春の海を揺蕩うような、羊水の中を泳ぐような、そんな生暖かい心地良さだけがそこにはあった

 皆川の夢をみる。薄い腹にうずめたわたしの頭を、それはそれは優しく撫でる。春の海を揺蕩うような、羊水の中を泳ぐような、そんな生暖かい心地良さだけがそこにはあった。ばかみたいだ。

「一原、ずっと一緒にいようね」

 皆川がいなくなって五年経つ。知りたくない。きっと三十六度前後に保たれたものならなんでもいいだなんて。

「皆川、好きだよ」

 夢の中で皆川に誓う。死ぬまで皆川だけを好きでいるって、誓うたびに現実のわたしは輪郭を失って、ふやけていった。たとえばすれ違いざまに肩がぶつかった人に縋りたい。毎朝挨拶を交わす事務の女性にキスしたい。そしてわたしに言ってくれ。お前はまだ皆川歩が好きだろう、と。わたしがまともだって教えてくれ。

 皆川以外に触れたって、あんなにあたたかく柔らかな幸福は得られないはずなんだ。そう信じたい。だからわたしは毎夜繰り返す。皆川、好きだよ、死ぬまで好きだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

もらった一文でSSを書く 古海うろこ @urumiuroko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