第238話 動き出す陣営 ②



  やってしまった。


 「どういう事か詳しく聞きたいところね、勇者殿?」


 やってしまったよ、俺。


 時の賢者とかいうから、てっきり俺の素性を知っているモノかと。


 だが違ったみたいだ、この人は転生者の事を知ら無さそうだった。


 いや、知っているが俺がその転生者とは知らなかったという事か。


 ふーむ、ここは素直に質問に答えるべきか?


 「ねえねえ、詳しく聞かせて頂戴。ねえってば。」


 マリアさんは目を爛々と輝かせながら訪ねてくる、まいったなあ。


 まあ、他に盗み聞きするような気配は感じられないし、いいか。


 「そうです、俺は日本から来た転生者です。色々あって、今はここに居ます。」


 「やっぱり! そうなのね! で? 貴方はやっぱり「女神の使徒」なのかしら?」


 うーむ、何を持って女神の使徒と呼ばれるのか、今一解らんが、まあ違うだろう。


 「いえ、俺は女神の使徒ではありませんよ。只の一般人ですから。」


 この言葉に、マリアさんは食いついて来て、前のめりになり質問を続けた。


 「女神の使徒ではない? でも、聖剣の勇者なのよね?」


 「さあ? アリシアの英雄と呼ばれた事はありますが、俺はそんな大層な人間じゃありませんよ。」


 「ふ~ん、そうなんだ。だけどこの世界に転生してきた人は貴方だけではないわ。」


 「すると、やはり他にも?」


 「ええ、報告では少なくとも数人は居るわ。いずれも特別な力を持ってこの世界に来てるけど、性格は良い人が多く、また、力を隠す傾向があるから、貴方もでしょ?」


 「ええ、固有スキルはありますが、それを教える訳にはいきませんよ。自分の命綱ですから。」


 「それは解っているわ、ねえ、日本ってどんなところ?」


 ふーむ、どんなところか。俺も詳しく話せないから適度に情報を伝えるか。


 「そうですねえ、この世界では魔法がありますが、俺の居た世界では魔法はありません。その代わり、機械文明が発達し、電気などのエネルギーを使って生活する。そんな世界です、人間が居ますし、動物も居ます。勿論、戦争もある。」


 「あら、そうなんだ。聞いているとこちらの世界とあまり変わらないと思ってたけど、やっぱり違うのね。」


 「俺からしたら、この世界は魅力的ですよ。なんか、みんな活き活きとしていて、生きている実感が沸くと言いますか、人々が一生懸命なんですよ。そういうのって素晴らしいと思います。」


 「ウフフ、ありがとう。悪い気はしないわね、そういう風に言われると。」


 まあ、俺が話せる事はこんなもんか。あまり突っ込んだ内容は流石に話せない。


 情報は小出しにして、あまり興味を持たれるのは望むことでは無い。


 ゲーム「ラングサーガ」の事は、出来れば秘密にしなければならないだろう。


 でなきゃ、この世界が崩壊しかねない。


 ここは慎重に言葉を選ぶ必要がある、なんか変な汗が出て来た。


 「うーん、大体の事は解ったわ。貴方の事も含めてね。」


 「やっぱり時の賢者ですから、色々お詳しいのでしょう?」


 「そりゃあね、でも、私だって秘密の一つや二つはあるわよ。」


 なるほど、話せない事もあるってヤツか。


 「ジャズ殿の事はそれとなく知っているわ、情報が入ってきているし。」


 ふーむ、やはり俺の事はそれとなく知っていたか。


 「俺の話はこれくらいにして、今度はマリアさんの事を聞きたいですね。」


 「そうね、ジャズ殿の事が解ってきたわ。これなら私の事もそれとなく話せると思うわ。」


 「お願いします。」


 お互いにコップの水を飲み、喉を潤して話の続きを聞く。


 「では、私は時の賢者なんて呼ばれてるけど、実際に時間を操る事は出来ないわ。」


 「え? そうなのですか?」


 「時間を操る事は出来なくはないけど、難しいのよ。精々自分の時間を止めて若い肉体を維持するくらいにしか使ってないわ。」


 「なるほど、それで700年経っても若いままなのですね。」


 「まあ、ぶっちゃけ私自身は魔法使いで、クラスはアークメイジだし。」


 ふーむ、隠しクラスとかではないのか。


 「で、私は実は女神ルシリス様の遣いなの。」


 「女神ルシリス? 闇の女神ガーリスと争った光の女神ですよね、三柱の女神を信仰しているのではないのですか?」


 「………………。」


 あれ? 俺なんか不味った?


