幼馴染の勘違いから始まるラブコメ

くろすく

幼馴染の勘違いから始まるラブコメ


「ねえ湊、私今何して欲しいと思う?」


俺のベッドに横になってうつ伏せになり漫画を読んでいる美玲はおもむろにそう告げた。

また急に何か思いついたのかと、小説片手に机に向かっていた俺は顔をあげて美玲の方を見る。


俺の幼馴染のたに美玲みれいとは生まれた時からの付き合いだ。

そのせいか、お互いの考えていることややりたいことがなんとなくわかる。


「今日は麦茶が飲みたいんだろ?」


「んー、そうだけど、違う」


そうだけど違う。


一体何を言っているんだか。そうなんだったらそう以外ないと思うけど。


とりあえず麦茶を取って来て美玲に渡す。

その時に俺が不満に思っていることが伝わったのか、美玲はちらりと俺の方を見て、再び視線を漫画に落とす。

美玲の様子から察するに、自分からは言いにくいから当てて欲しいと言ったところか。


そもそもだ。今日俺の部屋に来たときからこいつの様子は少しおかしかった。なにも言わなかったから俺も触れはしなかったけど、落ち着いて考えてみるとやっぱり変だ。


家には来るのに部屋に入るのをやけに渋ったり、本当に入っていいのかと散々確認していたし、入ったら入ったでどこに座るのかで悩んでいたし、じっと俺の顔を見て嘘は良くないと諭してきたりわけがわからない。


何かあったんだろうか。

とりあえず、今日の美玲の様子から思い出して見ることにする。


まずは朝だ。


朝はいつも通り美玲に起こされ、一緒に母さんが作った朝食を食べ、弁当を持って一緒に家を出た。いつも通りだ。

今日の朝ごはんはポテトサラダにトースト、コーヒーというシンプルかつ美味しいもの。これも問題はないだろう。


朝に問題はないだろう。多分。


「なあ美玲」


「…なに?」


「今日の朝ごはん、美味かったか?」


「急になにを言ってるのかわからないけど、いつも通り美味しかったわよ」


「そうだよな」


「?」


その通り。母さんの料理は美味しい。

それは置いておいて、朝には問題はない。…本当か?


「なあ美玲」


「…なに?」


「今日の朝、俺歩くの少し早かったか?」


「隣に並んで歩いてたじゃない。しかも私の方が少し前だったし。でも…そうね、もしかしたらこういうのも少なくなっていくのかもしれないわね」


「は?」


「…なんでもない」


少し寂しげに言う美玲は、儚げで世を憂いている俳句を書きそうな…とにかくなんだかうっすらしていた。


これからは少なくなっていくのかもしれない…一体なにを指しているのだろうか。


まあ置いておいてだ。


次は学校だな。


登校してすぐに数学の授業、今日は抜き打ちのテストがあったんだよな。

俺はテスト前に一気に詰め込む派だから定期テストの点数はそこそこだけど、突発的なテストには弱い。反対に美玲は日頃からコツコツやっているから基本的にテストには強い。けれどなんだか今日はおかしい。


ははん? わかったかもしれない。


「なあ美玲」


「…なに?」


「今日の数学の抜き打ちテスト、あんまりうまくいかなかったんだろ?」


「いや、わからない問題は特になかったわよ。私より湊の方がやばかったんじゃないの? テスト中頭抱えてたじゃない」


「あれは、グラフとグラフが交錯して面積がわからなくなるから…」


「だからいっつも言ってるじゃない。予習はともかく、最低限の復習はしたほうがいいって。それを聞かないで漫画にゲームに小説に…まあ、私も一緒に楽しんだりしちゃってるけどさ、限度があるじゃない。…でも」


「?」


「それもまた少なくなっていっちゃうのかもね…」


はらりと漫画のページを捲る音が俺の部屋に響く。

まただ。美玲がうっすらしている。どうやら数学の抜き打ちテストでもなかったみたいだ。…今度からは少し復習もしたほうがいいか?


