第8話:血塗られた闘技場をめざして

 小鳥たちがさえずるような声が聞こえる。その声と共に名もなき旅人は目を覚ますと伸びをした。

 手に持っていた帽子を被ると辺りを見回す。改めて見ると何も無い質素な部屋だが逆に何も無さすぎて恐怖を覚える。

 名もなき旅人はベッドを出ると突然怒号混じりの声が部屋に響き渡った。


「出てこい! 」


 その声と同時に壊すほど勢いよくこの部屋のドアが開かれる。勢いよく開ける意味はなにか名もなき旅人には分からず呆然とするしか無かった。


 しばらくしていかつい男が名もなき旅人の前にたちはだかる。しかし名もなき旅人はいかつい男相手では動じなかった。


青雲の肆フォース・ファイトの説明をしに来た。闘技場アリーナに向かいながら話そうか」


 名もなき旅人は無言のまま頷く。そういえばエミールに青雲の肆フォース・ファイトの話を聞いていなかった。だが説明してくれるならばこちらが聞く手間が省ける。

 名もなき旅人は男に連れられて1日だけ過ごした部屋を出ていった。


「お前素性が全く分からないとエミール様が言っていたが何者なんだ? 」


「素性も何も俺はただの旅人だ」


 眩しい朝日が名もなき旅人と男を照りつける。相変わらず素性について訊ねてくることに内心いらだちを覚えていた。


「そうか。さてと青雲の肆フォース・ファイトについて話そうか」


 男はこれ以上訊くことはなく淡々と青雲の肆フォース・ファイトについて話し始めた。

 青雲の肆フォース・ファイトでは生存するだけでなく殺した人数についても考慮される。1人で2人を殺せば幹部の部下や軍隊として、3人殺せば幹部直属として斡旋あっせんされるのだ。


 それよりも問題は名もなき旅人がどのグループに入っているのか分からないことだ。

 1番の問題は名もなき旅人とアンリが同じグループに入ってしまうことだった。そうなればアンリと協力できる。だがその場合だとアンリをかばいながらも計画を実行する必要が出てくるのだ。


 名もなき旅人自身は青雲の肆フォース・ファイトを滅茶苦茶にする明確な案が浮かんでいなかった。浮かべば直ぐに実行に移せるのだが他の子供たちの被害も考えるとそう易々と実行するとはいかない。

 さてどうするべきだろうか。名もなき旅人は必死に頭を働かせた。


「おい、聞いてるのか」


 男の声でハッとすると彼の顔を見る。


「あぁ、聞いている」


 この思考は誰にも気づかれてはならない。名もなき旅人は歩きながらそう答えた。


 しばらく歩いていると建物が段々多くなってくる。しかし歩いている人も見かけず生活音がほぼ聞こえない。それもそのはず今日は青雲の肆フォース・ファイトがある日なのだ。おそらく今日は全員仕事を休んで見に行っているのだろう。

 そう思っていた矢先に突然小さい男の子が横にいた男とぶつかった。男の子は木のバケツを持っており、水が思いっきり男に降りかかる。


「お前っ!どこを見て歩いているんだ! 」


 男の怒声が飛ぶと同時に男の子の血の気が引く。見る限りおそらく男の子はまだ2歳か3歳くらいだろう。こんな子供に家事を任せ大人は青雲の肆フォース・ファイトを見ているのだろう。大人に対して怒りが込み上げてくる。名もなき旅人も大人なのだがこのような大人ではない。


「す、すみません! 」


「チッ」


 男は男の子を睨みつけると舌打ちすると踵を返して歩いていく。男の子はずっと男に対して頭を下げ続けていた。見ているとむしろこちらが申し訳なくなってくる。


「お前、そんなところで立ってどうした。間に合わなくなるぞ」


「申し訳ない」


 名もなき旅人は平謝りすると男の後を追った。



 さらに歩くと大きな円状の建物が見えてくる。他の建物とは違う構造が大きな威圧感を放っていた。おそらくここが闘技場アリーナだったはずだ。まだ青雲の肆フォース・ファイトが始まっていないにも関わらず大人たちの熱狂ぶりが近くから聞こえていた。

