クマ先輩が来ない

 私にとって、生まれて初めてのデート。

 そのデートのお相手が大好きなクマ先輩だなんて、嬉しすぎる。


 精一杯のお洒落をしてきたよ。

 バッグは手が空くように、小さめショルダーバッグにした。

 被ってきたのは、キャスケットとどちらにするかで悩んで選んだのはお嬢様風な帽子。リボン付きでややつばが広め。

 ワンピースやフレアスカートはやめて、パンツスタイルにしたの。

 家からまあまあ近い所沢のゆうえんちまでは自転車で行くし、クマ先輩とどんなアトラクションに乗るか分からない。

 ここは万全の格好で臨まねばなるまい。

 憧れのクマ先輩に、パンチラなんて見せられないわ、ぜぇぇったいに!


 意気込んでやって来ました、地元所沢のゆうえんち。

 東京と隣り合ってる埼玉って言ったって、所沢が接しているのは都会都会してる東京ではない。

 山があり木々や川、自然が豊かな所沢。

 デートスポットといえば、所沢のゆうえんちぐらいらしい。

 あっ、そうそう近年出来た大人めな雰囲気の角川武蔵野ミュージアムもあるけど。まだ行ったことがない私。

 寡黙なクマ先輩と控えめ大人しめの(←自分で言っちゃうけど)私には、初デートでは会話が続くか危険で、ハードルが高いだろうな。

 所沢航空記念公園は、幼稚園、小中高校と学校の遠足や課外授業の定番なので、知り尽くしていて目新しさは無い。だから、クマ先輩は所沢のゆうえんちにしたのかしら?


 それともただ単に、クマ先輩ってゆうえんちが好きなのかな。



 そんなこんなを思い、大好きなクマ先輩とのアレコレを夢見ながら、所沢のゆうえんちの入り口で憧れのクマ先輩を待ち続けた私。

 最初はわくわくドキドキしながら……。

 一時間経ってもニ時間半経っても、クマ先輩はやって来ない。

 私もクマ先輩もまだ携帯電話を持たせて貰えてなかった。

 だから、連絡手段は家の電話同士。


 私は悲しい気分と、クマ先輩がもしかしたら来る途中で事故とかに遭ってしまったかもと心配になって。

 クマ先輩の家に公衆電話ボックスから電話を掛けてみたけど、誰も出ない。


 私は急に惨めな思いが押し寄せてきて、涙がぽたぽた零れ落ちた。


 ――もう帰ろう。

 そう決めて。

 とぼとぼと重たい足をようやく動かし、自転車置き場に着く。――と、突然、風がびゅうっと吹いて私のお気に入りの帽子をさらって行ってしまった。


 帽子はゆうえんちの看板横の背の高い木の枝にひっかかった。

 どうやっても取れないよ。

 私はますます惨めで悲しい気分になった。


 帽子のこともクマ先輩のことも、もう諦めた時。


 うつむく私にすっと帽子が差し出された。


「えっ?」


 顔を上げると、汗と土まみれのクマ先輩が目を潤ませすまなそうにした顔があった。


「ごめんっ! 本当にごめんっ!」

「……クマ先輩。もう来ないと思った」


 私はクマ先輩が来てくれたほっとした気持ちと、なんで遅れたのかってちょっと怒りが湧き起こる。

 それとあとは、クマ先輩が無事で良かったなって思って。

 背のおっきなクマ先輩は、私には届かない帽子が取れちゃうんだとか。

 色んなことが巡って。

 頭がぐちゃぐちゃになって。

 わーんって泣いちゃった。


「遅れてごめん。たくさん待たせてごめん」

「クマ先輩〜。ふぇ〜ん」


 私は大胆にもクマ先輩の胸に飛び込んだ。

 クマ先輩は包むように私を抱きとめてくれた。私の頭を撫でながら、クマ先輩は何度も何度も謝った。


「言い訳がましい言い訳をさせて」

「何があったんですか?」


 クマ先輩は私とのデートが楽しみすぎて寝れなくて、それに緊張しすぎで、お腹を壊したんだって。

 待ち合わせの時間を変更して欲しいと、私の家に電話したんだけど。


「まだ出るにはかなり早い時間だったけど、もう君は出掛けたって君のお母さんに言われて。ごめん、電話も遅くて」

「な、なんかごめんなさい。私も楽しみすぎて、早く家を出発しちゃった」


 クマ先輩は慌てて、お腹の薬を飲んで自転車をかっ飛ばして向かったんだそう。

 ところが途中で、舗装されてない道のぬかるみにハマッた車を見かけてしまって、放っておけずに手助けしたんだって。


 そうだった。

 クマ先輩は困っている人との遭遇率が高くて、しかも見捨てない人なんだった。クマ先輩のそんなトコが私、好きになったんだ。


「次は家に迎えに行くよ。俺が来るまで待っててな。……こんな俺と次もデートしてくれるならだけど」

「うん。もちろんです。もちろん」


 クマ先輩と私は、だいぶ予定時間を過ぎちゃったけど、ウキウキにこにこでゆうえんちの券売所に向かう。

 途中、クマ先輩は私の手を握って来て。

 私は心臓が飛び出そうになった。

 ドキドキドキ……。


「もう、俺の間が悪いついでに良いかな?」

「はい?」

「君が好きだ」


 私は待ち時間に、所沢のゆうえんち前で妄想という夢を描いて頭の中に見ていた。

 それは正夢になった。

 先輩の顔は林檎みたいに真っ赤で、私も顔がぽわっと熱い。


「ふふっ。私も好きで〜す。ささっ、ゆうえんちに行きますよぉ。アトラクション全部乗りましょうねっ、クマ先輩!」

「俺、絶叫系はちょっと……。っていうか今、『好き』って言った?」


 言った、言った。

 言いましたよ〜。

 私はクマ先輩の手を握リ返す。

 クマ先輩の手はゴツゴツしてるな、あったかいな。

 恥ずかしいから、クマ先輩の手も一緒にぶんぶん振る。


 繋いだクマ先輩のでっかい手。見上げちゃう、私より30センチも背の高いクマ先輩。

 でも、なんだかカワイイ。



          おしまい♪




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所沢で夢を見る。身長差30センチの恋。 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

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