それはさておき、これでもないらしい。


となると、次の授業か?

次の授業は国語。たしか古文をやったはずだ。


かの有名な紫式部が書いたとされる『源氏物語』。よく清少納言が書いたとされている『枕草子』と勘違いする人がいる作品だ。


源氏物語はいわゆる物語文。筆者が想像した話を展開させていく話だが、枕草子は随筆文。体験したことや経験したことをもとに書かれた作品だ。大丈夫、授業はきちんと聞いていた。


源氏物語がどういった話かは忘れたが、あの時物語を読んでいた美玲の眉間には深いしわが刻まれていた。

もしかしてそれが原因か?


よし。聞いてみよう。


「なあ美玲」


「…今度はなに?」


「源氏物語って、いい作品だよな」


俺がそう告げると、美玲は顔を少し歪めた。


「湊、ちゃんと授業聞いてた?」


「おう、随筆は筆者の経験したものを「それは授業の初めの話」…おう」


「そもそも…」


美玲曰く、源氏物語は愛憎渦巻く現代の昼ドラの昔バージョンなんだとか。

今だから色々な解釈もあり、ソフトな表現になっているところもあるものの、当時の人たちからしたらかなり衝撃的な読み物だったんじゃないか、と。

現代で同じような作品が発表されたとなると、R指定される可能性が高いらしい。俺にはよくわからないけど。


俺が途中からよくわからない顔で聞いていたら、美玲はため息をついて湊には関係のない話かも、と言って読んでいる漫画の表紙をひらひらと見せつけてきた。


なんだよ、『絶対にウケるギャグを開発してみないか?転校生!!』のなにが悪いんだ。面白いだろ。今度それドラマ化すんだぞ。



しかし、国語の授業でもなかったか。…となると、体育か?

今日の体育は男子は外でサッカー、女子は体育館でバレーだったか。



「さて、ここで俺の幼馴染であるところの谷美玲のスペックを再度分析して見ることにしよう。


まずは顔。改めて言うまでもなく美人だ。女神の生まれ変わりなんじゃないかと俺は疑っている。完璧に配置された顔のパーツに、その一つ一つが整っている。少し吊り目でアーモンドのような形の目、すっと通った鼻筋に小振りな鼻、チークものせていないのに少し赤みを帯びている頬、赤く艶やかでまるで真夏のトマト、初夏の桃、秋の柿、冬のナンテンを思わせる唇。


そのプロポーションも特筆すべきところばかりで…」


「その話、まだ続くんか? しかも夏が二回出てきてるし…」


げんなりとした顔をしているこいつは本庄ほんじょう正樹まさき。俺のクラスメイト、かつ話し相手だ。

今はフォワードを任されている俺が正樹にまとわりつきながら会話をしているという状況。


「まあ聞けって正樹。まだ話終わってないだろ?」


「いっつも聞いとるわ! なんなん? そんなで付き合ってるわけでもないんやろ? いいからはよ付き合えや」


関西っぽい話し方をしていることから、西の方の生まれと思われることがあるが、全くその通り。こいつの出身は兵庫だ。


「いや、付き合うとかそういう問題じゃないだろ。今は美玲がどれだけ素晴らしいのかをだな…」


「ええからええから、もうわかったて。ほら、ボール来るで?」


「ほんとだ」


立浜!!と呼ばれた声に振り向けば、中盤からのパスが俺に向かってやってくる。後ろから来たそれを前を向いたまま左足でトラップ。ワンタッチで話に夢中(当社比)だった正樹を躱してセンターバックと一対一。


どうしたもんかとボールを転がしながら見ていると、ゴールの右上が空いているような。

躊躇うことなく右足を振り抜く。


俺が放ったシュートは弧を描いて思い通りにゴールの右上に突き刺さる。


「それでな、美玲は…」


「ちょっと待てや! それよりなんか言うことあるやろがい!!」



なんてことが体育ではあった。

女子の体育? いや、普通に見に行けるわけないよな?


…つまり体育は関係ないわけだな。


そしたらその次か?

