第28話

 客席に座ってみてわかったことは、どの参加者もとても頑張っているということでした。

 頑張っているからといって結果がついてくる訳ではありません。

 けれども、観客は舞台に立った参加者に惜しみない拍手と声援を送り、過ぎていく時間を楽しんでいました。

 誰かは面白がったり、誰かは悔しがったり、喜んだり、心地よく疲れたりと、様々な状況と感情が舞台に投げられ、客席に広がって共有され、不思議な一体感がありました。


『さぁ、いよいよ最後の参加者の登場です! 皆様、〝ふわふわマジュルン〟を拍手でお迎えください!!!』


 ポコポコ叩かれる打楽器の音楽と、カラフルな色彩の照明に照らされて、ふわふわマジュルンこと丸っこい巨大な毛玉が躍り出てきました。

 その丸みにどちらが頭なのか、尻なのか、観客は困惑しましたが、倒れていた耳がピンと立ったことで頭の向きがわかり、毛玉ではなく魔獣だなということも伝わりました。


 マジュルンはふんすふんすと鼻息荒く、興奮で目が血走っています。

 明るい演出とのミスマッチさが、将軍に慣れない種類の不気味さを感じさせました。ぬぃぐるみさんの気迫とはまた別種の恐怖でした。


  マジュルンは体格のわりに短く太い前脚を動かして、後ろ脚も動かして、たまにジャンプしました。


 おそらくは爪の音でタップダンスを披露しているつもりなのでしょう。

 しかし残念ながら、体重の重みによるドスンという重低音の方が際立っていて、楽しい雰囲気に乗りたい観客でも音楽に乗るのが難しく、乗るに乗りきれない感じです。手拍子も合いません。


 あまり盛り上がることができずにマジュルンのダンスは終わりました。


『……ハイ、ありがとう、ふわふわマジュルン! 照明を反射する毛艶の良さ、興奮で逆だった毛の硬さとお腹周りのふわふわな毛の差が目を引きましたね! 最後まで精一杯、踊ってくれました! だらりと舌を出して放熱しているのが心配です。ゆっくり休んでください!』


 厳正な審査ならば、参加者の中で一番盛り上がった将軍とぬぃぐるみさんペアの優勝で確実でしょう。ほくそ笑む将軍とぬいぐるみさん含む参加者たちは、係員に案内されて結果発表待ちで舞台裏へと移動しました。




 ◇



『……さて、優勝の栄誉は、賞品は誰のものになるのか!? 最終観客票の集計及び、えー、最終審査待ちの間、改めて、魔王さまから親愛なる皆様にお話があります。休憩したい方はこの時間にどうぞ。撮影する方はあちらの席側からお願いいたします。ささ、どうぞ、魔王さま』

「うむ」


 魔王さまは偉そうに舞台に上がり、十二本くらい手を増やして客席全方位に振りました。愛想のいい観客は手を振り返してくれました。


「皆、ここに集ってくれてありがとう。今日のこのダンス大会は我にとっても、皆にとっても新しい試みだった。寛大に受け入れ、楽しんでくれた者も多く、とても嬉しく思う。だがまだまだ未熟な運営であり、発展途上の体制ゆえに不満があるだろう。もし今後の我々の成長を信じてくれるのなら、帰り際に魔王行目安箱に思いの丈をぶつけて行って欲しい。新魔王城では常に新しい提案や遊びを求めている。我は新しい魔王として、少しでも多く、少しでも早く、みんなの声やテレパシーに応えるべく、不断の努力をしよう」


 気を利かせた優秀な照明係が、魔王さまの権威を引き上げるように照らしました。


「我は新しい魔王として、魔界に新しい平和を実現する。時には昔のように、殺し合いの暴力を望んで悪を行おうとする者や、昔からの悪事を尊び、我らのことを軟弱者と蔑む者が現れることもあるだろう。だが、その度に我が止めてみせる。誰にも邪魔などさせない」

