番外編 副将軍夫妻の悪巧み?

※このお話は、書籍第三巻の裏話的なお話となります。

書籍に副将軍夫妻は出てきませんが、実は裏で活躍していたんだよ、というお話です。



 これはレクトールとアニスとオースティン神父が、辺境の城を出て王都へと旅立った後のお話。

 


「ちょっとあなた! これ、どういうこと!?」

 そう言ってジュバンス副将軍の執務室の扉を勢いよく開けて飛び込んできたのは、やはり彼の愛妻であり頭痛のタネでもあるクローウィル姫だった。

 

「ああ……久しぶりだな。よく来たね」

 その姿を見た副将軍は、だがそれを予想していたかのように冷静に妻を見返した。

 思っていたより遅かったなと思いながら。


 しかし冷静な副将軍とは反対に、クローウィル姫は興奮してまくしたてた。


「ねえ! これ! どういうこと! ただの誤植なの!? でも大事な聖女様の名前を新聞が間違えるとは思えないわ。それともこれもまたあのレックの何かの陰謀!?」

 

 そう言ってバサバサと振っているのは、少し前に王都で発行された新聞である。

 

 そこの一面にはデカデカと、

「新たな聖女、リアナ様誕生!」

 と書いてあった。


 レクトールとアニスが「聖女の任命式」のために王都に向かったのは、少し前のことだった。

 王宮の要請に従ってのことなのだから、その「聖女の任命式」はアニスを聖女に認定するために設けられたはずである。なのに、どうして聖女「リアナ」が誕生しているのか。

 

「……レックは今回後手にまわったようだな。その話は少し前のことなんだが、君は知らなかったのかい?」

「もちろん知りませんでしたよ! 私、ちょっと外国に遊びに行って……あら、言っていなかったかしら……?」


 副将軍のジト目に気がついて、ちょっと口ごもってはみたものの。だからといってそれで黙るクローウィル姫ではなかったが。

 彼女が再び口を開く前に副将軍は言った。

 

「聞いてはいないな。いつものごとく。しかし、それなら最近まで君が知らなかったのも理解できる。本当はもう少しここに来るのが早いと思っていたんだが、そういうことなら納得だ」

 副将軍は、うむうむと静かに頷いた。

 

「あら……いやねえ、だって、外国まではこの国の新聞なんてそう来ませんからね……でも帰国した途端にこれって、私、全くわからないわ。だって、『聖女』はアニスちゃんでしょう? あのレックが間違えるはずがないもの」

 クローウィル姫は、その手に持った新聞をずっとひらひらと振りながら、しきりに首をひねっていた。

 

「そのはずなんだがな。どうやら王都で何かあったらしい。もっと最近の新聞は読んだか? さらに過激なことになっているぞ? 普段の君なら喜んで噂にしそうな話題だが、今回はレックの醜聞だから、まだなら君がそんなに興奮しているときに読むのは勧めないな」

 

「残念でしたね! もう読みましたよ! なんですかあのガセ記事は! あのレックが……そんなこと万が一にもありませんよ! アニスちゃんにあんなにデレデレだったじゃないの。なのに」

 

「ま、目に見えるものと真実が違うことはよくあることだ。 ということで、レックから君にも頼み事があるらしい。忙しくなるぞ。話は僕からもするが、後で詳しい手順はガーウィンにも忘れずに聞いてくれ」

 

「ガーウィン……? あのテイマーの? 彼がまだここにいるの?」

 クローウィル姫はぴくりと片眉を潜めて言った。

 あのレックの諜報活動の主要メンバーが、まだここに? 王都にはつれていかなかったの?

 そう思ったのだ。

 

 しかし副将軍はいたって冷静な顔で答えた。

「そうだな、彼の主要な部下はほぼ全員まだここにいるな。なにしろ王都はあの王妃様の事実上支配下だから、彼としても彼の武器は王妃様の視界には入れたくないんだろう。 そして案の定この状況だ。今王都にいるレックの武器は全て取り上げられた。あの魔獣のロロも封印されたらしい。だから彼の判断は正しかったんじゃないかな。そんな可哀想な彼を、もちろん君は助けてくれるだろう?」

 

 副将軍は、いかにも気に食わないといった顔をして腕組みをしている妻の顔を正面から見つめた。

 

「まあ、あたりまえでしょう。私たちの憎たらしくもかわいいレックを虐めるなんて、全く許せませんからね。ほんとあの王妃、好き勝手してくれちゃって! 彼女をぎゃふんと言わせるためなら私、今なら何でもやるわよ?」

 

