エピローグ
それからしばらく経った頃の話である。
沙也加のいつもの物好きに誘われて、ある同人イベントに参加することになった。題材というのが、精神世界のオンリーイベントなのだという。
「やはり我々としては職業柄、こうして市井のオカルトやスピリチュアル観を視察しにいかねばならぬ立場なのです。いわば勉強ですよ」
などと沙也加は嘯く。しかしながらそのはしゃぎようを見るに十中八九趣味なのではないかと思う。
とはいえ、僕に否は無かったし、購入した同人誌も円藤家の経費で落ちる、ということなのでありがたく参加させてもらうことにした。
都内某所の五階建てビルの各階に長机が並び、そこで人々が思い思いの冊子を頒布する、という光景が広がっている。その一人一人が、浮世離れした雰囲気を纏っていた。
……考えてみれば、当然のことである。このようの中に浮世離れしていない人間など、実は一人として存在しない。
自分は常識的な人間である、という暗示を自分自身にかけて、その型の中に自らくるまっている似すぎない。そうする方が生き易いから。
この空間は、そういう人間の浮世から離れた部分を解放できる祝祭といえるのかも知れない。
通りを歩けばむせかえるようなアロマキャンドルの香り、流れ聞こえる誰かの呪文。それすらも覆うような誰かの喧噪……
その光景がとてもまぶしく、また羨ましく思える。ただ、彼方を思う境遇……ここではない何処かを無邪気に憧れる心。今となっては、僕が持ち得ないものである。
「見てくださいよ、これ。四谷怪談史……ですって」
沙也加はあちこちの卓をぶらぶらとして、これは、というものがあると僕に見せてくる。
「四谷雑談と四谷怪談の違いについて言及しているのはポイント高いですね……いただきましょう」
とはいえ大体のものは実家の財力を当てに購入してしまうので僕の意見というものが求められている訳でも無い。僕も僕で江戸の妖怪についての同人誌やビブリオマンシーの指南本、タロットカードのスプレッドシートなどを報告だけして今回の戦利品に収めているのでお互い様である。
その最中で。
「あ、セキくん。あれは……」
ふと、沙也加が声を掛けてきた。
やや興奮した面持ちで彼方に指を指す。彼女にしては品の無い行動だな、と珍しがりながらその指の先を見遣ると……
「……え」
僕も中々に呆けた声があふれ出てきた。
その先には眞野ミコがいた。
一般参加者としてでは無く、頒布する側として。出しているのは……タロットについての同人誌、あとはオリジナルのタロットカードまで並んでいる。
これが安堵して良いことなのか、喜んで良いことなのか、僕には確証は持てなかった。それでも僕個人の気持ちとしては……安心している。
高校の後から現在に至るまでに、眞野ミコに正確には何があったのか、今となっては僕には分からない。聞き出すことは出来ないし、その資格も無いように思える。
おそらく芦屋は彼女に何があったのかを視ていたのだろうが、それを聞くつもりも無かった。
ただ、ひとつだけ。僕は彼女が楽しく生きていられれば良いな、と。それだけは祈っていたし、今もそう思っている。
今の彼女は楽しんでいるのだろうか?それとも、ただの惰性でかつての名残を味わっているだけなのだろうか。分からないが……それでも、今、この祝祭にやってきている。それだけの元気があることは確かだ。これが救いになるのかどうかは分からないけれども。
僕はただ突っ立って、彼方を見つめる。ふふ、と自然に笑顔が漏れてきた。救いになるかは分からない。分からないけれども、なぜだか、無性に嬉しい。
そのまま、僕は通り過ぎることに決めた。
僕には合わせる顔が無い。だた、合わせなくてもそこに眞野ミコが確かに生きていることが分かっただけで十分に思えた。
だというのに。
「そこの方、一冊頂きましょう」
円藤沙也加はそのような僕の複雑な心理状態などまったく気にしなかったし、あるいは気にした上で突っ込んでいたのかも知れない。ともかくも、彼女は眞野ミコの座る卓へ駆け寄り、そのまま良く通る大声で彼女の頒布物を受け取りに行ったのだった。
ああ、まったく。僕は覚悟を決めて彼女の後へと付いていった。
まるで、何事も無かったかのように。
僕たちはまた、オカルトの無い世界へと帰って行く。
僕と彼女のエスカトロジズム 佐倉真理 @who-will-watch-the-watchmen
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