第30話:それを希望と呼ばずになんと呼ぶ!

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里を、王国軍が焼き払いにやって来た。

 

 村人の奮闘、エルフ小学生たちの巧妙なネット攻撃、そしてアヅチ嬢とツルペタの活躍によって、軍を率いるジー王家第二皇子キンカクをなんとか撃退直前まで追い込んだ俺たち。

 しかし、そこへ現れた第一皇子エンリャクによって事態は一変し、さすがのアヅチ嬢も苦戦を強いられている。


 この最大の危機を乗り越えるにはアレしかない!

 俺はナナカマー様のバリアから抜け出すと、エルフダッシュで加速する。

 目指すは村の中央――村役場だ!

 

 

 

 真っ赤な空から巨大な氷塊が落下する度、村の形が変わっていく。

 道には大きな穴が穿たれ、落下の衝撃で砕け散った氷が建物の窓を叩き割った。

 まるで王都のスラム街のような光景。

 だが、それはまだいい方で、氷塊の直撃を受けた建物に至っては屋根も壁も床も貫かれ、あたかも解体作業中のような様を呈している。


 改めてこれが戦争なんだということを痛感した。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 考えても仕方のないことだけど、どうしても考えてしまう。

 エルフの村というだけで、何故こんな仕打ちを受けなくてはならないのか?

 ふつふつと怒りがこみあげてくる。

 それはクソ皇子が何かにつけて火を放ってきた時とは異なる種類のものだった。


 そうだ。

 多分俺は、俺自身に腹を立てているのだ!!

 

 命に代えても村を守ると日頃言っておきながら、いざその時が来たら何も出来ない木偶の坊。

 こうなる時がいつか来るかもと思いながら、具体的な対策を何も講じてこなかった無責任さ。

 そんなひ弱で怠惰な姿勢が、今、目の前に広がる光景を作り出してしまったのだ!

 

 怒りが情けなさに代わって目元が緩む。

 だが、泣いている暇なんてない。

 今はただ、この絶望な状況を覆す希望を求めて、落ちてくる氷塊に気を付けながらひたすら村役場を目指す。

 情けない俺に出来ることはそれぐらいしかない。だけどそれすらも出来なかったら、俺はもう情けないエルフを通り越してそれこそダメエルフだ!

 

 ついこの間まで皇子がつまらない理由で火を放たない限りは平和だった村の姿は、今や見る影もない。

 そのうちアヅチさんの氷結界でも消滅できず、火の玉のままで落ちてくるのも時間の問題だろう。

 

 それでもまだ燃やされてはいない。終わってはいないのだ。

 大変ではあるけれども、まだこの状態なら戦いが終わった後に村を復興することも出来る。


 それを希望と呼ばずなんと呼ぼう!

 

 村役場が見えてきた。

 他の建物同様、窓ガラスはどれもが粉々に砕け散ってはいるものの、直撃を受けずに形を留めている。

 俺は風の精霊様のご加護を足元に集中させると、凄まじい勢いで村役場の中へと飛び込んだ。


 

 役場の中はしんと静まり返っていた。

 不思議だ。

 外では今も次々と氷塊が落下し続けているのに、その振動どころか衝突音すら感じられない。

 もしかしたらあのクソ皇子が万が一の為に、何か特殊な魔法を建物にかけてあるのだろうか。

 

 そのあまりの静謐さに危機的状況もしばし忘れて、俺は村長室の机の上にある希望を見つめた。

 

 一枚は村役場の客室から取ってきた奴で、もう一枚は随分前に自分の家から村長室へと移しておいた。

 だってほら、村を訪れたエルフ商人と村長室で面談することもあるだろ? だからその時に「ところでこんな凄い防具があるんだけど買ってくんない?」と交渉しようと思って手元に置いておいたんだよ。

 まぁ、結局はみんな「性能は凄いけどスケベすぎる」と買ってくれなかったんだけど。

 

「アヅチさん、君だけを恥ずかしいめに会わせたりはしない。もし君がこれを着るのであれば、俺もこれをまとって一緒に戦ってやる」


 ネットで思い切り叩かれそうだなと思いつつ、俺はゆっくりと手を羽衣……の向こうにある花瓶へと伸ばして持ち上げる。

 そう、このエッチな羽衣を着て戦うのは、まさに最後の手段だ。その前に縋ってみたい希望がある。

 花瓶の下にガラスに守られたボタンがあった。

 名前はパンドラ。伝承にある災いを封じ込めた箱と同じ名前のこのボタン、しかし昔話ではパンドラの箱は既に開かれて災厄は解き放たれ、中に残っているのは希望だけとある。


『希望を求める時、これを押せ』


 確かにクソ皇子はそう言っていた。

 

『希望はアスベスト君にある』


 アヅチ嬢にはそう伝えたらしい。

 

 ただの情けない村長の俺がもし村を救える希望を持っているとしたら、それはもうこのボタンしかない。

 一度は自爆装置だとからかわれたし、あながちそれが間違ってない可能性もある。

 いや、あのクソ皇子の性格を考えたら、そっちの方がはるかに大きい。

 

 だけど皇子、今だけはお前を信じるッ!!

 この村を、今も村を守る為に懸命に戦うアヅチ嬢たちをどうか頼む、助けてやってくれ!!

 

 俺は拳骨でガラスを叩き割ると、ひと思いにボタンを押した。

 と、いきなり村役場がゴゴゴゴッと唸りを上げて揺れ始めたかと思うと、妙な浮遊感が身体を包み込む。


 なんだ一体どうした?

 この浮遊感、村役場が空を飛んだとでもいうのか?

 訝しんでいるとこれまた唐突に浮遊感が無くなった。

 代わりに村長室の壁の一角がばたんと外へ倒れ、床が机ごとそちらへ押し出すように移動する。

 慌てて机にしゃがみついた。

 

「……なんだこれ?」


 しばらくして床が止まり、机から手を放した俺は恐る恐る後ろを振り返り、思わず息を飲みこんだ。

 まず、高い。

 村長室は村役場の一階にあるはずなのに、今は村の高見櫓よりも高いところにある。

 空を飛んだのかと思ったらそうではなく、どうやら建物自体がうにょんと地面から延びたようだ。

 

 でも何よりも驚くべきは、頭上に広がる空の様子だ。

 エンリャクの灼熱天獄で生み出された火の玉で真っ赤に染め上がっていた空が、今は一面を覆いつくす魔法陣によって青白く光っている。

 魔法を本格的に学んでいなくても分かる。これは超巨大な召喚魔法陣!

 おいおい、村を救って欲しいと願ったものの、一体これは何が出てくるんだ!?

 伝承の神々や悪魔の類、あるいは異世界の支配者か!?

 

 てか、そんなの出てきて来られたところで村は救われても世界は滅んだりしちゃうんじゃないの!?


 呆然と見上げるしかない俺の前で魔法陣の発する光がどんどん大きくなって、世界が青色に、次いで真っ白に染め上げられていく。

 頼む! お願いだからそれなりに話の通じる奴が出てきてくれ!

 あるいは村を守ったらすぐに元の世界へ帰ってくれる奴!

 いや、ホント、マジで頼んますッ!!!!!!!

 

 魔法陣の発する光が収束し、まるでビームのようになって俺の隣を照らし出す。

 そしてそこから現れたのは……

 

「ふむ。久しぶりだな、アスベスト君」

「お前かよっ!!!!!」


 あろうことか、あのクソ皇子が現れてしまった!!!

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