第29話:弱者の希望
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里に、凍り付いた火の玉が落下してきた!
砕け散り、周囲の建物に被害を与える氷塊。濛々と立ち上がる砂煙。ナナカマー様のバリアのおかげで人的被害はないものの、このままでは村の被害は大きくなる一方だ。
そしてなにより、今や村の未来を託されたアヅチ嬢とツルペタは大丈夫なのだろうか?
ああ、ようやく砂ぼこりが落ち着いてきた……。
「ああっ!」
まず最初に見えたのは再び灼熱天獄の火の玉に埋め尽くされた空だった。
続けてそれでもなんとか撃ち落とし続けるアヅチ嬢の姿。村はまだ大丈夫だ。でも、
「長期戦も辞さぬ覚悟であったが、最初の一発が運良く、いやお前たちからしたら運悪く直撃したな」
いまだ余裕を見せるエンリャクとは対照的に、アヅチ嬢の表情は辛そうに歪んでいる。
その前でアヅチ嬢を守る姿勢を取っているツルペタも、悔しそうに唇を噛んでいた。
「そのエルフの娘が使うバリアはワシもよく知っている。ナナカマーのバリア魔法体系を組む、実に強力なバリアだ。が、それ故に中へ入ると魔力が遮断される。たとえ一瞬であろうとも、この状況ではその一瞬が命取りよ」
見よとエンリャクが空を指さす。
相変わらず火の玉は次々と凍って霧散するも……言われてみればさっきと比べてその高度が低い。そうか、バリアで魔力が遮断され、撃墜スピードが落ちてしまったんだ!
「このままではそのうちまた打ち漏らすであろうな」
「…………」
「そしてまたいつかお前たちを直撃する氷塊が現れよう」
「…………」
「さすればもう耐え切れまい。今度は火の玉のままどこかへ落ちるものが現れる。そしてそんなのが一発でも落ちたら松ぼっくりよりも遥かに燃えやすいエルフ村のこと、たちまち村は火の海と」
「そんなことさせませんよ!」
アヅチ嬢が叫んだ。
それは俺たちの村を守り切るという意志がいまだ断ち切れていない現れであり、そして同時にこのままではまずいという焦りでもある。
しかし、その焦りが再び打ち漏らしを生じさせた。
村の向こう側、東の馬小屋あたりに再び氷塊が落下して地響きをあげる。
「未熟! あまりに未熟だ、アヅチよ!」
両手を大きく広げて天を仰ぐエンリャクの背後から、再び打ち漏らした氷塊が落ちてくる。
今度は辛うじて直撃を免れたが、アヅチ嬢の頭上数メートルを掠めるようにして落下した氷塊は村の中央広場辺りに落下した。
「痛いところを突かれて集中力を切らすとは情けないぞ。気概を見せい!」
「…………」
再び煽ってくるエンリャクに、しかし今度はアヅチ嬢も応えない。
必死に空を睨みつけながら、落ちてくる火の玉に集中しようとする。
それでも状況はどんどん悪化していく一方だ。
懸命に火の玉を消し去っていくが、十数個に一個の割合で打ち漏らした氷塊が次々と村に襲い掛かり始めてきた。
「ははは。火に包まれるのではなく、氷に破壊されるエルフ村と言うのはおそらく初めてであろうな。絵面的には炎上と比べるとやや地味だが、史上初ってことで視聴者には我慢していただくとしよう」
エンリャクの勝ち誇った口上が続く。くそう、肉ダルマのくせして心理戦とか絶妙に腹立つなぁ、こいつ。
「さっきからあまりに卑怯ではありませんか!」
それはツルペタも同じ想いだったのだろう。
落ちてくる氷塊に注意を払いつつも、エンリャクに噛みついた。
「エルフの娘よ、おぬしも魔法使いなら分かるであろう。これは卑怯ではない。全力を尽くして相手の心を折る、立派な戦法だ」
「どこがでしょうか! 一方的に攻撃ばかりしてるだけじゃありませんか!」
「ならばそちらも攻めてくるがよい。村を捨て余に攻撃すれば勝機は出てくるであろう」
「そんなこと出来るわけないじゃないですか!」
「であれば、弱者の立場を受け止めよ。それが戦いと言うものだ」
弱者……ずしりと響く言葉だった。
ああ、そうだ。俺たちは弱者。そしてこのままでは敗者となって、やがて物も言えぬ死者となる……。
くそう、どうすれば……どうすればいい? この状況を一変する何かがないか!? 希望はもう俺たちには残されていないのか!?
