貴石

もちもち

貴石

 ド深夜のコンビニレジに守山がコロンと転がした小さな石は、どう見てもダイヤモンドだった。


「オモチャか」

「言ってくれるなあ。こう見えて天然のダイヤモンドなんだけど」

「無造作に置くんじゃない」


 俺は慌てて台拭きを手に取りダイヤモンドをそっとその上に移した。それを見ていた守山はニコニコとしている。

 俺の慌てっぷりが可笑しいようだ。


「…… ああ、ダイヤモンドって固いんだっけ」


 守山からしてみればちょっとやそっとじゃ壊れないものをバカ丁寧に扱っている、と見えたのかもしれない。

 彼の笑いをそう解釈して「いや知ってますけど」とばかりに返してみると、守山は「そうだな」と頷いた。


「ただダイヤモンドはへき開があるから、全く割れないわけじゃない。

 そもそも割れないなら加工もできないし」

「そりゃそうだけど…… ダイヤモンド同士で削ればいいんじゃないのか」


 同じ硬さなら削れるかもしれない。と思っただけの発言だったが、守山は「へえ」と目を丸くして驚いた。


「松島、ダイヤモンドの加工方法を知っているのかい」

「いや…… ただの想像なんだが」

「そうなんだ、すごいな松島。松島のそういう直感っていつも正しい方向を向いているよな」


 ふんふんと守山は面白げに頷いて褒めるのだ。そんなところを褒められたことが無かったので、俺はひたすら照れくさく「いや、もういいから」と彼の話しの続きを促した。


「ダイヤモンドは地上最高の硬度を持つ鉱物だってのは知ってるだろ。

 同時に世界最古の鉱物の一つでもある。

 知ってるかい、松島。ダイヤモンドは45億年前はすでに地球に存在していたんだ」


 すらすらといつもの守山の講義が始まる。真夜中、人気のないコンビニで開かれる彼の講座は鮭の話題から花火、銀河と脳の関係まで幅広く網羅されている。

 大学の文学科であると聞いていた肩書を疑いたくなるほどだ。


「45億年前といえば、何の時間か知っているかい、松島」


 ニコニコと笑う守山に俺は首を振った。なんとなく聞いたことのある数字だったが、俺は彼の口から答えを聞きたい気分だった。


「地球誕生の時間だ。

 ダイヤモンドは地球の誕生からずっと共に在り続けた鉱物なんだよ」


 まるで地球の伴侶を語るように守山は喋る。

 地球誕生当時からの存在が目の前に転がり小さいながらも溢れる輝きを放っている。

 マグマの熱と圧力で整然と分子の配列が並べられ美しく強い石になった。と、守山は語る。深い熱に凝縮された輝きなのだ。

 俺は目の前の小さな光の粒を眺めながらしみじみと呟いた。


「鉛筆と同じ炭素すみだって聞いたけど、なんだかすごいな」

「おお、松島、今日は物知りなんだな」

「喧嘩売ってんのか」


 守山はぱちぱちと拍手をしながら驚いている。なんだこいつと思ったがどうやら純粋に褒めてくれているようで、俺のツッコミに守山は「え」と頭を傾げてきた。

 今更だがコイツの中で俺はどんな人間に映っているのだろう。


「突然だが、松島。

 人体には18%の炭素が含まれている」


 本当に突然の情報を提示してくる守山だ。

 俺が「あ、はい」と頷くと、守山はさっさと先に進めた。


「我々もダイヤモンドになれる」

「急展開が過ぎるんだが」


 いつもの回りくどい説明はどこに行ってしまったんだ、守山。ストレートに結論をぶちかまされてしまって思わず突っ込んでしまうと、守山は予想が当たったように嬉しそうに笑った。


「遺骨供養の一つなんだが、知らないか、松島。

 遺骨に含まれる炭素を取り出してダイヤモンドにするんだ。ダイヤモンドが形成される環境を再現できる設備があるんだよ」

「すごいことになってきたな。物好きがいるってことか」

「物好きというか、遺髪をペンダントにして身に着ける習慣もあるからね。

 遺骨を貴石にするってのもそんなに突飛な発想ではないんじゃないか」


 守山は俺の反応を不思議そうに見るが、いやいや、骨は墓に収める文化があるからな俺には。

「墓の後継者問題も解消するかもしれない」と守山は言うが、俺にはちょっと不気味だった。


「例えばそれって、未来に知らない誰かの骨からできた宝石を身に着けるかもしれないってことか」

「まあ…… 可能性としてはあるかもな」

「呪われそう」

「呪いのダイヤモンドとか有名だしな」


 ふふ、と守山は笑い、俺の不気味に思う気持ちはあんまり伝わっていないらしい。

 確かにすでに超有名な呪いのダイヤモンドがあるので今更感はあるのかもしれない。守山に共感してもらう作戦は失敗に終わった。

 ニコニコと守山は続けた。


「最古の鉱物と自分たちの中にあるものが一緒っていうのは壮大なロマンだと思わないか、松島」

「お前のロマンの方向はいつもちょっと分からない」

「我々は同じ一つの光だった、てことだ」


 こういう言い回しは文学部らしさなんだろうか。守山に掛かると科学的なことも詩的に表現される。

 彼の本分を確認していると、守山は指先でダイヤモンドを突きながらぽつりと呟いたのだ。


「結局、ここに戻ってくる」


 それはどこかつまらなそうな声だった。少なくとも、俺の直感をすごいと褒め、驚きを笑っていたときの声ではない。

 原始地球に逆戻りすることに不満なのだろうか。

 そういえば、守山は宇宙に散らばる星が大好きだったなと、俺に小さく笑う彼を見て思い出していた。

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貴石 もちもち @tico_tico

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