白薔薇の午後

洞木 蛹

1

 どこか噛み合わないと思い悩んでいた。口を歪ませながら毛先を弄り、リオンは溜め息をついた。どんなに撫でてもうまく落ち着かない。自分の心を表しているようだった。ぴょんと反発し続けて鬱陶しい。

 それに比べて、とリオンは菖蒲アヤメの髪を思い浮かべる。優雅に流れる黒は清潔感を漂わせ、光に当たれば柔らかな墨色になり、影に溶け込んでも違和感はなく、ただただ彼を映えさせていた。

 男なのに髪が長い。おかしい奴だ。なんていうのはつまらない偏見で、菖蒲なりの譲れない所なんだろう。自分が自分らしくある為で、相手を惑わせるものの一つ。生活面での雑な部分は知っているが、あんなにも綺麗なら何かしら理由があるはず。適当に伸ばしているだけではああならない。

「あぁもう、考えてたってどうしようもないのに」

 悩みの種は菖蒲にある。心の中で膨らみ成長するそれを断ち切りたかった。だけど上手くいかず、どうしても彼のことばかり考えてしまう。

 ベンチに座ったまま思いきり伸びをして、ついでにと足も伸ばす。のどかな空気と目の前に広がる優しい色合いに包まれても、心は晴れない。

 ここにくれば――エリスも手入れしている庭園に来れば、落ち着ける気がしたのに。

「ここに居たのか、リオン」

 ひょっこり現れたのはミオだった。まるで誰かを探しているかのようであったが、聞く間もなく隣に座ってくる。

 菖蒲とは違い、まとまりのある髪が揺れていた。澪の淡い茶色は地毛だと聞いている。この国の中では地味な色合いで、逆に浮いていることも気にしていたらしい。リオンからしたらちょっとだけ羨ましいもので、よく彼の髪色を褒めていた。その度に褒め返され妙に楽しかったのも、記憶に新しい。

「オレもさ。髪伸ばしたら、その……どうかな。似合わないかもしれないけど」

 突然切り出しても澪は深く突っ込まず、何かを理解して前のめりになる。リオンにとって少し嬉しくも、甘えているような罪悪感が湧く。詳細を省けばすれ違いが生まれかねない。でも、彼なら分かるだろうと安易に話してしまう。大きく息を吸い込んで、肩を下ろす。

「ちょっと前に菖蒲と……話してたんだ。オレも伸ばしてみたいって。ほら。アイツって、髪が綺麗、だろ? もちろん澪もエリスだって。ん。いやエリスが一番だ。それで……えっと、その。……ごめん。なんかまとまらなくて」

「大丈夫だって」

 面白そうに笑う澪だが、ある言葉でムッとしたのを見逃さなかった。言わなきゃよかった。そんな後悔を抱えながら、目だけでも逃げてしまう。

 しかし口にしてしまった以上だ。仕方がない。ゆっくり息を整えてから視線も返す。真剣でありながら優しく澪が頷く。

「羨ましくって、いいなって思って、髪伸ばしたらオレもかっこよくなれるかな、とかさ。そうしたらアイツ、すごい否定してきたからムカついて喧嘩して……なんでいつもこうなるんだろうなーって」

「いや。リオン達がよく言い合ってるのは日常じゃないか?」

「うぅ……」

 情けないとリオンが呟く前に、そのままでいい、と微笑まれた。瞬きをしてじっくりと彼の言葉を飲み込む。

「このままで? いい……のかな」

「リオンらしくって良いと思うぞ」

無理に変わる必要はないのだろう。そのままでいい。心の中で唱えてみた。じんわりと気持ちが和らぐ。

 菖蒲に同じことを言われたかった――わけではない。澪だったから嬉しかった。長いこと側にいてくれて、一緒に成長してきた仲だからお互いの良さも理解している。言葉の重みも違う、自分に言い聞かせてからリオンは力を抜いた

「ありがとな、澪」

「別にそんな……ん?」

 照れ臭そうにする澪が一瞬で顔を変えた。視界の端に黒い誰かが映り込む。でもそこからは敵意を感じられない。

「菖蒲……」

「いつから居た」

 普通に声を上げたリオンに比べ、澪はトゲのある雰囲気だった。チラリと横目で伺いながら、どうしてこんなに威圧するのか不思議になってしまう。さっきの話を聞かれていたとしても、リオンは菖蒲を咎めないし、もし自分であれば同じように出てきてしまっただろう。

 だが、菖蒲はなぜか普段通りのまま。寧ろこの状況を楽しんでいる様子でもあった。

「偶然通りかかっただけだ」

「本当に偶然か?」

 怪しむ澪を無視してリオンの前まで足を進める。何も躊躇いはない。余裕さえ漂わせていた。

「リオンならここにいるだろうと来たまで」

 割って入るように菖蒲が腕を伸ばし、乱雑にリオンの頭頂部に触れる。ぐしゃぐしゃに揺れる中、咄嗟に相方を制した。ほんのり乗りかかった澪の体が渋々引いてゆく。

「こっちも言い過ぎた。リオンはそのままでいい。……俺みたいになるな」

「んっあ、お、おい!」

 耳にまで指が触れ、いい加減にしろと澪が唸る。くすぐったさと恥ずかしさに揉まれ、悔しさが芽生える。そんなリオンを弄ぶように、菖蒲は身を屈めてそっと囁いた。

「リオンなんかが髪を伸ばしたら女と間違われる」

「……は、はぁ!?」

 一瞬の至近距離のせいか、言葉のせいか、顔が熱を帯びてしまう。しかし、彼が離れると同時に消え去ってゆく。湧き上がった感情を吸い取られたかのよう。一体なんだったのか、ぼんやりする間に背をむけられていた。

 やることだけやって去りゆく姿を彩るように、長い髪が揺れている。立ち上がろうとしたが澪を置いて行けない。

「なんなんだ全く。リオン、今から直してやるからな」

「あ……うん」

 このままでいいと言え出せなかった。優しく繊細な手つきに安堵しながら、まだ両の目は菖蒲が歩んだ道を追っている。

「……わかってたんだな。ここにいたってこと」

「ん? まぁオレとリオンなら付き合いが長いし、昔からここに来てたから分かるもんさ」

「うん……ありがとう」

 かすかに残った熱が疼いている。このまま成長したら自分はどうなるのだろう。傍らの存在に身を寄せても、何も言われない。居心地が良いのに胸が苦しくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白薔薇の午後 洞木 蛹 @hrk_cf

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