第28話:エンジョー村攻防戦
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里、その名はエンジョー村。
しかし今、その名は「ロリコン村」として記憶されそうになっていた!
ああ、違うッ! 断じて俺はロリコンじゃねぇ!!
「ほう。ロリコン村長の村か」
「だから俺はロリコンじゃ……って、あんたは!!」
どうして言葉を発するまで気付けなかったのだろう。それぐらいその男の存在感は圧倒的だった。
水晶盤で見た時も大きいと感じていたが、実際に生で見ると迫力がまるで違う。
背丈は普通の人間より上半身ひとつ抜け出ており、鎧の類は一切身に付けていないが、身体そのものが最高級の防具だとばかりに分厚い筋肉に覆われている。
それはまるで巨大な岩石、いや、もはや山脈と言っていいだろう。人としてあまりに大きく分厚く重くそして武骨すぎた。それはまさに筋肉の塊であった。
もっとも顔はえらくブサイクではあるけれども。
「エンリャク兄様、どうして来たでごじゃるか! この村を焼き払うのは麻呂に任せてもらうと言ったでごじゃろう!?」
「ふん、キンカク。お前では無理だ。下がれ」
「嫌でごじゃる。ここまで虚仮にされておずおずと引き下げるはずがないでごじゃろう!」
「そうか。ならばこれをくれてやる。兄からのプレゼントだ、受け取れい」
魔法陣とか、呪文の詠唱とか、手印を切るとか。そういう動きは一切なかった。
なのにキンカクの足元から熱く燃え滾る炎を纏った三角錐状の巨大な槍先が突然現れ、その胸元に鋭く抉りこむ。
キンカクは「うげげげげげげっっっっ!!」って絶叫を残してあえなく失神した。
「おおっ!! あいつ、
「焔? あのスイカバーみたいな奴が焔ですか、ナナカマー様?」
「違う違う。焔ってのは魔法陣も何も使わなくとも自由自在に火を操る力のことだよ。そうかー、ただの肉ダルマと思っていたけど、ちゃんと火の一族の長男として力を継承していたかー」
火の一族……てか、ヤバくないこれ?
「大丈夫、ですかね?」
「分かんね。でも、こんなバトルは滅多に見られないよ! これは燃えるぜ! 漲るぜ!!」
……思うんだけどナナカマー様って中立の立場って言うよりも単なる野次馬のような気がする。やっぱりこの人、性質が悪いッ!
ああ、アヅチ嬢、ツルペタ、頼むぞ。村の未来をどうか守ってくれ!!
もちろん俺も頑張る!!
……何が出来るか分からないけれどッ!
「さて邪魔者は片付いた。キンカクのつまらぬ戦いを見せられた民も、今ので少しは気が晴れたであろう」
そう言ってエンリャクは気絶したキンカクから視線を外し、にやりとこちらを睨みつけてきた。
いや、もしかしたら本人は笑いかけたつもりなのかもしれない。だけど凄まじい眼力とブサイクな顔立ちで、どうにも睨みつけてきたように見える。
その証拠にほら、俺の足がぷるぷる震えているもの!
「それでは派手にやりあおうぞ……と言いたいところであるが、ワシは寛大だ。アヅチ、それにエルフの娘・ツルペタ、ここで矛を収めるのであらばお前たちと村の子供たちは許してやろう。見ればまだ幼女が多いではないか。村ごと燃やすのは忍びがたい」
「子供だけ……ってことはアスベストや他の大人のエルフたちは助けてもらえないの?」
「愚問だ。命を賭して守ろうとした村なのであろう。ならば村と共に燃え果てるがよい。それこそ本望であろうが!」
ツルペタの問いかけにエンリャクが当たり前だとばかりに言い捨てた。
まぁ、その通りである。別に村と一緒に燃え死ぬのが本望ってことはないが、防衛に失敗した時はそうなるだろうなと覚悟は決めていた。
だからツルペタの質問に意味なんてほとんどないんだけど、あんなこんな怖い顔した人に話しかけられる勇気を今は褒めたい。
ツルペタ、ナイスファイト!
「エンリャク様、この村を燃やす前にホンノー様の話を聞いてあげてくれませんか? ホンノー様が何を調べておられたか、エンリャク様だってご存じの筈」
「ふん、くだらぬ。あやつのような愚か者と話すことなどなにもない。おぬしもそうは思わぬか、ロリコン村長?」
「え? いやまぁ確かにあいつと話をすると頭が痛くなりますよねってちょっと、だから俺はロリコンじゃないって!」
「どうやら交渉は決裂のようだな。それでは始めるとしよう」
何故俺のロリコン否定が交渉決裂となるのかは全く分からない。
が、エンリャクの言葉とともにアヅチ嬢が作り上げた雨雲が吹き払われ、代わりに空に突然、巨大な火の玉が現れた。
おいおい、だからちょっと待てって。あんなものをいきなり村へ落とすつもりか? 派手にもほどがあるだろ!
「おおっー、炎の一族秘伝・灼熱天獄キターーーーーーッ!!」
「自分ちの村がヤバいって時にはしゃがないでくださいよ、ナナカマー様!」
「いやー、しょっぱなから大技が来たからつい。さぁ、これにあの子はどうやって対抗するのカナ!?」
ハラハラする俺たちとワックワクが止まらないナナカマー様が見上げる中、火の玉に変化が起き始めたのはすぐのことだった。
「おおおおっ! 灼熱天獄をも凍らせる氷結界、ヤベーー!!」
そう、アヅチ嬢の氷結界はかつてバスターフレイムドラゴンのブレスをも凍結してしまった超やべー魔法だ。
それでも火の一族の秘術にも対抗できるかどうか心配だったんだけど、さすがはアヅチ嬢、まるでお日さまのような火の玉があっという間にカチコチの氷の塊に変わった。
よし、初戦はこちらの勝ち……いや、待てよ。さっきナナカマー様が灼熱天獄のことを大技って言ってたよな? その大技を完封したということは、もしかしてこれ、早くも勝負アリなんじゃないの?
