嫉妬の世界─灰かぶり─

 この世でもっとも忌々しい生き物とはなにか。

 毒を持った蛇。作物を食い散らかすけだもの。汚らわしいネズミ。人間すら食い殺す怪物。

 いや、違う。女はそう考える。もっとも忌々しい生き物は、自分より恵まれた生き物だ。自分より美しく、財産があり、教育を受け、愛する者に囲まれ、また自らも愛する者と結ばれ……。


 女の継子ままこがまさにそうだった。はじめて顔を合わせた時から、女はその少女を毛嫌いしていた。

 実の母親を亡くして間もない少女は、おそらく両親から愛情をたっぷり注がれて育ったのだろう。自分が愛されているのが当然で、誰もが自分に優しいのだと、信じきっていた。新しい継母だって、義理の姉たちだって、自分に優しくしてくれるに違いないと。そんな心配すらしていないだろう。


「お義母様、お義姉様、はじめまして。家族が増えて、わたしとても嬉しいわ」


 そういってにっこり微笑む少女に、女は怒りにも近い嫌悪をいだいた。

 この子に苦痛を与えたい。まだ年端もいかぬ少女に対し、女はそんな恐ろしいことを考えた。幸せに、大事に愛されてきたこの子どもを、震えるような不幸のどん底へ陥れてやりたい、と。


 しかし、少女の父親が見ている側で、女は少女に手出しできなかった。少女の父親が死ぬまでの数年間、女は憎悪を溜め続けた。

 少女の父親が不慮の事故で亡くなったと知らされた時は、自分の夫が死んだ悲しみよりも、これで少女が不幸になるのだという、薄暗い喜びがまさった。今まで愛されることしかしなかった少女が、ついに……自分よりも不幸せになるのだ。


 女はさっそく少女の部屋と、中にあった高価なものや、両親との思い出が詰まっているのであろうものをすべて取り上げた。ドレスは娘たちに、宝石は自分が身につけた。売れそうなものは売りさばき、そうでないものは少女の目の前で暖炉に入れた。少女には使用人と同じ服を着させて、汚ならしい屋根裏部屋へ追い込んだ。

 女は最初のうちは満足していた。幸せのオーラを常に身にまとっていた少女が惨めな表情をするのを見ると、心が晴れ晴れとした。美しい少女が暖を求め、火の消えた暖炉の前で灰まみれになると、とても愉快だった。わずかな食べ残しをネズミたちと分け合う姿は、ゾクゾクする程高揚した。


 けれど、女も気づいていた。この仮初めの自己満足に浸れるのは、わずかな時間であることを。少女がどんなボロをまとっても、内面の美しさは隠せない。やはり少女は美しく、両親亡き後も、使用人や街の人間に愛され続けた。

 一番惨めなのは、結局継母たる自分だった。自分や娘たちより美しく、気品に溢れ、たくさんの愛に囲まれる継子が、憎たらしかったのだ。幸せな道を約束されている少女が、妬ましかったのだ。




 少女は慈愛に満ちた表情で、今日もネズミとパンを分け合う。


「お義母様がいつか、ほんのちょっとだけでも、わたしを愛してくれたらいいのに」


 そう囁く少女に、女は唇を噛みしめた。わたしだって、おまえを普通に愛せていたら、どんなに良かったことだろう。

 だが今日も、女の歪んだ嫉妬が治まることはない。


「食事が終わったら、姉さんたちの支度を手伝いな。とびっきり美しくするんだよ。今日はお城の舞踏会なんだから。早くおし、シンデレラ」



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