第31話:ハーフエルフの少女

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里を救うべく、最後の希望・パンドラのスイッチを押した俺。

 空一面に超巨大魔法陣が展開され、ヤバイこれはとんでもないものがやって来るのではと思っていたら……。

 

「やぁ、久しぶりではないか、アスベスト君」


 あろうことか、あのクソ皇子が召喚されてしまった!!!

 

「いや、ウソだよな? 実はまだ他にも出てくるんだろ、バハムートとかオーディンとか」

「出てこないが?」

「いやいやいや! だってお前、希望を求める時にあのボタンを押せって言ってたじゃねぇか」

「君の希望はいつだって吾輩ではないか。そうだろ、アスベスト君?」


 んなわけあるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 ああ、もう終わりだ……。我がエンジョー村は本日をもって閉村決定!

 みなさま、長らくのご愛好ありがとうございました!

 

 

  

「しかしアスベスト君、君は実に運がいい。完璧なタイミングだ」

「どこがだよ!? 最悪だよッ!!」


 頭を抱えて蹲る俺に、クソ皇子が飄々と話しかけてくる。


「村はまだ燃やされておらず、吾輩も幽閉された檻の中でようやく答えを見出したまさにそのタイミングで、君は緊急転移装置のボタンを押した。少しでも遅ければ村は火の海と化していたであろうし、少しでも早ければ吾輩に村を救う力はなかった」

「村を救う? お前に何が出来るんだよ!? 相手はお前の一番上のお兄ちゃんだぞ!」

「それもまた絶妙な巡りあわせである。まぁ見ておきたまえよ」


 そう言うと皇子は拡声魔法を使って『吾輩はタイカ王国ジー王家第三皇子ホンノー・ジーである!』と眼下の連中に向かって呼びかけた。

 

「ホンノー様!」

「アヅチ、村の周囲に拡声魔法をかけてくれ」

「かしこまりましたー!」


 たちまち村人や王国兵たちのざわめく声、この戦いを生中継しているスタッフが興奮した様子で『ホンノー皇子です! 巨大な魔法陣が空に展開されたかと思うと、身柄拘束中のホンノー・ジー皇子が現れました!!』と実況する声がこちらにも聞こえてきた。

 

「ホンノー! どうしておぬしがここにいるのだ!?」

「これはどうも兄上。いえ、ここにいる友人のアスベスト君に呼び出されましてな。まったく人使いの荒いエルフでして。頼むから村を守ってくれと吾輩に泣きつかれたのです」

「そんなことはどうでもよい! 今すぐ王城へ、檻の中へ戻れ、ホンノー!! おぬしには重大な隠蔽容疑がかけられている!」

「ああ、まずはそのことを国民の皆様にお詫びせねばなりませぬな。吾輩、ホンノー・ジーはこのエルフ村を発見しても世間に公表しなかった」


 自分にかけられている容疑を自らあっさり認める皇子の発言に、見守る兵士たちからどよめきが起きる。

 

「自ら認めるとはな。ならばここで潔く腹を切れ、ホンノー!」

「人の話は最後まで聞くものですぞ、兄上。吾輩は確かに公表を怠った。しかし、エルフの村を見つけたら燃やすという責務は果たしております。ただ失敗続きでして、なんとも申し訳なく……あ、そう言えば兄上も頑張っておられるが、まだ燃やせておりませんな。いやはやこれは兄弟揃って腹を切るしか」

「おのれ、ワシを愚弄するつもりか、ホンノー!!」

「冗談ですよ、兄上。とにかく吾輩は村を燃やそうとしたものの、ここにいるアスベスト君や村人たちの抵抗にあって失敗しました。ただ、そのようなことを繰り返していくうちに吾輩とエルフの村人の間に妙な友情が生まれましてな。はて、人間と共に暮らす街エルフならばまだしも、言い伝えによる村エルフはかつて人間の街をも滅ぼした悪しき存在。それがかくも友好的なのはどうしてでしょうか?」

「そんなもの、おぬしが騙されているだけであろうが!」

「かもしれませんな。だが、吾輩は知りたくなった。どうして人間はエルフの村を燃やそうとするのか。かくして吾輩は書架ダンジョンへと潜り、歴史の断片をかき集めました。その量は膨大で解析するにはまだまだ時間がかかりそうだと思っておったのですが、いやいや牢獄と言うのは意外と考え事をするのに向いておりますぞ、兄上」

「この愚弟め! ええい、今すぐその減らず口を閉じさせてやろう!」


 不意に世界から音が消えた。

 それがすぐにエンリャクの消音魔法の効果だとは気付けたものの、その魔力の巨大さは信じられない。

 普通ならアヅチさんが既に拡声魔法を使っているのだから、消音魔法を重ねてもそれを打ち消すだけで普通の音量に戻るはず。

 それが拡声魔法を無効化した上に周囲から音を完全に消してみせ――。

 

