第27話:世界の中心でロリコンと呼ばれたエルフ
タイカ王国・ダイエンジョー森林。
王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里で、とうとう人間たちとの戦闘が始まってしまった。
ところがアヅチ嬢はまだ寝ているって、さっきツルペタから連絡があったんだけど。
てか、さっきからツルペタの姿を見ないなと思ったら、まさか眠っているアヅチ嬢のところに居たとは!
え、なにその修羅場、大丈夫なの!? なにかあったらどうしたらいいんだ、俺は!?
「と、とにかくここが踏ん張り時だぞ! 自警団員たち、前へ!!」
「おおっ! アヅチ嬢があのエッチな羽衣で出てくれるかと思うと腕が鳴るぜ!!」
「うん、そこは村を燃やさせてたまるかとか言って欲しいけど、とにかく頑張れ!!」
あと、たとえ戦うことになったとしてもあの羽衣は勘弁してくれとアヅチ嬢には事前にお願いしている。
エルフ道徳的にアレはダメだ。
「アスベスト、ワシたちはどうすればいいんじゃ!?」
「爺さんたちは今すぐ竹やりを捨てて、相手の火矢で家についた火を消してくれ!」
「アスベスト、あたしたちは!?」
「母さんたちは井戸から水を汲んで爺さんたちに渡して!! あとみんな、飛んでくる矢にはくれぐれも気を付けてよ!!」
爺さん母さんたちがラジャーと返事をして、事前に用意しておいた水おけを片手に走り出す。
ワシらの勇ましい姿を見たら人間どもが恐れおののいて逃げるかもしれんとうるさく訴えるので前線に出してみたけれど、まぁ予想通り笑われるだけだったな。
「よし、やるぞ!!」
それでも村全体で抗ってみせるという意気込みは見せつけれたはずだ。あとは実際にやってのけるだけ。
こうしてエンジョー村の長い一日が始まった。
大規模な集団戦闘は、以前にゴブリン相手で繰り広げたことがある。
その時の経験が活きて、最初はみんな上手く立ち回ることが出来た。
が、今回は相手が人間だ。ゴブリンとは強さが、そして何より賢さが違う。
王国軍たちは意外と頑張る俺たちに苦戦するとみるやすぐに兵を引っ込めた。
人数は圧倒的に向こうの方が上だから、もっと強引に攻めてくると思っていたからなんだか拍子抜けだ。
でもすぐにごり押し出来てくれた方がよっぽどマシだと気付く。
連中は正面からの攻撃をやめた代わりに兵士たちを村の周囲へ散らし、あちらこちらから木々に身を隠しながらの火矢や魔法による攻撃に切り替えてきたからだ。
目の前に敵がいるのなら俺たちはそいつと切り結び、倒すことが出来る。少しでも相手の戦力を削ぐことが出来る。
しかし、姿を隠されて距離をあけられたらそれも難しい。
村を取り囲むように兵をばらけさせても戦力はむこうが圧倒的で、近づこうにも相手の援護射撃が俺たちの足を止めてくる。
ならばこちらも弓や魔法で応戦したいところだが、それもこちらがどうにも不利だ。
なんせ相手は俺たちに当てなくても、とにかく手当たり次第村に火を点ければいいのに対して、こちらは正確に敵を狙わなくちゃいけない。
加えて俺たちは火を使うことも出来ない。
奴らが隠れている木を燃やし森に燃え広がりでもすれば、最終的に炙りだされるのは俺たちの方だからだ。
恐ろしく慎重で消極的な、しかし狡猾で効果的な戦いだった。これが人間と戦うということか。
辛うじて有効なのは俺が使う風魔法ぐらいなもので、それとて戦況を変えるほどの力はない。
そうこうしているうちにも頭上を飛んでいく火矢やファイアーボールが次々と村の建物に着弾し、爺さん母さんたちの懸命な消火活動も空しく火の手がどんどん広がっていく。
「村長クン、まだあの子は出てこないのー? このままだともう決着がついちゃうよー?」
「分かってますよ! でもまだ寝てるみたいだし、それにやっぱり結婚はさすがに」
暇そうに話しかけてくるナナカマー様に言われなくても、なんとかしないとマズイのは分かってる。
でも、これといって手が……。
「打ち方やめるでごじゃる!」
とその時、戦場に場違いな「ごじゃる」言葉が轟いた。
この言葉遣いは確か第二皇子のキンカクだったかと思っていると、森の中から胸も腰も足さえもやたらと分厚く、そのくせ頭はやたらと小さくて何故か妙に天高く伸びた金ぴかフルプレートアーマーに身を包んだ男がお供の連中を連れて現れてきた。
なんだあれ? ジ・オもどきかな?