「ううっ! こんな攻撃なんかアヅチさんがあのえちえち羽衣を着ていたら全部弾き返せたものを!」
ツルペタが地団駄を踏む。どうやら腹が立つと地団駄を踏むのは、この村のバリア魔法使いの特徴らしかった。
「む? えちえち羽衣、だと? それはまさか『馬鹿にはうっすら中が透けて見える最強の羽衣』のことか?」
「名前なんて知りませんよ! とにかく半分透けてるえっちな羽衣のことです!」
「ほう、いつの間にか城の宝物庫から無くなっているなと思っていたが、ホンノーが持ち出しておったか。で、あの羽衣は今どこにある?」
「村役場にあるわ!」
「なんと! ならば何故使わなかった!? アレは文字通り最強の羽衣。おぬしが使うバリアと同様かそれ以上の力を持つ。しかも魔力を遮断することもない!」
何故使わなかった、と言われてもなぁ。あんなのさすがに人前で着るのはあかんでしょ。
「いかんいかん! あの羽衣を所有しておきながら使わせずに勝ったとあっては我がジー王家末代の恥!! 今すぐ取りに戻るがよい!」
「取りに戻るが良いって、その間に村を燃やすつもりでしょう? その手には乗りません!」
「おのれ、ワシを侮辱するか! ワシがそのような卑怯なことをするわけなかろう! ええい、お前では話にならぬ! おい、ロリコン村長!!」
いきなり名前を呼ばれて驚……いや、だから俺はロリコン村長じゃねぇ!!
「お前もこの最終決戦に最強の羽衣を装着させぬとは何を考えておるのだ!? 本気で村を守る気があるのか!? それでもお前はロリコンなのか!?」
「あんな恥ずかしい羽衣を着させるわけないだろう! それに何度も言うが俺はロリコンではない!!」
「ええい、この似非ロリコン野郎め!!」
凄まじい形相で罵られてしまった。が、似非ロリコンと認められたってことは、ロリコン疑惑の容疑が解けたってことでいいのか?
「よかろう。ならばワシも本気を出す」
「は?」
「羽衣の力を借りずにワシの攻撃を凌げると思うその甘い考え、正すならば今しかないと思え」
いやいやいや、本気を出すってあんた、これまでもしっかり本気だったでしょうが!
「……やっぱり本気では……なかったのですね」
傍から見ている限りは動揺こそすれまだ体力的には余裕がありそうだったアヅチ嬢が、乱れた息を懸命に整えながら言葉を絞り出すように言った。
え、マジで本気じゃなかったの!? それにアヅチ嬢のこの消耗具合は一体……いや、よく考えてみれば当然か。あれだけ大量の火の玉をひたすら迎撃しつづけたんだ。身体は動かさなくともひたすら続く集中力を擁する状況に疲れないわけがなかった。
くそっ。アヅチ嬢がこんな状態なのに、エンリャクはまだ本気になっていなかったなんて。
今度こそ絶体絶命、こんな時なのに俺は何も出来ないというのか!?
クソッくそっこんちくしょう! 何が希望は俺にあるだ、あのクソ皇子! この俺に希望なんて何も残されては――。
「……いや、待てよ。もしかして希望ってアレのことなのか!?」
ふと希望の心当たりが頭に過った。
空にはこれまでより数倍でかい灼熱天獄の火の玉が浮かんでいた。
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