病的なウソつきの話。
苦虫うさる
第1話
病的な嘘つきがいる。
ある日、こんなことを言い出した。
「ボクのことを嘘つきだと思っているのだろうけれど、これから言うことは掛け値なしの真実だ。信じてくれるかい?」
うなずくと、病的な嘘つきは話し出した。
※※※
ボクはこの前、人を殴った。
そいつがとても理不尽なことをしたからだ。
そうしたら、そいつは死んでしまった。
そのあと、人を三人殴った。
そのうち二人は死んで、一人は生き残った。
生き残った一人は、近くの病院に運ばれた。
だからボクは、生き残った一人を、もう一度、病院まで殺しに行った。
そうしたら、そいつはもう死んでいたんだ。
頭にきたよ。何でボクが行くまで生きていないんだ、ってね。
あんまり頭にきたから、病院の看護師二人と医者を一人と、外に出てちょうど通りかかった人を三人殺してしまった。
悪いことだとは分かっていたんだけれど、何しろ余りに頭にきたから。
ところが、そのうちの一人が生き返ったんだ。
混乱したよ。
人が生き返るなんて。そんなのってない。
正しくない。あってはならないことだ。
だからもう一度、殺そうと思ったのだけれど、そいつは死なないんだ。
病的な嘘つきは、ため息をついた。
「ところで、結局、ボクは何人殺したんだろう?」
※※※
聞かれたので、考えてみた。
0人じゃないだろうか。
何しろ相手は病的な嘘つきなのだ。
この話自体が嘘だろう、恐らく。
そう答えると、病的な嘘つきはひどく悲しそうな顔をした。
「ひどいね。ボクのことを病的な嘘つきだと思っているのは、君だけだよ。
君にとっては、誰も彼も病的な嘘つきなんだろうね、きっと」
君は病的な嘘つきではないのか?
「もちろん」
病的な嘘つきは、深くうなずく。
「だって、ボクが君にウソをついたことが一度でもあるか?」
じゃあ、何人殺したんだ?
「九人」
病的な嘘つきは即答する。
いやいや、八人だろう。ちゃんと数えて……。
病的な嘘つきは、きっぱりと言う。
「九人だよ」
いやいや、だって最初に殴って死んだ人がいて、そのあと……。
「君はずいぶん、細かいことにこだわるんだな」
病的な嘘つきが、軽蔑したように言う。
「死んだのが八人だろうが九人だろうが、ボクは人を殺してしまったんだ。ボクは罪人なんだよ。許されるはずがない。そうだろう?
たとえ一人でも二人でも何百人でも、人を殺した罪の深さに変わりはない」
それはそうかもしれないけれど、いま問題なのは、殺したのは何人かという話で、九人じゃなくて八人……。
「ボクのことをきちんと見てくれれば分かる。ボクが罰せられるべき人間だって。
一体、君は何を言っているんだ? 君にとって、人間は数字なのか?」
すみません……。
そういうわけではなく……。
「でも、最後の一人は生き返ったんだ。殺したと思ったのに。
殺したボクも悪いけれど、生き返るなんて正しくないよ。ボクは正しくないことが許せないんだ。
生き返るなんて、自然の摂理を、生命を侮辱している。
人は死ぬからこそ、人生を懸命に生きられるんだ。君もそう思うだろう? ボクは許せないんだ、そういうのは」
病的な嘘つきは、真剣な顔をしてそうきっぱりと言いきる。
「誰であろうと、人間の命の尊さを侮辱する奴は許せない」
それは分かったけれど、ところで死んだのは八人ですよね?
病的な嘘つきは、非難するような口調で言う。
「九人だよ。人の命は軽く扱ったり、忘れ去っていいものじゃないんだ」
いや、おまえ……。
お前がそれを言うか……。
病的な嘘つきが、不思議そうに聞いてくる。
「ボクは何か間違ったことを言っているかな」
次の日、病的な嘘つきはこんなツイートをした。
「昨日、病的なウソつきがボクと話をした、と呟きました。ボクが八人殺したとか、訳のわからないことを言います。
例えウソでも、そういう命を軽く扱う言葉が許せません。世の中には似たような事件も起こっているのに、そんなウソをつくなんて……なんたらかんたら」
人を病的なウソつきよばわりしやがって。それはお前だろ。
しかもエア言及かよ。
頭にくる。
それでも病的な嘘つきが話すたびに、耳を傾けてしまう。
実はこっそりフォローもしている。
でも「いいね」はつけない。
意地でも。
読むだけだ。
この先もずっと。
病的なウソつきの話。 苦虫うさる @moruboru
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