カチカチの再会
鯨鐘
再会
「またね」
「うん」
あっさりとした別れだったと思う。
私が転校する前日、友達の紀子ちゃんと交わした、最後の言葉。
今時、スマホがある。SNSで繋がれば、いくらでも会話も、通話もできるから、改まって言うことは何も無い。
もうリアルで会う事も、触れる事も、叶わないかもしれないけど。
「東京と北海道よ? いつでも会いに行けるさ」
両親はそう言ったかな。
確かに。
けど、違うんだ。
想い出と現実は違う。
たとえ、いつか再開することがあって、百五十二センチしかない私の手よりも、一回り小さな手が握り返してくれるとしてもだ。
今の気持ちで「おはよう」と言えない。
学校帰り「また明日」と言えない。
喧嘩して「ごめんね」と言えない。
辛い時、無責任だけど、一緒に「頑張ろう」と言えない。
全部。全部。今までとは違う。
駅で変わり果てたお互いを見つけて、思い出の中のあの子を手繰り寄せて、探り、探り、カチカチの言葉を交わすのだ。
「ヒ、ヒサシブリ」
「ウ、ウン。はは、そうだね」
なんて。
何気ない感覚だった何かを忘れ去り、それを悟られぬ様、必死。それでいて、遠慮がちに振る舞う別の誰かと会うことになる。
「……垢抜けたね。ひょっとして、彼氏できた?」
「そ、そんなわけない!」
そんなわけない。あるはずがないのだ。
私は絶対に。
忘れるはず、ないのだ。
「日菜は、さ。好きな人、居るん?」
「私? えぇと……居る……かも?」
放課後の教室だったか。
紀子が急に恋バナなんてするからびっくりした。
「嘘ー! 誰ー? おーしえーてーよー」
「……」
言えるわけないよね。
いや、あの時、ちゃんと言えばよかったのかな。
そうしたら、こんな……こんな事って。
「ひ……な……ひーー早坂日菜さん!」
「は、はい!」
ぼーっとしていた。
遠くから私を呼ぶ中年女性の声に返事する。
紀子の母だ。
「紀子、火葬場へ行っちゃうから、最後にお別れしないかなと。日菜ちゃん、この子と仲良かったからね。……でも、辛かったら良いの。無理しないで」
返事をする前に身体が動いていた。
慌てて、立ち上がったから、転びそうになったところを親族の方らしき人に支えられる。
「……紀子」
そこに居たのは、一年前と変わらず、小さくて、可愛くて、綺麗な顔をした紀子。だけど、カチカチで、知らない顔した、紀子だった。
こんな時に相応しくない言葉かもしれないけど……。
「見惚れるでしょう。本当に素敵な子だった。なのに……」
その声は、途中で消えた。この場に相応しくないから自分で控えたのか、それとも、ショックを隠せなかったからなのか、私が遮断したからなのか。
紀子の母は、涙をハンカチで拭いながら、そっと後ろに下がり、親族たちを集めて話し始めた。
どうやら、私と紀子が二人きりになる機会を作ってくれた様だ。
「……ヒ、ヒサシブリ。……いやぁー、綺麗だね。都会に染まってる私よりオシャレじゃん! ……まさか、こんなカタチで再会するなんて、思わなかったというか! はは、ねぇ……なんで……なんでなの……紀子!!!!」
自殺だなんて。
私が引っ越して一年後、紀子は自殺した。
酷い、いじめを受けていたそう。
始まりは、私が引っ越した事。孤立した紀子を標的になったのだ。
知らなかった。
紀子さんがメッセージを送信
『私たちも来年から三年か。受験やだね。進路どうする? 進学?』
『日菜は?』
『私はこっち大学に行くよ』
『私も同じとこ、行きたいかも……』
「そうしたら、また会えるー」なんて、私が浮かれていた頃、あの子は死ぬ事を考えていた。
何も知らなかった。
何も。
……なんで。
なんで、教えてくれなかったの?
私、あなたのこと……好きだったのに。
好き。
あの小さな手が、柔らかな声が、無邪気な笑顔が、優しいところが、好き、好き好き……。
好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。
ずっと閉じ込めていた感情が一気に溢れ出て行く。
『日菜は、さ。好きな人、居るん?』
ああ、そうか。私も言わなかったんだ。
今度、再会したら、ちゃんと伝える。そう思っていた。
お互い、嘘をついてたんだね。
……言わなきゃ。
「……紀子。ねぇ、聞いて。……私ね。あなたのことが好き。好きです。ずっと好き……でした」
やっと、言えた。
言えた後の清々しさは凄く、さっきまで言葉も出なかった私とは別人の様に冷静で、自分でも怖いくらいだった。
私は、紀子の頬に触れた。
冷たい。そして、少し硬い。
ずっと触れたかった。柔らかいんだろうなって、想像して眠れない日もあった。
そうして、頬から流れる様に、真っ白な首筋、動かない鼓動の上、引き締まったお腹、順番に触れていく。
そして、辿り着く。
百五十二センチの私より、一回り小さな手。
「うっ……うっ……」
目頭がきゅっとしまる。
下瞼に溜まった水たちは、やがて決壊し、頬を伝い、顎の下から溢れ落ちた。
……返事、聞きたかったな。
しばらく経って、紀子の母が心配して駆け寄るまでの間、私と紀子は、あの頃のままに再会を確かめ合った。
カチカチの再会 鯨鐘 @sironaga28
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