これやこの
大会が終わった。
強豪校に当たったので、私たちの団体戦は2回戦で幕を閉じた。
京都駅に着いた時には、既に14時半を回っていた。
夕食まで一旦解散を告げられ、2年生が各々の思うように動く中、空腹で限界だった唯一の1年生であった私は途方に暮れかけていた。
「空音ちゃんどうする?俺と稲葉と吉野でご飯行こうとしてるんだけどさ」
4年生の春日さんが私に声をかけてくれた。
「お腹が非常に空きました。着いてって良いですか?」
あとから考えたことだが、男子大学生のご飯に女子大生1人で跳び込むなんて無謀である。いくら私が女子にしては食べる方だとはいえ、流石に舐めていた。
選ばれた店は湯豆腐の定食だった。男子大学生の胃袋に付き合わせるのは、と先輩方に配慮させたかと思うと少し申し訳なく思ったけれど、サイドメニューをすごい勢いで注文する先輩方を見てそんな思いは吹き飛んだ。
「僕このまま春日と伊勢丹でお土産見てくるで、誰か一緒に行かん?」
「私いい感じに眠気来てるのでこのままホテル帰って寝ます」
「空音ちゃん帰る?俺も帰るわ、藤原くんは?」
「俺も帰る~」
「あ!551!……でも今食べると夜ご飯しんどいですよね」
「まあ4時になるもんねぇ。夜ご飯6時集合でしょ?」
「そうだった。もうちょっと空いてたら並ぼうと思ってたけどやっぱ混んでるね」
昼ごはんを食べた後なのに、藤原さんはまだ食べようとしている。男子大学生の胃袋は底知れない。551を横目に見ながら八条口の階段を降りた。
「Excuse me?」
先頭を歩いていた稲葉さんが、何者かの声に振り向いた。
「How can I go to Nishiki Market?」
稲葉さんは一時停止し、私と藤原さんは顔を見合わせた。
外国籍の女性が話しかけていた。稲葉さんに。
「……どうしよう、俺英語話せないんだけど」
「俺も。英語なんて1年の時必修でやって以来何もやってないよ」
「I want to take the bus number five, I can’t how to go.」
「そもそもここ八条口じゃないですか、中央口に行くって何て言えば良いんですか?」
「とりあえず階段登ってもらわないとね」
Climb the stairs!と言いながら私は階段を指差し説明しようとした。
「空音ちゃん英語できる人!?」
「違います!私英語のできない国際系学部生です!」
「……もう連れてった方が早いよね。時間余裕あるし」
稲葉さんが無言で手招きをした。
「言語の壁ってどうにでもなるんですね」
「うーん、感覚で通じてるっぽいね」
「で、5番のバスってどれですかね」
「もう観光案内所とか連れてった方が早いかなぁ」
私たちだって観光客ですもんねー、と先ほど通り過ぎた551を横目に見ながら呟く。
「I’m from America. Where are you from?」
「We’re from Tokyo! We are tourists!!」
「I went to Tokyo yesterday! I visited Asakusa, Shibuya, and Akiba!」
「You’re going to go to Nishiki Market, where will you go after that?」
「After that Nishiki Market? I’ll back hotel. Tomorrow, I’m going to go to Osaka! I want to eat Takoyaki!!」
「Takoyaki! Yeah!」
英弱三人衆の語彙力なんてこんなものだ。会話でとっさに出るのは中学英語が限界である。
私と稲葉さんは先を歩き、マップを見てどこに連れてけばいいかを思案していると、「な~るほ~ど!」と藤原さんの声が聞こえた。後ろを振り向くと藤原さんが何やらスマホの画面を見せていた。
「いやぁ、文明の利器に感謝だよね。翻訳アプリ使って会話してる」
「……藤原さん?今すごい日本語でしたよ?」
「え!?俺今『なるほど』が英語だと思って使ってたわ……」
「てか藤原くんめちゃくちゃ日本語で喋ってない?」
エスカレーターを下り、中央口を抜けると漸く目的地であるバスターミナルが見えた。
「Kyoto Bus station is very confuse, so we are difficult to arrive at destination.」
「今空音ちゃんなんて言った?」
「ここのバスターミナルめっちゃ複雑だから日本人でも難しいよって言いました!多分!通じてるかは知りません!」
「まあわからないよねぇ。あ、良いもの見っけ」
私の横を歩いていた稲葉さんは、“良いもの”であろうバスターミナルの地図を見に行った。ひょこひょこと後ろを着いていき、Googleマップと見比べる。
「この辺行けそうじゃないですか?A2乗り場?って書いてるとこ」
「てか今いる4系統って書いてるやつ行けそうじゃない?」
「四条河原町通りますね!行けます!」
私は、アメリカ人女性の方にくるりと振り返った。
「You get off “Shijo Kawaramachi”. OK?」
「What station?」
「Shijo Kawaramachi! Repeat after me “Shijo Kawaramachi”」
「Shijo Kawaramachi」
「This is the 6th station after getting on the bus, OK?」
「Ummm……」
Googleマップでの検索結果を見せながら列へと連れて行ったが、流石は西の交通の要所だ。人が多すぎる。
「てかこれめっちゃ並んでない?乗れんの?」
「あー、微妙だなこの感じ……」
3列も並んでいた人々がバスに吸い込まれていったが、あと1列を残してバスは満員。そのまま発車して行ってしまい、次のバスがロータリーに入ってきた。
「いや!大丈夫!次205系統も四条河原町行く!」
「You get on the next bus!!!」
Whoo!と言いかねないノリでバスを指差した。もうヤケクソである。ノリで通じる。何なら藤原さんのを見てたら日本語でも通じそうである。
「You get off “Shijo Kawaramachi”, OK??」
これしか言えないのか。国際系の学部に通う英弱とは私のことである。レパートリーは無い。眠くて頭が回っていない。そんなものを私に求めないでほしい。Shijo Kawaramachiをひたすら連呼しているだけの人である。一見不審者である。通報はしないでほしい。そう願い続けながら乗車直前までGoogleマップでルートを見せ続けた。
「Six station after!!」
「OK! Thank you‼︎」
通じたのかはわからない。でももうこれ以上何もできない。
「……行きましたね」
「……行ったね」
「さーあ辿り着けますかね!!!辿り着けると良いなぁ」
「俺たちにはここまでしか出来ないからね。戻ろっか」
先に稲葉さんがバス停に背を向け、藤原さんと一緒に後を追った。
「また八条口戻ったら道聞かれたら面白くない?」
「そしたら私、後輩に語り継ぎますね!」
そう言いながら京都駅の南北通路を抜ける。
「551まだ混んでますねー」
「もうちょっと空いてたら並んでたのに、ってあれ」
見知った顔が列に混ざっている。春日さんと吉野さんだ。
「吉野ー、俺らの分も肉まん買っといてー!3つ追加!」
「りょうかーい!」
静かに稲葉さんがやったね、と呟き、同時にふふっと藤原さんが笑った。
「?どうしたんですか?」
「いや、現代の逢坂の関だなって思って」
「知るも知らぬも?」
「うん。知ってる春日と吉野を見つけて、知らないアメリカ人に道案内して。みんなここで出会って別れてくの本当に逢坂の関だよなって」
「……藤原さん、明日の個人戦は絶対にこれやこのは死守しなきゃですね」
「えー……」
私たちの夏は、まだ終われない。
これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも 逢坂の関
これがあの、京から出て行く人も帰る人も、知り合いも知らない他人も、皆ここで別れ、そしてここで出会うと言う有名な逢坂の関なのだなあ。
古の夢を訪ねる 楓月 @story_moon
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