切望の世界─白雪姫─

 ただ愛されたかっただけなのに。


 女は、后になるために生まれてきた。家の繁栄のためによりよい婚姻を結ぶことが使命だと、幼い頃から言い聞かせられてきた。それに疑問を抱くこともなかった。

 王の最初の妻に選ばれなかった時、女は父に殺されると思った。王と結婚できない娘はいらない。父ならそう考えるだろうと。

 予想に反し、女は殺されなかった。しかし存在を隠すかのように、屋敷から一歩も出ることを禁じられた。十年以上かけて王の妻にする娘を作り上げてきたのに、すべて水の泡になった。とんだ失敗作だ。父がそう怒鳴る声が、毎晩部屋まで聞こえてきた。

 別の娘と結婚した王には間もなくして赤ん坊が生まれた。雪のように白く、黒檀のように黒々した瞳と髪、そして血のように赤い唇と頬を持つ、世にも美しい娘だという。

 国民が姫君の誕生を祝う中、女は祝福の言葉を述べる気にはなれなかった。本当だったら、あの場に立って赤ん坊を抱き、国民に幸せいっぱいに手を振っているのは女のはずだった。王が愛おしげに目を細めて見つめるのは、女の赤ん坊だった。王が抱き寄せる肩は、女の肩だった。


 王の妻が亡くなったのは、それから間もなくだった。やがて女は上機嫌の父に連れられて、数年ぶりに屋敷を出た。

 父が向かったのは王城だった。行き先の時点である程度予測していたが、女はそこで王の後妻に選ばれたことを聞かされる。女はこうべを垂れてその命を受けた。父はたいへん満足そうだった。

 后になるべくして育てられた女は、その役目を完璧にこなしてみせた。妻として王を支え、母として姫を教育し、后として臣民に威厳を示した。

 それでも、后が愛されることはなかった。王の心は依然として前妻にあり、姫は実母を恋しがった。臣民にも望まれたのは、前の后だった。

 女にはわからなかった。なぜ自分は愛されないのか。なぜ皆揃って、死んだ人間ばかり欲するのか。なぜ誰も、自分のことを見てくれないのか。


 この娘さえいなくなれば。いつしか女の心に、悪魔が囁きかけた。この娘がいなくなれば、王は次の子どもを作らざるを得ない。その子を生むのは女の役目だ。もし生まれた子が男児だったら、王はどれほどお喜びになるだろう。王位も継げない役立たずの娘なんかより、よほど愛してくださる。その母たるわたしのことも、きっと愛し大切になさるだろう。


 女は家来の一人を呼びつけ、森に姫を連れ出し殺してくるよう命じた。家来は反発したが、后の権力でねじ伏せた。家来はしぶしぶ姫を伴い、森へ向かった。女は愉快だった。ああ、これでようやく愛してもらえる。女は有頂天だった。

 しかし喜びはすぐに激しい怒りと憎しみ、そして焦りに変わった。家来は森に姫を置いてきただけで殺していなかった。姫は森のどこかで生きている。もし姫が生きて城に帰ってくれば、継母に殺されかけたと告発するだろう。そうすれば女は今度こそ、誰からの愛もなくなる。

 この状況を変える方法はただひとつ。誰かが見つける前に姫を殺すのだ、女自身の手で。


 女は物売りの老婆に化けた。そして、真っ赤な果実の入ったカゴを手に、森にひっそりとたたずむ小屋の戸を叩いた。


「もしもし、お嬢さん。甘いリンゴはいらんかね? きっと死ぬほど、おいしいよ」

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