 マリアさんは黙ってしまい、こちらの事を物凄く興味深々といった具合で見つめている。


 「ねえ、どこまで知っているの? 普通の人は三柱の女神までしか知らないと思うんだけど。」


 あちゃあ、またやってしまった。上手く行かないなあ。


 これではっきりした、俺には情報戦は向いてない。


 余計な事まで喋ってしまった、黙っていれば良かったものを。


 ドニって、そう考えれば結構凄い奴なのかもな。


 「ねえ、ジャズ殿。私達はもっとお互いに信頼し合う間柄になるべきじゃないかしら。」


 「そ、そうですかね?」


 「そうよ、絶対。女神ルシリス様の事を知っている時点で、貴方はもう私と行動を共にすべきなのよ。これは決定事項よ。いいわね。」


 しまったな、やらかした。「ラングサーガ」の事は迂闊には話せないし、もし話したらこの世界が崩壊しかねない。


 それだけは、何としても阻止しなければ。俺はこの異世界が気に入っている。


 失う訳にはいかない、この世界で俺は生きていくと決めた。


 今まで出会った人達や、仲間たち。知り合いも出来た事だし、もう少しこの異世界で生きて行きたい。


 「解りました、俺はマリアさんと行動を共にします。ただ、俺にも都合がありますから、基本は俺の行動に付き合って貰いたいと思いますが、それでもよろしいですか?」


 「ええ、構わないわよ。ジャズ殿と行動を共に出来れば、私は文句は無いわ。」


 「それと、俺が転生者である事は、どうか秘密に。」


 「解っているわ、任せて頂戴。貴方も私が女神ルシリス様の遣いである事は。」


 「はい、お互い秘密という事で。」


 ふう~~、やれやれ。結局こうなってしまったか。まあ仕方が無い、ここまで来たら覚悟を決めるか。


 おそらく、俺はこれからこの世界を守る側に立たされる事になるだろう。


 はあ~~、気が重いなあ~。俺のスローライフはどうなる事やら。


 「これからよろしくね、ジャズ殿。」


 「ええ、こちらこそよろしく頼みます。マリアさん。」



   レダ王国王都 王城――――



  「ええーい! 一体何時になったらアリシアの先遣隊は来るのだ!」


 レダ王は苛立ちを露わにし、宰相に当たり散らしていた。


 謁見の間では現在、国王の他、第一王子と第二王子、それと宰相が顔を突き合わせて話し合いをしていた。


 周りの近衛騎士たちはただ柱脇に突っ立ったままで、微動だにしない。


 「このままではカナンに良い様にやられるだけではないか!」


 「まあまあ、お気をお沈めください父上。情報に寄ればこの国の港町にアリシアの船が入港しているそうですよ。」


 「なに!? 本当か?」


 「しかし、客船という事らしいが? 国の使節団ではなさそうだ。」


 「兄上は黙っててくれ、今は私が話している。」


 「弟の分際で生意気な、父上、中立のリーアベルト王国はどうなっているのですか?」


 「あそこは駄目だ! 話にならん! こちらの要求を断り、兵を動かさないそうだ。まったく! 儂の言う事を聞けばよかろうに!」


 レダ王は今まで遊び呆けていて、国政をまともに行った事など皆無であった。


 しかしながら、ここへ来てカナン王国からの戦が始まり、慌てて軍会議を開くなど、最早手遅れ感が否めないところまできていた。


 「兎に角、アリシアの使節団であれなんであれ、我がレダ王国に軍を派遣して貰わねば戦えんだろうに! これだから田舎の国はいかんのだよ!」


 「それで父上、我が国民の戦力はどうなっておりますか?」


 「それならば心配いらん、税を払えぬ者達はみな徴兵し、最前線へ送っておる。時間稼ぎぐらいにはなるだろう。」


 「それならば安心ですね、最前線はメディオンに任せればいいのです。そして、その結果戦死してもこちらは痛くも痒くもなりませんからな。はっはっは。」


 「いやまったく、はっはっは。」


 「メディオンか、所詮メイドとの間に生まれた子。王位継承など無縁、お前達さえ居れば良い。だから、軽率な真似だけはしてくれるなよ、よいな。」


 「「 はい、父上。 」」


 この会話を聞き、宰相は頭を悩ませて、今後のこの国の行く末を憂うのであった。







 



 

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おっさんが雑魚キャラに転生するも、いっぱしを目指す。 月見ひろっさん @1643

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