「魔王さま、広告に使うので目線お願いしまーす」

「うちの雑誌用にキメ顔お願いしまーす」


 魔王さまは細かな注文に対応しつつ、語気を強めて言葉を続けました。


「この場に集ってくれた者はこんなことは既に理解しているだろうから、ここからは広告用に、自分の立場を悩み、決めかねているもしくは、良からぬことを企んでいる者へ言っておく。……悪など、もう価値が無くなった。古臭く、陳腐に成り果てた。人間界にも、天使の世界にも、他の世界にも、争い、奪い、傷つけ合う言動は簡単になされ、悪はありふれた。悪はもはや、悪魔が特別に誇るものでもなく、求めるべき価値も失ったのだ。悪は、悪魔の美意識に反するものになった。それを知っていて、あるいは知らぬふりをして、まだ悪にしがみつき、我の唱える新しさを恐れる者の方が軟弱者であろう。しかし、我はその弱さを責めはしない。新しい魔界では、弱さは罪ではなくなるからだ。我々は悪を捨てて、他の世界で作りたくてもできなかった理想である平和を作れる。悪の名を持ち、悪をよく知る我らだからこそ悪に対処し、悪を超越できるのだ」


 魔王さまは力強く言い切っておきました。

 こういうことを言う時には、根拠があってもなくても自信たっぷりに言うものです。発言の責任で後から困ったりもしますが、困った時になってから考えることにしています。

 観客はとりあえず魔王に声援を送ってみたり、休憩でおやつを補充したり、好き勝手に過ごしていて、平穏が保たれている証明のように自由な反応でした。




『はいはい、お待たせいたしました! 皆様、心の準備はよろしいですか? 遂に、この大会の勝者が発表されます! みんなー、席に戻ってくれー!』


 一旦だらけた会場の空気は、暗くなった照明と銅鑼の音で引き締まりました。

 観客は自分の好きな参加者に投票済で、応援しきった後です。結果がどうあれ、みんなスッキリとした表情でした。


『優勝は……』


 単眼の悪魔が溜めに溜め、焦らしに焦らしてから結果を大声で読み上げます。


『〝ふわふわマジュルン〟です! おめでとう!!!』


 毛繕いに忙しくしていたマジュルンにたくさんの照明が当てられ、観客がこの日一番の歓声を上げました。

 びっくりした様子のマジュルンでしたが、みんなにチヤホヤされたので得意げに尻尾を振ります。みんなで全力を出した参加者を改めて讃え、優勝には惜しくも届かなかった参加者も声援に喜びました。


 会場は充実感に包まれています。

 一部を除いて。


「そ……ッの魔獣が優勝とはどういうこォとだッ!」

「そぅょそぅょよ! マジュルンちゃんのダンスも良かったケド、一番盛り上がったのはアタシたちでしょ!」


 一部――将軍とぬぃぐるみさんは意義を申し立てました。

 魔王さまは淡々と返事をします。


「不思議な結果ではないだろう。直前まで警備の仕事をこなす頑張り屋さんなところ、マジュルンの高密度でふわふわの毛並がよくわかり、可愛らしさと美しさと野性味のある仕草からの楽しく娯楽性の高い音楽に乗せたダンスだった。観客もマジュルンの警備で世話になっている者も多い。マジュルンが世界の中心にしてかわいさの基準であるという基準に則った厳正な審査による誰もが納得する当然の結果だ」