「まったく、庶民と言うのは戦を分かってはおらぬでごじゃるな。どんなに地味でも被害を最小限に押さえて勝つ、これこそが最高の戦でごじゃるというのに」
そして呆然と見守る俺たちなんて無視して、なにやら黒い箱を覗き込むお供に向かって一方的に話しかけている。
「しかしそんな庶民を楽しませるのも王族の務め。今から麻呂がとっておきの魔法で村を全焼させるから見ているでごじゃるよ」
そう言って黒い箱へポーズを決めてみせるキンカク。
それでようやくあの箱が撮影カメラだと気が付いた。
だって以前にクソ皇子がこの村で撮影した時も、いちいちカメラの前であんなポーズを決めていたもの。もっともあの時はもっと小さなカメラだったけれど。
「ふふふ。どうやらボクたちの作戦が上手く行ったようですね」
「え? あ、お前はインテリショタエルフ君!」
不意に後ろから声を掛けられたので振り返ると、そこには小学生エルフのインテリショタエルフ君とその仲間たちがいつの間にか俺と同じく物陰に腰をしゃがめていた。
「こんなところに出てきて危ないじゃないか! 早く家の中へ戻れ!」
「そんなこと言ってもこんな状況じゃどこに隠れても同じでしょ、村長さん」
「そうだぜ! それにせっかく作戦が上手くいったんだ。俺たちにも見せてくれよ」
「作戦って一体何をしたんだ?」
「簡単なことです。エルフの村を燃やすという一大イベントを、きっと奴らはユグドラシルネットで生中継すると思いましてね。だからボクたちはその動画に『攻撃しょぼ! 期待外れもいいとこ!』『所詮キンカクなんてこんなもん』『派手な鎧を着てるくせに地味すぎね?』って次々とブーイングコメントを残して低評価をつけてやったんです」
「な、なるほど! それで怒り狂ったキンカクが攻撃を止めたんだな。あ、でも、あいつ今からとっておきの魔法を使うとか言ってるけど?」
「そこは予想外でしたね。ボクの計算だと怒り狂って元のごり押し攻撃に戻すと思っていたのですが」
全く困ったもんですとお手上げのポーズを取るインテリショタエルフ君。ダメじゃねぇか!
ああ、そうこうしている間にキンカクの前に巨大な魔法陣が現れて、魔力が収束していく……。ヤバイ、あんなのを喰らったら焼き払われるどころかただでさえ火に弱いエルフの村なんて跡形もなく吹き飛んじまうぞ!!