化学の授業でグループになって実験があったな。


美玲と俺は同じ班で、その他にも田畑くんと花野井さんがいた。


なんか花野井さんの距離が近かったが、実験は成功したしそこまで変なことがあったようには思えない。


…化学も関係ないか。


「うーん…」


「湊、まだわからないの?」


パタンと漫画を閉じ、のそりとベッドから体を起こす美玲。

正樹には語り損ねたが、語らなくて良かったかもしれないな。


部屋着の美玲は非常に無防備だ。

パーカーにショートパンツといった少しダボっとした格好。

身体の線は見えないものの、その下に隠されたパーフェクトボディの存在を俺は知っている。


なぜかって? 少し前に美玲の家に行ったときに、着替え中の美玲に出くわしてしまったからだ。謝って許してもらったものの、それからは美玲の家には行っていない。まあ、反省期間だな。


「残念ながら」


ほぼ以心伝心だからな。完全にわからないあたりまだ他人だったってことだ。


「そう…じゃあ聞くけど、お昼休みと放課後、どこに行ってたの?」


美玲の声はなぜだか少し震えていた。



昼休みと放課後? 何かあっただろうか。


昼休みは屋上に呼び出されて行ったらなんだか美人な上級生とその彼氏が待っており、彼氏に対して幼馴染の良さを語ってくれと頼まれた。

どうやら美人な上級生は幼馴染の彼氏のことが本当に好きだけど、幼馴染の彼氏は自信がなく釣り合っていないと感じていたのだとか。


俺が語ってどうなるわけでもないと思っていたものの、ひとしきり美玲の良さを語っただけでどうやら彼氏の方は自信がついたらしい。よくわからないが、うまくいってよかったと思う。


そう美玲に告げると、美玲はポカンとした顔になる。


「そ、それじゃあ放課後は? 花野井さんに呼び出されていたじゃない」


「放課後か。それを言うには少々プライベートなことになるかもしれない。でもまあ、花野井さんも美玲に言う分には良いって言っていたし大丈夫だろう。


それに、俺に話した時点で美玲には遅かれ早かれ伝わったことだろうしな」


放課後、俺は花野井さんに呼び出され。想いを告げられた。



田畑くんに対しての。



どうやら彼女は田畑くんのことが好きなあまりどうして良いのかよくわからなくなっていたらしく、アピールのつもりで俺にくっついていたものの、田畑くんの反応が薄く焦ったらしい。


俺は懇切丁寧に、好きな異性がいる場合は間違っても他の異性とくっついたりしないこと、自分の気持ちを誤解のないように伝えること、勇気が出るまで待っていては意味がないのですぐ行動するようにすることを説明してあげた。


花野井さんは素直な性格もあって、俺のアドバイスをきちんと聞き、すぐに田畑くんのもとに向かったようだ。

…なぜわかったかって?


その後、田畑くんからメッセージが飛んで来たからだ。


『花野井さんがなんかおかしいんだけど立浜くん何かやったでしょ!?』


俺はそれに目を通し、そっと閉じた。

プライベートは守るべきなのだ


そう美玲に告げると、彼女は顔を赤くして本格的に震え始めた。


「じゃあ、私が気を遣って部屋にいて良いのか聞いたのは無駄だったってこと…?」


「まあ、別にいつも通りだからな」


「湊に彼女ができたんじゃないかって不安になったのも意味がなかった?」


「まあ、彼女、できてないからな」


「もう一緒にいられないかもしれないって胸が締め付けられる思いをしたのも、全部全部私の勘違い!?」


「まあ、ずっと一緒にいるからな」


俺がそう言うと、美玲はう〜っとうなり枕を投げつけてくる。


「ちょっと湊!! どうにかしなさい! 勘違いのせいで…あんたのこと、大事だって自覚しちゃったじゃないの!! どうしてくれるの!?」


枕をどけ、改めて見た美玲の顔は今までの幼馴染のものではなく、まるで、いやまさに恋する乙女の顔をしていた。

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