最終話:世界はそれを愛と呼ぶのだろう多分

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らエルフの隠れ里で、隠されていた歴史の真実が明らかになった!


 クソ皇子曰く、エルフの村が焼かれるのは、人間の女性が若い村エルフに惹かれてしまうかららしい。

 しかもエルフと人間の間に子供が出来ることもあって、アヅチ嬢がそのハーフエルフだとか。

 

 衝撃的な内容に驚く俺たちと、大喜びするアヅチ嬢。

 その時、しばしその存在を忘れられていたエンリャクが「だからどうした!」と大声をあげた。

 



「くだらん! 実にくだらんッ!!」


 分厚い筋肉に覆われた巨体をぷるぷると震わせ、ただでさえ怖いエンリャクの面構えはもはや放送禁止レベルとなってこちらを睨みつけている。


「村エルフの男は人間の女性を魅了する妙な魔法を使う。そしてごく稀にではあるが人間とエルフの間に子供が出来る。だが、それがどうしたというのだ! 人間の、いや、エルフの種も守る為に、エルフの村を焼き尽くすのがベストなのは何も変わらぬではないか!!」


 あ! 言われてみれば確かに!!

 ここまで長々と皇子が話したけれど、それはエルフの村が焼かれることになった理由の背景であって、村を守る為の話は何一つとして無かったわ!

 

 ええいクソ皇子め、結局何の役にも立たないじゃないか!!

 

「そうですな。エルフの村を燃やさず存続を認めては、人間の女性たちは村エルフの男性に夢中となるでしょう。さすればただでさえモテない兄上みたいな人間はますます女性から相手にされなくなりますな」

「おのれホンノー、何をほざくか!」

「ですから兄上はこの事実をどうしても世間に知られたくなかった。エルフ村を燃やす理由を探る吾輩を目の敵にしたのも、それが理由なのでしょう?」

「な、な、なにを言うか、ホンノー! 貴様、もう許さん!! この場でワシが骨の一片も残らず焼き尽くしてくれるわッ!」


 突如、クソ皇子の頭上に巨大な火の玉が出現した。

 マズイ、アヅチ嬢の氷結界で消滅させようにも高度がなさすぎる。このままでは凍らせることは出来ても氷塊の下敷きになるのは免れない。


 クソ皇子、逃げろ! 今すぐ話をやめて逃げるんだ!


「ですからここから先は兄上にも有意義な話をしましょう」


 しかし自分の頭上に現れた巨大火の玉を見上げても動じることなく、皇子は落ち着いた口調で話を続けた。

 

「知っておられますか兄上、人間の女性がエルフの男性に惹き付けられるように、エルフの女性もまた人間の男性に強く魅かれるそうですよ?」

「それがどうした!? ワシにそのようなこと関係などない!」

「いやいや、それがですねぇ、彼女たちの趣味趣向はまるで逆。エルフの女性たちは、人間の女性から忌避される筋肉隆々の男、そう例えば兄上のような男に目がないそうですよ」

「なっ!?」


 エンリャクが固まった。

 そりゃそうだ。ここにきてまさか「旦那ならエルフの女性にモテまっせ。いっひっひー」みたいな話を持ち掛けられたら誰だって一瞬思考停止する。

 だけどそれも一瞬のこと。思考が戻れば揶揄われたと怒りが爆発するぞ。

 ああ、終わったな。クソ皇子、死んだわこれ。

 

「……ちなみに聞く。それも書架ダンジョンで手に入れた情報か、ホンノー?」 


 あれ? もしかしてエンリャク、こんなバカ話に興味津々?


「いえ、このアスベスト君のお母さんから伺いましたが」

「おのれ、やはりワシを愚弄するつもりか! そのような貧弱なロリコン野郎の母親の話など信用できぬッ! お前もこの村ともども燃え尽き果てるが――」


 パンッ!!

