第16話 自分を大切にする

いつもの居酒屋で、土曜日に崇と待ち合わせている

俺が誘った

「早いんだな…なんかいいことでもあったのか」

ニヤニヤしながら聞かれた

「まあな…仕事が決まったよ」

「で、どんな会社?何やるの?」

「追々話すから、注文しろよ」

ビールと焼き鳥を頼んで、早くしろとせっついてくる

「親父の会社に決まった」

「親父さんって何の仕事してたっけ?」


ビールを一口飲んで、洗剤を作る会社と答えた

「ふーん…そこで何するの?」

「お前!疑ってるだろ!」

崇がビールを飲んで、視線を外した

「…だって、また流されたんじゃないかって思ってさ」

「違うよ…俺さ、前から洗剤とか、自然破壊につながらない無害なものは作れないのかなって思ってたんだ」

蟻の話やこれまでの経緯を簡単に説明した

「研究部への希望を出してる…まだそこに行けるかどうかはわからないし、望む研究が、できるかどうかも、わからない…もし違う部署とか違う研究内容だったら、もう一度大学に入りなおすことも視野に入れている」

話し終わると俺の決意を確かめるように、崇が俺の目を見た

「そうか…良かった」

「ありがとう、心配してくれたんだな」

「お前はさあ!気が付くと不幸になってるから!気になってしょうがないんだよ」

崇は、ビールをグイっと飲んで、ドンと置いた

そうだよな…言われて納得、そういえば会社が倒産したこと、なんで知ってたんだろ?

「なあ…聞いていい?」

「なんだよ…」

「お前、なんで俺の会社倒産したこと知ってたんだ?」

「彼女が教えてくれた」

あっけらかんと言われて、ちょっとびっくりした

「彼女いたんだ」

「当たり前だろ!歳考えろよ」

「そうだよな…彼女か…居たら楽しいかもな」

「俺の彼女、お前のオフィスの近くに会社があって、お前のこと話したら気を利かせて教えてくれるようになっちゃってさ…デートするたび、昨日お前がどこの店入ったとか報告してくれるようになったんだよ」

なんかおかしくて笑った

「お前、デートで何話してんだよ!」

「彼女にしてみたらお前がキューピット同然だからな…時々気になってお前のオフィスの近くに居たこともあってさ」

焼き鳥を食べていた手が止まった

「それ、ストーカーだろ!」

一人ぼっちじゃない…崇や森さん、考えてみれば、心配してくれてた人はたくさんいた

自分に余裕がなくて、気づくこともできなかったけど、本当に嬉しい

瞼が熱くなるのをごまかすように、大声で笑った


枝豆や奴豆腐、追加の焼き鳥やもつ煮込み、ビールなど追加の注文をすませてから

崇の話を聞いてないことに気が付いた

「お前は順調か?」

「ああ、だいたい順調…でもやりたいことが、ありすぎて時間が足りない」

「なんとなくわかる…仕事も勉強も彼女も大事だもんな」

「優先順位なんかつけらんないから」

結構酔っぱらって、言葉があやしい


いい気分で、飲んで食べて楽しい時間を過ごしたあと、また会う約束をした

別れ際、次は彼女を紹介しろと言っておいた


彼女か…羨ましいが、まずは仕事だ

自分の中から、沸き立つような力を全身で感じていた


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