「ったく。いいところなんだからつまらないことするなよー、エンリャク」


 と、音が消えたはずの世界に再び誰かの声が聞こえてきた。

  

「ナナカマー様、邪魔しないでいただきたい!」  

「邪魔はそっちだろ、エンリャク。せっかくホンノーが面白いことを話そうとしているのにさ。それにね、音を大きくしたり小さくしたりするのは、本来なら風の一族であるあたしの領域なんだよねぇ。そのあたしの前で好き勝手されるのはちょっと頭に来ちゃったわけさ」


 てことでここから邪魔はさせないから話を続けてと促すナナカマー様に、皇子がふかぶかと頭を下げた。


「ではお言葉に甘えさせていただいて続きを。我ら人間に長く語り継がれ、村エルフの恐怖を語る伝承のひとつにハーメルンの吟遊詩人の話がありますな。ハーメルンの街を襲った吟遊詩人のエルフによって街の若い女性たちがみんな連れ去られ、街がひとつ滅んだこのこの物語、どうやらこれは本当にあったことのようですな」

「ほれ見たことか! やはりエルフの村は燃やせねばならぬ!」

「ですが人間の生贄を要求する魔王エルフだの、湖畔のキャンプ場に泊った人間を襲うジェイソンエルフって言うのは後世の人々が作り上げた架空の物語のようです。おそらくは村エルフの恐ろしさを誇張する為に作られたのでしょうね。そして先のハーメルンの吟遊詩人も多分にその要素が盛り込まれております」

「は? どういうことだよ?」

「結論から言うとだねアスベスト君、ハーメルンの女性たちは連れ去られたのではない。皆、自ら進んで吟遊詩人についていったのだ。エルフの吟遊詩人、その名はイケメン。そう、今も使われるイケメンの語源が彼だよ」


 皇子がどうだとばかりに、ちょっとムカつくドヤ顔で言ってくる。

 しかし、そうなるのも大納得だ。イケメンってアレだろ、人間の女の子たちが俺たちを見つけたり、追いかけたりする時に発する呪いの言葉だ。

 ん? ってことはなんだ、つまりエルフの吟遊詩人イケメンは人間の女たちを連れ去ったのではなく、逆に連れ去られて尻子玉を抜かれたってことなのか?

 

 おいおい、全く史実と逆じゃないか!

 これはお詫びと賠償を請求するしか!!


「アスベスト君、何か勘違いしているようだが、イケメンとは誉め言葉だぞ」

「なんだと!?」

「つまり吟遊詩人イケメンは格好良すぎて、人間の女性たちはみんな彼の虜となって街を出ていってしまったわけだ。そして彼女たちは街へ戻ることなく、男たちは子孫を残すことが出来なくなって滅んだのだよ」

「ええっ!? そんなの、よその街から嫁を貰えばいいじゃないか」

「それがその一族の女性はみんな美人ぞろいだが、男はまるでブタみたいなブ男ばかりだったらしい。それまでは同族のよしみでなんとか結婚出来ていたが、その女性陣がいなくなると……彼らは水の一族と呼ばれる名門であるが、最後は哀れなものだったようだぞ」


 女性がいなくなって滅びる街か……それは燃やされるよりも嫌かもしんないな。

 

「もちろんこれは極端な例である。しかし、以前から人間の男は村エルフの男に危機感を覚えていた。何故なら顎が割れた街エルフはともかく、村エルフの男の外見は、えてして人間の女性を魅了してしまうからだ。例えばこちらのアスベスト君、彼はこのしょぼい村のしょっぱい村長で、毎回『殺すぞ』とか言っておきながら実際はそんなことなんて出来ないヘタレなのだが、見ての通りのイケメンエルフである」

「おい、貶しているのか褒めているのかどちらだ?」

「加えてロリコンだったなんて友人として恥ずかしいぞ、アスベスト君」


 あ、すまん。どっちかだなんて愚問を。

 そんなの、貶しているに決まってるよな!

 よし、殺そう!!

