第9話:そう言われることはわかっていた

 マジかよ……

名もなき旅人は番号を見て天を見上げた。まさかメインディッシュとなる4を引き当てるとは思わなかったからだ。

 それよりもアンリの番号はどうなのだろうか。人が段々少なくなっている今なら彼女に接触することが出来るだろう。名もなき旅人はそんな淡い期待を抱きながら辺りを見回す。

 アンリはすぐ見つかった。紙を見たまま拗ねた子供のようにうつむいている。


「アンリ。おい、アンリ」


 名もなき旅人はアンリに近づくと声をかけた。だが聞こえていなかったのかはたまた無視されているのだろうか。反応する素振りすらも見せない。


「アンリ。なぁ、アンリ」


 それでも諦めずにアンリに声をかけ続ける。その声が届かないのならば振り向くまで声をかけ続けるつもりだった。


「旅人さんの嘘つき」


「嘘……つき? 」


 彼女の一言に心臓が止まるような感覚に陥る。まさか発した言葉がこれだとは思ってもいなかった。


「あの時助けてくれるって言ったじゃない! 」


アンリは涙をポロポロと零しながら訴えかける。

それに対して名もなき旅人は痛いところを突かれ、思わず黙り込むしかなかった。


「騙された。旅人さんは結局私の事なんてどうでもいいんだわ」


名も無き旅人は一息ついて話を続ける。


「見捨てるなら俺は青雲の肆フォース・ファイトに参加しないだろ。参加してなんの意味があるんだ」


「私のような子供たちを騙すためよ」


アンリは平然と言った。


「旅人さんはよその人だから能力も使えるし……他の人より有利でしょ? 」


 確かに彼女の言う通り俺は能力を使うことが出来る。確かに能力さえあれば有利に立ち回れることができるだろう。

 しかしそれには大きな誤算があった。名もなき旅人は自分を封じたせいか能力が使えないのだ。もし使えたならば1番の問題を解決できるのだがそう上手くは行かない。


「確かに能力を使えば有利かもしれないな。だが俺の能力は全く役に立つ能力ではないんだ」


「またそう言って私を騙そうとしているわ」


アンリは一息つくと話を続けた。


「だから大人ってずるいのよ。旅人さんは利用しようとして私に接触したんでしょ」


 彼女の言葉に一瞬唖然としたが直ぐに怒りが込み上げてくる。

少なくともコーシャスの大人達を反面教師として生きてきたはずだった。だが今や彼女にエミールやシャルルと同じように思われているのだ。

 全ての大人があの2人と同じだとは思って欲しくなかった。そうしないために1番手っ取り早いのは自分のありのままを伝えることである。だが本当の事を言ってしまうと今度は自分の身が危なくなってしまう。痛し痒しという状態だが嘘を言ってしまうと今度は彼女が絶対人を信じなくなる。そうなるともう名もなき旅人には彼女に素性を明かすしか無かった。


「あとはお前、この国から亡命したいだろ」


「そうよ。でも旅人さんが無理って言ったじゃない」


 彼女は頭が悪いのか分からないが言葉の裏の意味を全く分かっていないようだ。


「そうだな。あの時に無理って言ったのも俺はコーシャスを亡命したからなんだ」


「本当なの? 」


「あぁ。亡命は失敗したから無理って言ったんだ。だからこそ俺は……」


 名もなき旅人は言葉に詰まった。白銀の女性たちと逃げていた時に感じた違和感の答えを言えばいいのに不思議とその言葉が出てこないのだ。

 それは何故か。答えは自分でも分かっていた。認めたくないのだ。アンリが6年前の自分に見えだしていることを。


「俺は青雲の肆フォース・ファイトを終わらせるために動くことを決めたんだ」


 アンリの目から段々と疑いが解けていく。嘘偽りのない言葉に圧倒されたような表情を浮かべて。

 ふとアンリの悲痛な声が蘇ってくる。子供たちの命を守るためには青雲の肆フォース・ファイトを終わらせるしか手がないのだ。


「だからこそ私を守るためにあんな行動に……? 」


「あぁ。そうなんだ。だからお前を利用していた事を許してくれ」


 ようやく彼女の誤解が解けて良かったがそれでも問題は山積みしていた。

 1番の問題は試合を破壊する方法が未だに思いついていない事だ。手っ取り早いのは周りで監視している軍隊に危害を加えることだろう。しかし子供たちを避けながらとなるとかなり厳しいことになる。下手したら狙った隙に後ろを剣で刺される可能性だってあった。

