謎の単編小説

あらや

今もそこに

 これはとあるライブの翌日に帰りの新幹線まで暇を潰していた時の事です。


 微妙な時間帯の列車は格安で販売されていたのでそれを買っていたのです。

 とりあえず、ホテルのチェックアウト時間が迫っていたので足早に準備をして駅へ向かいました。

 まだ大半のお店はシャッターが降りている時間なのでどうしようかと考えていたら、ふと目の前に山がそびえたっているのを思い出しました。

『登山道入口』という看板・・・

 幸運なことに携行食も飲み物もライブがあったため列待機のために備えていたのです。

「まあ、4時間もあれば帰って来れるだろう」

 当時の私は体力もそこそこあったので自然にまみれて時を過ごすことにしたのでした。


 さっそく、案内看板の通り進み入口をくぐって少しすると登山客が利用していたであろうお茶屋が数軒ありました。古い自販機もありましたが当然電気は来ていませんでした。

 思い返せばこのルートは落ち葉だらけ、苔だらけの麓の入口は人も車も通った形跡がなかったのです。

 気にすることもなくどんどん登っていくと、この地域一帯を賄う水源のダムに辿り着きました。

 まあ、当然のように一面森林だらけ。

 生命線とも言える水源なのに誰も見当たらないなと思いながら電車の時間もあるので足早に通り過ぎて行きます。

 進んでいくとどんどん道が険しくなっていきます。

 一度整備はされたものの、利用者がいないせいか壊れた階段、再び荒れ果てた道、毒キノコだらけの道でした。

 山から次の山へ入って少しすると、同じ道を辿ってきたのかは不明ですが、頂上へ行く道の分かれ道で私はどちらを行くか迷っていました。

すると、後ろからコンビニのおでんをぶら下げて勢いよく登ってくる一人の男性に出会いました。

「こんにちは。どっちのルートにするか迷ってるのかい?右は早いけど、荒れてて危ない。左は緩やかに登ったり降ったりを繰り返しながら時間はかかるけど初心者には優しい道だよ。」

 その何度も登っていると思われる男性は

「じゃっ!」

 と言うと険しい道を進みあっという間に姿が見えなくなりました。

 私はこれ以上の荒れ道を進むような装備もなかったので初心者に優しいという道を進むことにしました。

 とはいえ、やはりキツかった。

 裏高尾とは比べ物にならなかった。

 不覚にも飲み物を切らしてしばらくすると湧水が流れてるのが見えた。

 なるべく水源に近いところで採水し空に掲げて異物混入が無いか確かめ一口飲んだ。

 それはもう格別の味だった。

 視界がクリアになり一気に疲れが吹き飛んだような気がした。

 それから少しすると道の真ん中で何か広げている見ている子供3人組に出会った。

 最近の子供にしては地味な格好だなと思いつつ近づくと話しかけられて道を尋ねられた。

「頂上へ向かいたいのですが今どこですか?」

 私は不思議に思いながらもスマホを取り出して現在地を確認し最年長と思われる女の子に男の子2人が持っていた地図と照らし合わせる。

「えっと、この辺だよ。今、下から歩いてきたから頂上の方向はこっちで道なりに進めば大丈夫だよ。」

 このルートは途中から車道に出て山頂へ至る道で間違えようもなかった。

 なぜ道を聞くのかよくわからないし、スマホも珍しそうに見ていた。

 何より子供だけなのに誰一人として親から携帯を持たされなかったのかと思うと不思議でしょうがなかった。

「じゃ、先行くね。」

 そう声をかけて進むも抜かされ、抜かしを繰り返しながら道なき道に等しい道を進みながら進んでいった。

 道路に出る手前の階段で一気に子供たちは走りだしてあっという間に姿が見えなくなり1人残された。走るだけの気力は私には既になかった。

 やっとこさ道路へ出るとやはり子供達の姿はなかった。

 道なりに進んで頂上を目指し進み舗装道路の有り難さをその身に感じながら歩いていた。

 それでもやっとの思いで頂上へ辿り着いたが子供達の姿はどこにもない。

 元より下りはロープウェイで降ることにしていたので先に切符を買うことにした。

 時刻表を見ると子供達が見えなくなって頂上に着いても前の出発時間には間に合わなかったはずだ。

「子供3人組が少し前に来ませんでしたか?」

 念のため職員に確認すると

「見てませんね。」

 と返事が返ってきた。

 時間まで上のカフェで一緒にお茶でもしようと思ってたが居ないものはしょうがない。

 何はともあれ目的を達した。

 風景写真を撮りながら時間を待って下り、電車を乗り継ぎ元の駅まで戻ってきた。


 遠征から帰ってきてそのことを飲み屋で話すこんな話を聞いた。

「その山は空襲に巻き込まれて、今は廃墟のホテルがあって度々の火災などの被害があったんだよ。」

 その話を聞いて私はゾッとした。

 よくよく思い出せば地味というか戦時中によく見かけたであろうズボンを履いていたし、子供だけとはいえ登山をする格好ではなかった地図も白黒でボロボロであった。

 スマホを珍しそうに見ているし、居るいるはずの頂上に居なかったのも納得がいった。

 子供達は今も山を彷徨い続けていたのである。

 いや、道に迷わないように誘導していたのかもしれない。

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謎の単編小説 あらや @SANYA

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