第26話:面白くなってきたぜー

 タイカ王国・ダイエンジョー森林。

 王都にほど近いこの森にある我らの隠れ里へ下された王国の判断は――。

 

『結果をご報告いたします。エンリャク案328票。キンカク案102票。よって本件はエンジョー村焼き討ちと決定いたしました』


 まぁ、最初からその結論は覚悟の上。


 というわけで、とうとう決戦である!!

 

 

 

 王国の会議は長かったが、いざ結論が出ると奴らの行動は早かった。

 王都から歩いてわずか数時間のところにあるとはいえ、次の日の朝には村の入口を武装した人間の兵士たちの集団に押さえられていた。

 しかもやたらと豪華な装備を身に付けた連中で、全員の金ぴかアーマーの胸には桐のマーク入り。さすがは王都軍、金持ちだ。


 対して我らがエンジョー村防衛団は自警団を中心に、このピンチに志願してくれた村人たちで再編成した集団である。

 そんなわけだからお揃いの鎧なんか着ているわけもなく、中には竹やりを構えた老人エルフや、おたまの武器とフライパンの盾を装着した幼女エルフ(実際はみんな子供を産んだことがあるおばさんエルフなのだが)なんてのもいる。

 

 が、その中にアヅチ嬢の姿はいない。

 昨日はあれから返答を渋る俺を前にして、アヅチ嬢が魔力回復の為に睡眠を取りますと申し出てきた。

 そしてまだ起きてこない。決戦を前にして魔力を満タンまで回復させるつもりなのだろう。

 まぁ、こちらとしても答えをそれだけ後伸ばしにできるので助かる。

 


「悪い占いが当たっちゃったねぇ」


 有り合わせの我ら防衛団を見て薄ら笑いを浮かべる人間たちを後方に眺めつつ、今回の件の交渉役を務めるナナカマー様がなんともばつの悪い顔をして言った。

 ナナカマー様が王都軍の中から姿を見せた時、俺たちは歓喜したものだ。なんせ彼女はエルフで、しかもこの村の出身者。村のピンチに駆けつけてくれたのだと誰もが思った。

 しかし、そんな俺たちにナナカマー様が伝えたのは、自分の苦しい立場のことだった。

 自分はかつて魔王を倒した英雄であること。その影響力は絶大で、軽々しく肩入れはできないこと。だから今日もただの交渉役としてやってきたこと。

 よくよく考えればそれも当たり前で、もし英雄である彼女が俺たちの味方をすると極端に言えばエルフが善、人間は悪とみなされたことになる。

 それはきっとこの村だけに収まらずもっと大きな争いへと発展し、最悪どちらかの種族が滅びるまで続く大戦へと繋がりかねない。

 

 改めてとんでもないことになってしまったと思った。

 

「んじゃ人間たちの言葉を伝えるよ。大人しく村を明け渡して燃えさせろ、そうすれば村人たちの王都での生活は保障してやる、だってさ。いやー、実に人間らしい傲慢な言い草だよね。だけどまぁ、悪くはない条件だとは思うよ」

「本気で言ってますか、ナナカマー様?」

「普段は冗談ばっかり言ってるけどさー、こればかりはマジだよ。村は人間たちに見つかった時点で終わり。だったらこれからの生活を考えるのが一番重要でしょ」

「だけど頑張れば村を守れる可能性だって」

「残念だけど、それはない。いくらあんたたちが頑張っても人間たちは必ず村を燃やす。たとえ今日を耐えることが出来ても、明日も明後日もあいつらは燃やしにやってくる。しかもそれは村が燃えるまでずっと続く。それが人間って奴だよ」


 冷徹に言ってのけるナナカマー様に、みんなが静まり返ってしまった。

 それはそれまで皆が勇気を振り絞って声を出す様子にお祭りか何かかと勘違いして笑っていた赤子エルフが、突然の静けさに怖くなったのか泣きだしてしまうほどだった。

 子供の泣き声は嫌だな。どうしても一度固めた決意が揺らいでしまう。

 やっぱりこのまま戦うことになるのなら、素直に村を明け渡した方がいいのかもしれない。それがまだまだ未来のある若いエルフたちのためでもある。

 

「ナナカマー様、ホンノー皇子が捕まったって知ってますか?」

「ああ。聞いたよー。この村の存在を隠してたってね。王都でも信じられないって嘆いている人が多かった」

「あいつ、このままでは死刑になるとか聞いたんですが」

「まぁ、王族だからそうなるだろうね。なに、こんな時にあの皇子がどうかしたの?」

「あのナナカマー様、なんとかしてあいつを助け出すことって出来ませんか?」

「は? なんであたしがそんなことを?」

「いやナナカマー様なら自由に壁をすり抜けたりとか、姿を消して牢獄へ侵入とか出来るんじゃないかなと思って」 

「あのねー、出来るわけないでしょー。あたしゃ奇術師じゃないんだから」

「だったらナナカマー様からタイカ王国の王様にお願いして」

「いや、無理無理。そんなに仲がいいわけじゃないもん。それにホンノーを捕まえたのって第一皇子の手の者だって聞いたよ。それってつまりは後継者争いでしょ。ああ、やだやだ、そんなのに巻き込まれたくないー」