 あまりにも考えすぎたからだろうか。突然名もなき旅人は突然頭の割れそうな痛みに襲われた。


「旅人さん、どうしたの? 」


「大丈夫だ。ちょっと頭が……」


 名もなき旅人は右手を額に当てる。すると薬指になにか違和感を覚えた。その正体は分かりきっていた。ルビーの指輪だ。

 ふと名もなき旅人の脳裏に指輪をなくした時のことが蘇ってくる。あの時は隣国のセゾンにいた時だっただろうか。海が見える街で食事をしていたら突然吹雪が窓を打ち付けていた。確かコーシャスの襲撃が起きたらしい。必死に逃げたあまりに指輪を無くし、そして――


ゴーン……ゴーン……ゴーン……ゴーン…………


 不気味な鐘の音が名もなき旅人を現実に引き戻した。


「この音……青雲の肆フォース・ファイトが始まってしまうわ……」


 横にいたアンリが声を震わせながらぽつりと言った。その声と同時に名もなき旅人は走り出す。


「旅人さん!どこに行くの!? 」


 飛び出していった名もなき旅人の後ろでアンリの声が聞こえる。しかし名もなき旅人は無視すると先を急いだ。彼女には悪いがこれ以上モタモタしていると間に合わなくなってしまう。

 荒い呼吸と共に汗が額から頬を伝っていく。こんなに走ったのはアンリを背負った時以来だろうか。名もなき旅人はそう思いながらも先を急いでいた。

 そして息を切らしながらもはね上げ式出入口の前にたどり着く。


 運が良くはね上げ式出入口の前には見張りの兵隊は不在だった。

 しかし名も無き旅人の近くにはそこそこ屈強そうな男の子が今か今かと待ちわびていた。右手に剣を握っており、剣先が鈍色に光っている。彼には悪いが計画のためにはちょっと眠ってもらう必要があった。

 名もなき旅人は男の子に気づかないように背後に回るとヘッドロックで気を失わせる。相手の身長が低ければ手刀によって気を失わせることも出来たがそう何事も上手くは行かない。

 名もなき旅人は男の子を安静にさせるように寝かせるとはね上げ式出入口が開くのを待った。


「さぁみなさん! 準備が出来たようです。それでは早速青雲の肆フォース・ファイトを開催したいと思います! 」


 不鮮明な声がはね上げ式出入口を通して聞こえてくる。喋っているのはおそらく控え室にいたあの妖しい女性だろう。

 その声に混じって観客の歓声が聞こえてくる。時折指笛や拍手も混ざり異様な雰囲気を醸し出していた。


「開催に先立ちまして総統様に言葉を承りたいと思います」


 名もなき旅人は今にも総統の声を聞きたくてうずうずしてくる。あの時の夢が名もなき旅人の妄想なのか否かが分かるのだ。


「今回の青雲の肆フォース・ファイトは隣国であるセゾンの侵略戦争のための参考になるのだ。コーシャスのために命を捧げ、コーシャスのために命を削れ! 以上だ」


 総統の声を聞いた時、名もなき旅人の背筋が凍りついた。冷たくドスの効いた声。まさにあの夢に出てきた声と全く一緒だった。あの時見えなかった総統の姿が見れる。そう思うと緊張と恐怖で心拍数が跳ね上がっていく。


「では第1試合目を始めます! 」


 観客の声と共にはね上げ式出入口が開き始める。

しかし名もなき旅人の姿が見え始めた時突然観客の声が消えた。それと共に驚愕の声がわきあがる。

 その中で名もなき旅人はニヤリと笑っていた。

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名もなき旅人は平和を祈る シュート @spin_shoot

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