桜の絵

 あの後、私は保健室へと向かい、数分後に、養護教諭の先生が、同じく保健室へ彼女を運んでくるという形になった。先生が彼女をベッドに寝かせる途中、私はこの人に助けてもらったことを話した。


「この子が……なるほどねぇ」


 少し引っ掛かりのある反応だったが、今はそれよりも気にすることがある。


「えっと、それで……大丈夫なんでしょうか?」


 曖昧な言葉だが、今はこれで通じるだろう。案の定、先生は笑みを浮かべながら話す。


「心配しなくても大丈夫よ。いつものことだから」


(いつものこと……)


 話を聞くに、やはり疲れて寝てるだけのようだった。しかし、本当にそれだけなのかと、考えてしまう。遠目からでも印象に残る、あの桜の絵と、床に落ちた大量のサプリメントのようなもの。


「守秘義務があるから、私からは言えないけれど、知りたいなら、またあの教室に行ってみるといいわ」


 その言葉に、顔に出てしまっていたかもしれないと、恥ずかしさが上る。だが、彼女を知りたいという気持ちを、私はどうしても捨て去ることが出来なかった。


「あと、乾いていたらあの絵も持ってきてくれると嬉しいな、盗まれたりすると大変だからね」


「……わかりました」

 

 保健室を出て、あの教室へ向かう。コの字型の校舎は、右側に授業教室、左側に実習教室や教務室などといった分け方がされているようだった。保健室は左側の一階の端にあり、あの教室はその上の、二階の端にあった。

 保健室横の階段を上れば見えるその教室には、先程は分からなかったが、違和感を覚えた。美術室だと思っていた教室の名前は『準備室』だった。倉庫を想像させるその言葉に、まだ開いていた扉を覗くと、中の風景と準備室が、全くと言っていいほど合っていないことを思う。同時に、美術室ともまた違うのではないか、と考える。美術室なら、絵が一枚だけというのはおかしいのではないだろうか?それに、道具らしきものも、あの人の使っていた筆とパレット以外に見当たらない。では、一体何の教室なのだろうか?


 様々な疑問を抱えながら、教室に入り、絵に近づく。目に入ったのは、やはり桜の絵だった。けれど、近くで見たその絵は、私を吸い込むかのように、そこにある。綺麗だとか、美しいとか、そんな言葉では到底形容できないような絵だった。それでも素人目でもわかることがあった。これは、天才の描いたものであると。


 初めて感じたような感覚に、目を逸らす。そして、先生の言葉を思い出す。


『盗まれたりすると大変だからね』


 私の身体は考える前に動いた。この絵にどれほどの価値があるのかはわからない。けれど、誰かに盗まれる可能性があるほど、それほどの絵であるということを悟った。


 色の付いた部分に触れぬようキャンバスを抱え、保健室へ戻ろうとする。ふと、クシャリと何かを踏んだ。視線を下に向ける。


(ああ……やっぱり)


 床に落ちていたのは、空になったサプリメントの袋だった。


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気まぐれな先輩。 天野詩 @harukanaoto

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