「ところで今回の件ですが、ナナカマー様がツルペタに変な魔法の存在を教えたって聞いたんですけど」

「うっ。君、嫌な性格してるね」


 あんたほどじゃないけどなーと思いながらも「ちょっと考えさせて」と腕組しながら空を仰ぐナナカマー様に希望を託す。

 昨夜一晩考えて出した答えは、やっぱりアヅチ嬢をこの村のいざこざに関わらせてはならない、だった。

 確かに彼女の魔力は喉から手が出るほど欲しい。だけどそうなると彼女は人間でありながら、人間を敵に回すことになる。

 それは彼女の未来を閉ざしてしまうことに他ならない。

 

 それにもしアヅチ嬢の力で村を守れたとしても、俺が皇子を助けられる手段は今のところなにもない。

 これについては昨日、村役場の二階にある旅人用の寝室へ上がるアヅチ嬢に率直なところを話してみた。

 すると。

 

「それは大丈夫ですよ。捕まった時に皇子が私に仰いました。全てを解決する希望はアスベスト様にある、と」

「どういう意味だ?」

「さぁ私にも。ですけど希望がアスベスト様にあると私も信じていますよー」

 

 俺に解決の希望があると言われても何のことやらさっぱり分からん。

 てか、きっとクソ皇子の勝手な妄想かなにかだろう。

 

 それでもアヅチ嬢の為にも皇子はなんとか救い出してやりたいと思った。

 だからこそ最後の手段としてナナカマー様にお願いしている。

 ああ、頼む神様、どうかこの困ったエルフにいい知恵をお与えください。

 

「うん、無理。どう考えても割にあわない」

「ちょっと! もう少し考えてくださいよ!」

「いや、だって皇子を助け出すのに何十人も罪のない人を殺さなきゃいけないんだよ? 嫌じゃん、そんなの」

「えー!? でもナナカマー様だってあいつの魔力に固執していたじゃないですか!」

 

 何かと気に掛けていたじゃん。なのにそんな簡単に諦めていいのか?


「へ? そんなこと一言も言ったことないけど」

「ええっ!? だってあいつの魔力がスゴイから仲良くしとけとか、弟子にしてもいいとか言ってたじゃないですか」

「おいおい、それは勘違いだって。あたしの興味があるのはあの皇子じゃなくて、その後ろを魚のフンのように付き添ってる侍女の方!」

「侍女ってアヅチさんの事ですか!?」

「そう。あ、そう言えばあの子はどこに行ったんだろう? 皇子と一緒に掴まったって話は聞いてないけど」

「アヅチさんならうちにいますよ! 皇子が捕まる時に彼女を逃がしてくれたんです」

「まじで?」

「はい。で、俺と結婚出来るのなら村を助ける力になるって」

「おおっ。そいつは面白い!」

「面白くないですよ! そんなことになったら彼女は人間にとって裏切り者になりますし、俺にもツルペタがいるんだから困ってるんです!」

「いいじゃん、あの子とツルペタ、どちらとも夫婦になれば」

「そんなの、エルフ道徳的にダメでしょう!?」

「別に愛さえあれば問題ないと思うけど?」

「マジでか!?」


 ウソだろう? そんなの許されるわけ?

 いやいやダメでしょう。そもそもツルペタはあんな身体だけど200歳以上生きてる立派な大人だけど、アヅチ嬢はまさしく見た目通りの年齢なんだから! そのふたりを娶ったりしたら完全に俺、ロリコンだと周りに思われるじゃん!!


「それにね、あの子ならこのピンチから村を救えるかもしれない。何故だか知らないけどそれだけの力をあの子からは感じるからね」

「力があるのは俺も知ってますよ! でも、やっぱり人間である彼女を巻き込むのは……」

「何言ってんの。あんたも男、しかも村を代表する村長ならいい加減に腹を括りな! はっはっはー、それにしてもこいつは面白くなってきたぜー。よっしゃ、だったらいっちょここはあの余裕綽々なクソ面した人間どもに『エンジョー村のエルフは人間なんかに屈しない! エンジョー魂を舐めるな!』ってこのナナカマー様が啖呵を切ってきてやるからかー!」

「え、いやちょっと待って! ナナカマー様!」


 しかし俺が止める暇もなく、鼻息を荒立てて人間の陣営へと踵を返すナナカマー様。おいおい、中立って立場はどこに行ったんだこの人?

 てか、え、なにこの流れ? 俺、マジでアヅチ嬢と結婚しなきゃいけないんじゃないの?

 そんなことしたら村は救えても、俺がツルペタに殺されるかもしれないんだけど。

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