腕に掛かった少女は顔を痛みに歪めながら、生まれたての小鹿のように立ち上がる。
あまりにも非道徳的な光景に歯噛みを禁じ得ない。いつか母に覚えたような無力さを痛感する。
人権などないのだ、僕らには。きっと、そういう世界。
こんな国が地球上のどこに存在するのだろう。ここが別世界だと言われても、今なら簡単に信じてしまえそうだ。
歩き続けて暫くすると、それまでの狭隘な道から一転、開けた場所に出た。
広場だろうか。中央には女性らしき像が屹立している。その像を起点に、同心円状に様々な店が居を構えていた。
立地が良い部類に入るのか、人通りはこれまでの道より多い。
「あれは……?」
像の周辺には人だかりができていた。
その先頭には、衆人を見下ろすように台座に乗った男が身振り手振りしながら何かを叫んでいる。
その手の先にあるものを見て、瞠目する。
「さぁ、これなるは大陸の東より連れてきた珍しき人種。亜人のひとつ、獣人でございます! 二立歩行する狼そのもので、毛並み良し、顔も良しときたものだ。元Dランク探索者だから戦奴にも最適だぁ! 貴族商人のあんちゃんだけでなく、探索者どもも振るって参加してくれ! 初動は500万リル! さぁ、はったはった!」
手枷を嵌められた狼男とも呼べるような風体の人間が、睨むようにこちらをねめつけていた。
司会風の男の声にあてられて、人だかりが波を打つようにどよめきだす。
510! 520! と数字を叫ぶもの、値踏みするように狼男を見る者、手持ちを確認するように財布を見る者……。
間違いない。これは競売。俗に言うオークションだ。広場の一角のみが、オークション会場として機能しているのだ。
そして、ここに連れてこられたということは、僕らもこれから秤に掛けられるということだ。
「650万リル! 他にはいませんか! ……いないようですね、650万リルで落札です! おめでとうございます!」
入札開始から僅か5分ほどだった。たった、その数分で狼男の一生が決まった。落札した男は舌なめずりしながら狼男を見ていた。その風貌は貴族というふうには見えず、どちらかというと商人に近い。
狼男の首輪も僕と同じく金色。高級奴隷だった。高級奴隷でも、貴族に買ってもらえる保証などないということか。
思えば、先の男も貴族だけでなく商人や探索者もこの場にいることを示唆するような発言をしていた。
……貴族ならばマシな扱いが期待できると銀髪の少女は言った。なら、他はどうだ。探索者に買われたら間違いなく死ぬ。あんな骸骨のような怪物と戦えるわけがない。商人なら、転売か客寄せパンダといったところか? まともな扱いをしてくれる、という意味での期待値は貴族より低い。何せ、奴隷の扱いには長けているだろうからね。
「ディニク、次俺に出番を回してくれ。謝礼なら払う」
僕らを連れてきた奴隷商が司会の男と交渉を始める。
「今回は良いものが入ったんだ。マレビトだよ、それも漂流組合の保護下にない天然モノだ。処罰対象にはならん」
今更ながら逃走経路を探してみるが、そんなものはどこにもない。
逃げてもどうにもならないことは分かっているが、逃げ出したくて仕方がなかった。僅か数分で自分の命運が自分以外の他者の手によって決せられるなど考えたくもない。
交渉を終えた奴隷商が満面の笑みで帰ってくる。飄々とした態度がどうしようもなく癪に障る。
「よぉ、マレビトくん。お前のおかげで今日は良い儲けができそうだ」
蛇に睨まれた蛙のごとく身動きできない僕を前に、奴隷商が笑う。
「さぁ、お前はいくらになるんだろうなぁ?」
オークションが、始まる。
異世界英雄になどなれはしない~異世界奴隷の借金探索者~ @yuukikurenai
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