山と友
「お世話になりました」
僕と父は婆さんと娘さんに別れの挨拶をし、山小屋を後にした。
来た時の無愛想な二人からは想像もできないほどの笑顔だった。
山はすっかり元に戻っていた。
天気も良く、踏みしめる砂利道がとても心地よい。
残り雪の影から草花の芽吹く様子が感じ取れる。
父はグーンと背伸びをし僕の頭を撫でた。
恐ろしい体験もしたが、それはとても貴重な経験値になったはずだ。
僕は子供ながらにそう思った。
行きの時とは打って変わってのピクニック気分に「来てよかった」と思う自分がとても意外だった。
「そう言えば父さん、あのお地蔵様を壊したのは結局誰なの?」
少し考えて父はこう言った。
「たぶん、俺だろうな」
「えっ... 」
父の言葉に意味が分からなかったが、僕はそれ以上聞かなかった。
数時間後。
軽快な足取りで僕らは麓までもうじきの距離まで降りてきていた。
ふと父が立ち止まった。
見ると、行きの時にお参りをした祠があった。
(あぁ、帰りもご挨拶をするのかな)
よく見ると行きの時にお供えしたお菓子が無くなっている。
(誰か持っていったのかな?あのグループ客かな?でもお供物を持っていくかなぁ)
父はしばらく無言で立っていたが、ほどなく祠の前にしゃがみお厨子を開けた。
中に何があるのか気になった僕は父の側に寄り、中を覗き込んだ。
すると父が祠の中から何かを取り出した。
ガサッ
「え、写真...?」
その古ぼけた写真には、父と知らない女性が写っていた。
しばらくの沈黙の後に父がこう言った。
「拐われたのは、俺なんだ」
「え??」
「... 八尺様に拐われたのは、俺のほうだったんだ」
「えっ... 」
「・・・・・・」
押し殺すような声で父は続けた。
「あの時、拐われたのはこの女性ではなく俺だった。この人は俺がおまえの母さんと出会う前に付き合っていた女性だったんだ。そしてこの人は拐われた俺を助ける為にあの池で自ら命を絶ち、荼毘に付さずに山の神となりその功徳で俺を八尺様から助け出したんだ」
あまりにも突飛な内容の話に、子供だった僕の思考は追いつかなくなっていた。
(それじゃあ、その女性が助けてくれなかったら父さんはあの黒い召使いになってたってこと?そしてそうなれば僕は生まれてこなかった... ということ?)
呆然としている僕の周囲に一陣の風が舞い、再びあの時の女性の声が聞こえた。
ふふっ...
ふふふふっ....
そうか。
八尺様から襲われる瞬間に聞こえたこの声の女性が僕と父を助けてくれたんだね...
この山の神様になったから八尺様もそれ以上の悪さが出来なかったんだね...
僕は父の隣で祠に手を合わせた。
「僕と父さんを助けてくれてありがとう」
それ以来、僕は1度もその山には行っていない。
しかし父は毎年その日、その山に登っているようだ。
そして母にはあの写真のことはいまだに話していない。
- 終わり -
【天狗男】山で遭遇した八尺様【怪奇譚】 天狗男 @Tenguotoko
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