「エンリャク様、無駄ですよ。私の氷結界は火に対して無敵。どんな炎でも凍らせてみせますー」
「うむ。さすがである。が、凍らせただけで良いのか?」
「え?」
「凍らせただけでは火の玉が落ちるか、それとも氷の塊が落ちるかだけの違いだと思うが?」
あっ、と思った時には遅かった。
巨大な火の玉ならぬ氷塊が、村めがけて空から落ちてくる。思いもよらぬ状況に、村人のほとんどはとにかく逃げることしかなかった。
が、俺は村長。こういう時だから逃げる以外にもやるべきことがある。
そう、神様へのお祈りだ。
お願いです神様、人はもちろん建物にも直撃しませんよーに!
ドガァァァァァァァァンンンッッッ!!
氷塊が地面へと落下し、凄まじい音と振動を残して砕け散った。
落ちたのは村の入り口からほど近い、自警団の訓練によく使っているエルフ空き地。例のアヅチ嬢が作り上げたゲンコツ岩の近くで、よかった、人的被害はもちろんのこと、村そのものへのダメージもほとんどない。
「ほぉ、凍らせるだけでなく落下軌道も変えてみせるとはやるではないか。アヅチよ、褒めてつかわす」
「くっ。次は凍らせるだけでなく消滅させてみせますよー。だから同じ手は」
「勿論だとも。今のは単なる準備体操だ」
エンリャクの言葉とともに――空が燃えた。
そう見間違えるぐらい、空が無数の火の玉で埋めつくされている。まさに灼熱天獄の呼び名そのものの光景がそこにあった。
「こらー、エンリャク! 無茶すんな! こんなの村人どころか王国兵にまで死人が出るぞー!!」
「ならばナナカマー様のバリアで出来るだけ多くの人を守ってやってはくれませぬか」
「くそー! あんた、そこまで考えてやってるだろー!?」
怖い顔をしながらフッと笑ってみせるエンリャクに、ナナカマー様は地団駄を踏んで癇癪を起こす。
それでもナナカマー様はすぐに拡声魔法を発動させるや「死にたくない奴は今すぐ村の入口に来てー。あたしのバリアで守ってあげるよー」と声を張り上げた。
すると村の中から、周りの森から、続々とエルフが、人間が、まぁ出てくる出てくる!!
というか、王国兵以外の人間が沢山いることに驚いた。どうやら村が燃やされるのを見に来た野次馬や、動画に撮ろうとやってきたウーツーバーたちらしい。
おかげであっという間にナナカマー様の周りはエルフと人間だらけになり、その中心部から「こらー、お前たち、こんなに集まってきたら戦いが見えないじゃないかー!」とナナカマー様の抗議する声が聞こえてくる。
うん、無視することにしよう。
「では行くぞ!」
ナナカマー様が俺を含めて集まってきたみんなをすっぽり包むバリアを張ったのを見て、エンリャクが右手を胸の前で払った。
「ツルペタさん、私は氷結界で出来る限り火の玉を打ち消しますが、どうしても幾つかは打ち漏らしがでると思うんですー」
「はい、その中でこちらに飛んでくる時はバリアを張って身を守りますよ、アヅチさん」
「でもバリアは落下直前だけでお願いします」
「どうして!? そんなの危険すぎます!」
「説明はあとで。来ます!」
空を埋めつくす火の玉が次々と落下し始める。
それらの落下順位を見極めながら、アヅチ嬢が氷結界で凍結。さらに魔力を込めて霧散し始めた。
すごい! さっきのは準備体操だってエンリャクが言っていたけど、アヅチ嬢だってちょっと油断しただけで本気じゃなかったんだ!
火の玉の数がどんどん減ってきて、その隙間から空が顔を出してきてもいまだ地上への落下はゼロ。このまま乗り切れば今度こそエンリャクは打つ手が……あっ!
火の玉がひとつ、凍ったまま霧散せずに地上へ迫って来た。
しかも運が悪いことにその軌道は着実にこちらへ――懸命に撃退し続けるアヅチ嬢たちへと向かってくる。
ツルペタのバリアは……まだ発動しないッ!?
ドガァァァァァァァァンンンンンンンッッッッッッ!!!
さっきまでとは比べ物にならない爆音と衝撃、さらには飛び散った氷の破片がこちらに飛んできてバリアをビリビリと震わせ、おまけに落下で巻き上げられた砂ぼこりが視界を奪った。
それでもバリアの中は無事だ。ただし悲鳴と怒声が凄まじい。無理もないな。あんなのがこんな近くに落ちたんだからそりゃあ悲鳴も上げるし、どうなったのか確認したいのに砂ぼこりで見えないから文句のひとつも言いたくなる。
「うぎゃー! だからお前ら、そこをどけって言ってるだろーが!」
そしてナナカマー様も相変わらず元気に声を張り上げているが、やはりバリアの中央から動けずにいた。うん、無視無視。
それよりも今はアヅチ嬢たちが心配だ。
アヅチ嬢の言葉通り、ツルペタは氷塊が落下する直前までバリアが発動しなかったみたいだけど。
ふたりの心配をしながら、永遠と思えるほどじりじりとする時間を過ごす。
ようやく視界が開けてきた……。
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