 これではまるで儀式ではなく見世物ではないか。名もなき旅人は歓声を聞きながら愕然としていた。


 あの時は生き残ることに必死でその考えまでには至っていなかった。しかし改めてその立場にいるからこそ実感できる。これは明らかに子供たちが見世物にされているのだ。

 このようなことはすぐに辞めさせなければならないと思うと自然と拳に力が入り、拳が震えてくる。まるで全身の血が逆流して今にでも吐き出しそうな気持ちにと囚われる。だが今はダメだと必死に堪えた。ここで発散してもなんの得にもならない。発散するなら青雲の肆フォース・ファイトが始まってからだ。


「ここが闘技場アリーナだ」


 男は近くにいた兵隊に礼をすると闘技場アリーナの中へ入っていく。名も無き旅人も同じく礼をすると中へ入っていった。


 闘技場アリーナに入るや否や名も無き旅人は地下へと降りさせられた。地下には確か待機場所があったはずだがよく覚えていない。

 奥へ奥へと歩いていくと開けた場所にたどり着く。だがこの部屋には誰もいないどころか何も無い。


「どうした。控え室は隣だぞ」


 男の声で名もなき旅人は思い出す。そういえば控え室があることを忘れていた。


 沢山の人の話し声が聞こえるあたりここから左隣が控え室のはずだ。ここからはもしかしたら名もなき旅人と相手になる人と会うことになるだろう。

 名もなき旅人は固唾を飲み込むと控え室に足を踏み込んだ。


 名もなき旅人が入ってくるや否や性別や背丈がそれぞれ違う12歳の子供たちが一斉にこちらを向いた。青雲の肆フォース・ファイトが近いということを知っているのかほぼ全員が目を血走らせている。その目はまるで獲物を狙う昆虫を思わせた。

 しかし明らかに1人だけうつむいたまま涙を流している子供がいる。それを見た時、名もなき旅人の胸が一気に跳ね上がった。


 アンリだ。アンリがここにいる。

名もなき旅人はすぐさまアンリに近づこうと思ったがあまりの人だかりに動くことすら出来ない。


「静粛に! 今から青雲の肆フォース・ファイトのルールを説明するからよく聞くように! 」


 突然奥にいた女性が叫んだ。その声と同時に子供たちはみんな静まり返る。女性は黒い礼服を着ておりどこか妖しい雰囲気を漂わせていた。しかし肝心の顔がフードに隠れていてどんな人なのかよく分からない。


「君達は今から青雲の肆フォース・ファイトを受けることになる! 自分の力を発揮して思う存分に暴れてくれ! 」


 女性の声と同時に子供たちは歓喜の声を上げる。


「今年は優秀な子供たちが多いようだ。しかし生き残るのはこの中で5分の1だ! 生き残りたければ殺し合え! 総統様を喜ばせろ! 君達に出来るのはそれしかないのだ! 」


 女性の声と同時に再び歓声が沸きあがる。大人もまともではなければ子供もまともではないことは分かっていた。しかし目の前にいる子供たちが成長して大人になっていく負の循環を考えると心が痛くなってくる。子供たちには罪は全くないのだ。


「さてと、今から1人ずつ紙を渡す。全員に行き渡るまで見ないように」


 女性の声と同時に5人の女性が入ってくる。その女性の姿はアンリと出会った時に名も無き旅人達を追いかけていた白銀の服をまとった女性たちだ。

 しばらくして名もなき旅人に4つに折りたたまれた紙が配られる。そして全員分を配り終わると女性たちはそそくさと消えていく。


「今から紙を開いて数字を確認してくれ。1から15まであるがその番号が戦う順番だ。確認したら直ぐにここを出るように」


 名もなき旅人は辺りを見回した後に恐る恐る紙を開いて数字を見る。そこには黒々としたペンで大きく“4”と書かれていた。

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