「喰らうでごじゃる。麻呂の最強魔法、その名も――」
「発動・氷結界」
キンカクの言葉が、唐突に拡声魔法で割り込んできた声に打ち消された。
いや、言葉だけではない。魔法陣そのものまでもがたちまち氷漬いて、その光を失っていく。
代わりにナナカマー様が「キター!!」って瞳をキラキラさせた。
「な、なんでごじゃるか、これは!?」
「申し訳ないんですけど魔法が発動する前に凍結させていただきましたー、キンカク様」
戦場には場違いなチリンと響く鈴のような声。よかった、ぎりぎり間に合ってくれた。
「アヅチさん! それにツルペタも!!」
「答えはまだ聞いてないですけど、さすがにこの状況は看過できないです。お助けいたしますねアスベスト様――いえ旦那様」
「アスベスト、ここからは私たちも戦います!」
お揃いの魔導士ローブを羽織ったアヅチ嬢とツルペタの姿に、村の連中からわぁと歓声が沸く。
一部から「あのスケベな羽衣じゃない! 話が違う!!」って抗議の声が聞こえてくるけれど、きっぱり無視することにした。
「お前はホンノーの侍女……? どうしてお前如きが麻呂の魔法を止めれるでごじゃるか?」
目の前で起きたことを信じられないとばかりに呟くキンカク。そこへ
「キンカクー、あんな魔法にあれだけ時間を掛けたら止められるのも当然だと思うよー」
ナナカマー様がにししと笑いながら煽り立てる。だから中立の立場はどこにいった!?
「ふ、ふざけるなでごじゃる! アレは麻呂の最強魔法……そうでごじゃる、今のはただの失敗でごじゃるよ。今度こそ」
「あがいても無駄ですよー」
キンカクが新たな魔法陣を形成しようとするも、今度はまともな形を作る前に凍らされてしまった。
「お分かりになりましたかー?」
「な、な、ななななな!! どうして侍女如きがそんな魔法を使えるでごじゃるか!? しかも魔法陣も展開せずに!!」
「ごめんなさいー。私、水魔法は大得意なんですよー。だからほらこんなことも」
突然、陽の光が分厚い雲によって遮られた。
かと思ったら次の瞬間にはまるで滝のような雨が降り注ぎ、あっという間に村に燃え広がっていた火を消してしまう。
その光景には見覚えがあった。
そうだ、ゴブリンに火を放たれた時もこうやって火が消えたんだ。あれはクソ皇子のヘルファイアーボムとかいう魔法のおかげだと思ったけど、違うじゃねぇかあの野郎!
「この村は私が守るので、どうかお引き取りくださいねー」
「なんでごじゃると!? それはつまり人間を裏切るということでごじゃるか!?」
「裏切りじゃないです。私はエンジョー村の村長アスベストの妻(仮)。村長婦人として村を守るのは当たり前のことなのです」
「減らず口を抜かすなでごじゃる! それを裏切りと言うのでごじゃるよ!! 皆の者、村の前にまずはこの裏切り者を血祭りにあげるでごじゃる!!」
キンカクが号令を発すやいなや、森の中から複数の弓矢が正確にアヅチ嬢めがけて飛んでくる。
が。
カキンッ!
当たる直前、魔法障壁によってあっさりと遮られた。
「私はエンジョー村の村長アスベストの正妻(仮)・ツルペタ。子供の頃からナナカマー様の秘術を学んできた私のバリアを、そう簡単に破れるとは思わないで!」
ツルペタのバリアだ。
本来ならツルペタ自身を守るバリアを、ツルペタとアヅチ嬢がぴったりとくっつくことでふたり分を見事にカバーしている。
おおっ、これならあのエッチな羽衣がなくても防御もばっちり! まさしく隙はない……て、ちょっと待って。ツルペタまで嫁宣言するの? ここに来てハーレム展開っておかしくない!?
「むむむむむ!! またもや村長の妻でごじゃると!? しかもどちらもまだ年端も行かぬおぼこではごじゃらぬか! なんとおぞましい、ロリコン村長が治める村でごじゃるか、ここは!!」
「や、やめろ! 俺はロリコンじゃない!!」
全世界の人がユグドラシルネットを介して見ている生中継でなんてことを言うんだ、このジ・オもどき野郎!!
「ほう。ロリコン村長の村か、面白い」
そこへまたひとり、俺をロリコン呼ばわりする奴が突如として現れた。
いやもうマジ勘弁してください。
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