 ふん、と鼻息荒く答えたクローウィル姫だった。どうやら今回の事以外にも何か因縁があるのかもしれない。

 

「それでこそ君だ。ちょうど王族である君にしか出来ない用件があるんだ」

「まあ、もちろん任せてちょうだい。それで、あの王妃に嵌められて、アニスちゃんは無事でしょうね? この新聞には、アニスちゃんのアの字もないのよ。まるで最初からそんな人はいなかったかのようよ。まさか、実はもうこの世にいないなんてことはないでしょうね?」

 

 クローウィル姫は相変わらず手に持った新聞を振りながらまなじりをつり上げて言った。何度も振られ続けた新聞はよれよれになって、そろそろぼろきれのようになってきている。

  

「あのレックがそんなことをさせるわけがないだろう。彼の報告では『神の娘たちの家』修道院に入ったらしい。あそこに入ったということは、当面命だけは無事だろう」

 

「なんですって!? ……じゃあ、さすがにあの王妃もアニスちゃんの『癒やし』は認めたということかしら……でも、それならあのアニスちゃんを上回る能力のある人がいたということ? でもそれをレックが今まで知らなかったなんて信じられないわ」

 

 クローウィル姫は、手に持っていた新聞の、「聖女リアナ様」を描いたモノクロだがとても美しい挿絵をじっと見ながら呟くように言った。挿絵の「聖女」は、美しい金髪で縁取られた白い顔に慈悲深い表情を浮かべていた。その目は青だろうか、それともグレイだろうか。とにかく黒ではない、淡い瞳。

 この聖女はアニスちゃんとは似ても似つかない、そう思うとクローウィル姫はなぜか悔しさを感じるのだった。

 

「とにかく今のところ全員無事だ。だが、今回はレックも苦しい状況のようでね。密かに我々に協力の要請が来ている。もちろん私は全力で協力するつもりだよ」

 

「……それは王妃様に対する反逆になるのではなくて? あなたはそれでいいの?」

 

「もちろん。我々が信頼しているのはレックの方だろう? 僕はそうだ。でなければ命など預けられない。それとも君はそうではないのかな?」

 

 副将軍は妻の方を見て、にやりとして言った。答えはわかっている。そういう顔で。

 

「まああなた、もちろんですとも! レクトールもアニスちゃんも、私にとってはどちらもかわいい子供のようなものですもの! 私は彼等のためなら何でもしますよ。ええ、何でもね!」

 

 クローウィル姫も、その高貴な生まれと育ちには相応しくない、にやりとした黒い笑みを浮かべて答えた。

 

 それを見た副将軍は満足げに頷く。

「それでこそ君だ。では頼まれて欲しい。王族の君にしか出来ないことがいくつかあるんだ。まずは出来るだけ早く王宮の機密の中にあるこの記録を――」


 そうしてその日から副将軍夫妻は彼の執務室で、毎日たいへん仲睦まじく、夫婦二人きりで長い時間を過ごすようになったのだった。


 クローウィル姫はたまに慌ただしく城を出たと思ったら、またすぐに副将軍のところに戻ってくる。

 きっと王都でのはずせない用事だけを終わらせて、ようやく生活の拠点をここに移すことにしたのだろうと使用人たちは噂しあった。

 とうとうクローウィル姫が副将軍をほったらかすのをやめて、夫婦一緒にゆっくり過ごすことにしたのだ、と。

 

 レクトール夫妻という若い主人夫婦がいなくなって少々寂しい空気が流れていたこの辺境の城では、新たに出現したこの仲睦まじい熟年夫婦を、みんなが微笑ましく思いながら温かく見守ることにしたのだった。


 


「ちょっと脅したらいけたわよ。あの家の弱みは掴んでいるから、もちろん誰にも言わないように――」

「さすが君だな。では王宮の宝物庫には入れるか? あそこの宝物の中の――」

「レックの影が二人とも来ているなら一人貸してくれれば――」

「しかし死人は出すなよ。完全に自然に――」

「そんなのちゃんと誤魔化――」

「あと王と王族の――」

「もちろん――」

 にやり。

 うふふふふ……。


 そんな時の二人は同じ表情をしていて息もぴったりで、とてもお似合いなのだった。


 ぽかぽかとした昼下がり。

 花の咲き乱れる優雅な庭園の東屋で、優美かつ繊細な茶器に注がれた熱々のお茶と、美しくも美味な色とりどりの菓子たちに囲まれてする一見優雅な会話が、常に平和的であるとは限らない。

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聖女のはずが、どうやら乗っ取られました 吉高 花 @HanaYoshitaka

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