 

 その時、一発の破裂音がエンリャクの怒声を打ち破ったかと思うと

 

「あんた、そんなデカい図体して弟の言うことも信じてやれないのかいッ!?」


 個人的にとても聞き慣れた声が村中に、さらにはユグドラシルネットを介して世界中に轟く。

 

「おのれ、何者だ!? いきなりワシの尻を叩きおっては偉そうな口をききよって!」

「あたしゃその貧弱なロリコン野郎の母親だよ!」


 振り向くエンリャクを前にして、うちの母ちゃんが偉そうにそのちんまい身体を思い切りのけぞらして言った。

 ああ、ヤバイ。早く謝れ。さもないと殺されるぞ、母ちゃん!

 

「なっ、幼女タン!」


 が、手を上げることもなく、ただただ驚くエンリャク。

 てか、幼女タンっておいまさかお前……。

 

「あんた、年の離れた可愛い弟の言うことをどうして信じてやれないんだい? いいかい、筋肉というのは己を貫くためにあるものじゃないんだよ。弱きものを守る為にあるのさ。それも出来ない筋肉なんて……こんな筋肉なんて……」


 母ちゃんがエンリャクの身体をぺしぺしと触る。

 

「ああ、だいしゅき!」


 そしてガシっとその身体に抱きついた。

 

「おお、おお……幼女タンが、幼女タンがワシの身体に抱きついておる!」

「ああ、なんて素敵な筋肉なんだろうねぇ。それにあんた、その顔も」


 抱きついたまま顔を見上げる母ちゃんに、慌ててエンリャクが懐から何かを取り出そうとした。

 が、それも空しく母ちゃんの鋭い手刀によって吹き飛ばされてしまう。


「あれ、この仮面は……」


 クルクルと宙を舞って自分の足元に落ちてきた仮面を手にしたツルペタが、なにやら難しそうな顔をして額に人差し指を当てて考え始めた。

 一方エンリャクはと言うと。

 

「や、やめてくれ、幼女タン! ワシの醜い顔を見ないでくれ!」

「何言ってるんだい! 醜いどころか男らしい、武骨でいい面構えじゃないか! まさに男の中の男の顔だよ、あんた!!」

「な、なんだと!?」

「決めたよ。あんた、わたしの推しになりな!」

「推し? 推しとはなんだ?」

「その笑顔、その筋肉、その言葉ひとつひとつがわたしたちを幸福の絶頂へと導く、そんな存在を推しと呼ぶのさ!!」


 俺の母ちゃんの推しキャラになろうとしていた。なんだこれ?

 

「思い出した! あなたはあの時のロリコン戦士!!」


 そこへツルペタが「あー!」と大声を出してエンリャクを指差す。

 

「いかにもワシはあの時のロリコン戦士。久しぶりだな、エルフの娘よ」

「サラダさん、離れてください! そいつは根っからのロリコンです!」

「ロリコンにも良いロリコンと悪いロリコンがいるのよ、ツルペタちゃん。この人はきっといいロリコンだわ。だってこんなに筋肉もりもりだし」

「理由になってないです!」

「いかにもワシはイエスロリコンノータッチを信条とする紳士ロリコンであるぞ!」

「でも私の裸を覗いたじゃないですか!」

「ノータッチだがノールックとは言っておらんからな。それにあれはエルフの娘にも問題があろう。だってお前はロリコン戦士を求め」

「う、うるさい! 黙れこのヘンタイ!!」


 ツルペタが仮面をエンリャクに投げつける。ぱっかーんと乾いた音がこの現状の馬鹿馬鹿しさを物語るようだった。

 

「決めた! ワシはおぬしの推しになろうぞ!」

「ならば兄上、エルフの村を燃やすのは?」

「無論中止だ。いや、今後いかなる場合があろうとも我がタイカ王国がエルフの村を燃やすことはないとここに誓おう!」


 おおおーっと大歓声が村を包み込んだ。

 いや、俺も嬉しいよ、うん。だけどなんだろー、俺をロリコン呼ばわりしていた奴が実はホンモンのロリコンで、しかも俺の母ちゃんの推しになるっていうのは何とも複雑な気持ちが……。