 

「もっともハーメルン事件まではそれでも人間は寛容であった。女たちがイケメンエルフにうつつを抜かしても、子孫を残す為には結局人間は人間同士、エルフはエルフ同士で結婚するしかないからだ。が、ハーメルン事件で事態は大きく変わる。吟遊詩人イケメンについて街を出て行った人間の女性のうちのひとりが、なんと彼との間に子供をもうけたのだ」


 腰の剣に伸ばした手が思わず止まった。


「そんな馬鹿な! エルフと人間で子供なんか出来るわけがないだろう!」

「この事実を知った当時の人間たちも俄かには信じられなかったであろうな。だが、書架ダンジョンで見つけた断章から推測するに間違いない。もちろんこの事実を人間たちは隠した。低確率ではあってもエルフとの間に子供が出来ると知れば、多くの人間の女性たちが男を捨ててエルフの元へと去ってしまうかもしれんからな。しかし隠しただけではまだ安心できない」

「だからエルフの村を燃やすことにしたのか」

「うむ。村が焼かれて街に住むと男エルフは顎が割れて、せっかくのイケメンが台無しになる。さすれば女たちはたちまち興味を無くす。だから殺しはしないが、村は焼くというわけだよ」

「でも、だったらどうして俺たちエルフまで人間との間で子供が作れることを知らないんだ?」

「さぁ。だがエルフと人間の子作りは、吟遊詩人イケメンの住む村で行われた。伝承によると数百人の人間の女性がイケメンと暮らしたらしいが、子供をもうけたのはそのうちのひとりだけだ。その成功率の低さからエルフはエルフで危険性を覚えてもおかしくはないだろうな。下手したらエルフも人間も全滅しかねん」


 なるほど。子孫を安定して残す為には、そんな危険な橋を渡らせるわけにはいかないってことか。

 

「ホンノー様、その話は本当なのですか!?」


 と、クソ皇子の話に誰もが呆気に取られる中、アヅチ嬢が興奮気味な声を上げた。

 

「アヅチ、吾輩の言うことが信じられないか?」

「いえ、アヅチはホンノー様のおっしゃることを信じます! エルフと人間の間で子供は作れるのですね!」

「うむ」

「やったー!!」


 両手を上げて喜ぶアヅチ嬢。

 あ、やばい、これってつまり……。

 

「アスベスト様ー、これで私たちの間に障害はなくなりましたよー!」


 うん、そうなるよね。村が大変だから、すっかり忘れていたけど。

 ああ、隣でツルペタがむすっと頬を膨らませている……。

 

「おーい、ホンノー。この嬢ちゃんは信じてるみたいだけど、さすがにその話は無理がありすぎじゃないかー?」


 大喜びするアヅチ嬢に横やりを入れたのはツルペタ……ではなく、意外にもナナカマー様だった。

 

「あたしゃこの中でもとびきり長く生きているわけだけれども、エルフと人間の間に子供が出来たなんて話、聞いたことないぞー」

「ふむ。ですが、ナナカマー様がその手の話に興味がなかっただけなのでは?」

「それは一理ある」


 一理あるのかよ。

 

「だけど信じるにはあまりに突拍子もないうえに、証拠が弱すぎる。せめてそのハーフエルフの一族が生き残っていたら……あ、まさか、そういうことなのか!!」

「さすがナナカマー様、気付かれたようですな」

「人間の子供にしては魔力が強すぎる。それに代表する一族が滅んだ今となっては珍しい、高レベルな水魔法の使い手。なんか変だなって思っていたんだけどね……」

「うむ。アヅチこそがかのイケメンと水の一族の人間女性の間に生まれたハーフエルフなのだよ!」


 は? マジで?

 いやいやいや、それはない。だってそれが本当なら年齢は俺たちよりも遥かに上、この中ならばナナカマー様に次ぐ高齢ということになる。なのにアヅチ嬢は見るからに幼い。エルフの中ではかなりの童顔、幼児体型のツルペタよりもさらに幼く見えるほどだ。

 あ、ちょっと待て。でももしかしたら既に子供を産んで幼児化したものなのでは……?


「私が……ハーフエルフ?」 

「うむ。アヅチはとある遺跡の最深部に眠っていたところを、吾輩の父君とエンリャク兄者に拾われたのだが、その遺跡こそハーメルンの近くにある古代エルフ遺跡なのだ。おそらくはエルフの秘術によって、赤ん坊のまま遺跡の中で何千年も成長を止めて眠らされていたのであろうな」

「あ、あの! ハーフエルフでもエルフとの間に赤ちゃんは出来ますよね、ホンノー様!?」

「さすがにそれは分からん。が、人間との間よりかはさらに成功率は高まると考えるのが妥当であろうな」

「だったら何の問題もないですー!」


 むぅ。今めっちゃ自分の出生について重い事実が明らかになったんだと思うんだけど、その判定基準がそんなことでいいのか、アヅチ嬢!?

 

「まったく。吾輩がちょっと目を離した隙にアヅチをこれまで懐かせるとは。さすがはロリコン村長であるな」

「おい、そんな目で俺を見るな!」


 てか、何度俺はロリコンじゃないと言えば分かるんだッ!

 

 

「だからどうしたと言うのだッ!」



 と、その時だった。

 いきなりエンリャクが声を荒げて怒鳴り上げた。

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