「誰が納得するか! どッこが厳正な審査だ!!!」

「ヒドィゎ! 贔屓ょ、ヒイキ!!!」

「?」

「不思議そうにするな! この軟弱魔王めッ! 審査員のくせに私情に流されおってからに!」

「本命のためならぁたしのコトをポイ捨てするのね! この悪魔! 、、、他の審査員も実況のあんたもこんなんで納得デキるワケ!?」


 キレた将軍とぬぃぐるみさんに詰め寄られ、審査員一同は顔を見合わせ、視線を明後日の方向にそらしました。ぼそぼそとコメントを出します。


『え……えー、そう言われましてもこれは厳正なる審査の結果でして、ですよね? 白髭の悪魔殿』

「そうですじゃ。審査員票と観客票を合わせての結果ですから、予想と外れることもあるので……ですよな? 骨の悪魔殿」

「え? えぇ。観客には日頃から魔王城でマジュルン殿の警備に助けられている者も居ますからな。魔獣徳と言いますか、技術以外での魅力と言いますか……ですよね? ジャリュー殿」

「そ、そうっす。マジュルン先輩のことはみんな好きっすからね。仲良くしていると魔王さまからお中元やお歳暮とか魔王派優待券とかいろんなプレゼントがくるし、総合点がめっちゃ高くてもおかしくないっすよ。あ……っす」


「プレゼント……だと?」

「プレゼントって賄賂ぢゃなぃの! ちょっと観客たち! ァナタたちはこんな結果でイイの!?」


 動かぬ不正の証拠をぬぃぐるみさんが客席に示して叩きつけましたが、観客は両手におやつと玩具を持っていました。

 魔王印がついているので、魔王さまからのプレゼントでしょう。


「、、、なんてコト! コイツら全員グルだゎ! 買収されてぃるゎ!」

「おいコラァッ! 魔王! これで何が平和なのだ! 不正の嵐ではないか! 真面目にやれ! 真面目に!」

「? 魔獣の主として全力で応援した結果だが?」


 魔王さまは断言しました。

 マジュルンは優勝のご褒美のご馳走をルンルン気分でもぐもぐしています。

 今日はチートデイ。摂生は明日から。

 そういうマジュルンの幸せを維持することに躊躇いは少しもありません。

 さっき演説した時よりも力強く、確信を持った真剣な気持ちでした。


「ダ、ダメね、この魔王。何が間違ぃなのかぜんぜん理解してぃなぃゎ、、、! マジュルンちゃんのタメにもならなぃし、頑張りを否定してぃるょぅなものなのに!」

「くだらん! 出来レースの大会なんぞに何の価値があるのだ! 何が新しい魔王だ。軟弱で贔屓する魔王の考えた娯楽など駄目だ!」

「そんなに文句を言えるなら、将軍とぬぃぐるみが次のイベントの主催者になって企画してみればいい。……ま、我のように平和に上手くできないと思うがな」

「ハァ? 明るく楽しい平和なイベントくらい作れるゎょ!」

「軟弱魔王なんぞより上手くできるわッ!」

「では任せた」


 言質を取った魔王さまは悪魔らしくニヤリと笑いました。

 売り言葉に買い言葉で、将軍とぬぃぐるみさんが魔王さまに嵌められたと気づいた時には遅く、計画書と〆切を押しつけられていました。


 けれどもそのまま将軍とぬぃぐるみさんが大人しくする訳もなく、魔王に斬りかかり殴りかかってきますが、魔王さまはひらりと躱しました。

 揉め事の気配を敏感に感じ取った観客も鑑賞の姿勢に戻り、音楽が流され、単眼の悪魔が実況で煽れば、ダンスバトルの延長戦が始まりです。


「この! すばしっこぃ、、、! ぁのね、魔王! 覚えてぉきなさぃ! ぃつまでも力と金と権力でみんなが言いなりになると思ゎなぃで! 暴走するダケの愛は悪ょ! 悪!」

「魔剣にだけは言われたくないぞ」

「この軟弱魔王め! 自分の悪さとも向き合い、逃げずに戦えッ!」

「失敬だな、将軍。いつでも戦っているぞ。我なりに」


 新しい魔王が住まう新魔王城。

 みんなが暮らす魔界はいつでもゆるく平和です。






________________

終わり

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ゆる魔界 無同 @M2946

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