 

「おい、あんた、分かっていると思うけど、その人、俺の母ちゃんだからな!? 見た目はそんなんだけど年齢は500歳を越えてるんだぞ!」

「見た目さえ可愛ければワシは一向に構わんッ!」

「それからいくら推しと言えどもそういう関係にはなれないからねっ! こう見えてあたしゃ旦那には尽くすタイプなのさ」

「幼女タンに愛されればそれだけでワシは幸せだ!」


 あ、そうですか。まぁ、うん、せいぜい健全な距離を保った関係を築き上げてください。

 

「はっはっは。どうだアスベスト君、見事に解決したろう?」

「いやー、めっちゃ微妙なんだけど。ええと、つまり人間はエルフの男に女を取られるのが嫌だからこれまでエルフ村を燃やしてきた。が、実はエルフの女は人間の男が大好だったことが分かって、それなら差し引きマイナス0だから問題ない。ってことなのか? え、ちょっとこれで本当にいいの? 本当にこんなことでもうエルフ村は燃やされずに済むのか?」 

「兄上は隠し事はすれど、ウソをつかぬ男だ。それに吾輩も兄上の宣言を支持する。これで議会も承認せざるをえまい」

「そ、そうか……」

「まぁ、吾輩はこれからもきまぐれで火を放つこともあるだろうがね」


 オイ、きまぐれでそんなことをするな! いや、きまぐれじゃなくても放火ダメ絶対。

 

「はぁ、やれやれ。なんだかどっと疲れたな。銭湯にでも行って疲れを癒したい」

「うむ。今はしっかり休むがよかろう。すぐにまた忙しくなるしな」

「いやいや、忙しくもなるも最大の懸念であった問題が解決したんだからしばらくはゆっくりできるだろ?」

「何を言っている? 人間とエルフの新しい関係を強固なものとするためにも、我らは明日からでもすぐに動かなくてはならぬ」

「何するつもりだよ?」

「決まっておる。若い村エルフたちと吾輩でアイドルユニットを組むのだ」


 は?

 コイツ、ナニ言ッテンノ?

 

「先ほどのサラダ嬢の言葉で思いついたのだ。人間とエルフが健全な関係を築くには『推し』という概念が必要不可欠である、と。なんだかんだ言ったが、やはり人間とエルフの間の恋愛は両種族の繁栄を考えても危険性が高い。そこで恋愛関係の代わりとなるのが『推し』という肉体関係を持たずとも満足できる概念。その為にはアイドル活動が手っ取り早いのだ!!」


 はぁ、なんだかいまいちよく分からん。

 が、これまでのように村を燃やされることと比べたら全然マシだ。

 

「そうか。まぁ、頑張ってくれ。応援してるぞ」

「だから何を言っておるのかね、アスベスト君。勿論、君もそのアイドルグループの一員になるのだ」

「はぁ!? だってお前、さっきは若い村エルフたちを起用すると言ったろ? 俺なんてもう250歳を超えてるんだぞ!」

「大丈夫だ、周りからちょっと年齢が高いメンバーもこういうのには必要なのだよ」

「ええ!? いやでも俺には村長としての仕事が……」

「エルフ族の未来を決める大仕事を前にして何を小さなことを言っておるのかね。さぁ、明日から早速レッスンだ。大丈夫、グループ名は決めておる。エルフ&プリンスだ!」

「いや、それ絶対怒られるから!!」


 何とか守り抜いた村に俺の悲鳴がこだまする。

 村の平和は手に入れたものの、どうやら俺の平和はまだまだ先のようだった。

 

 おわり。

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燃やされてたまるかっエルフ村! タカテン @takaten

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