同じものを見ていても、同じように見えているとは限らない

 とある人物の手記の形で綴られた、この世界の美しさの物語。

 どこか私的な文章が特徴の現代ドラマです。これ以上の説明は不可能というか、まずネタバレしないことにはどうやっても内容に触れることができませんので、その点ご容赦ください。



〈  以下ネタバレ注意!  〉

 いわゆるアウトサイダーアートか、少なくともそれに近い芸術のお話です。
 主流ではなく傍流、いやそもそも誰からも見えていなかった芸術作品。「この世界の一切が美しい」という彼の、その『世界』は私たちのそれと同じものでありながら、でも間違いなく同じようには見えて(感じ取れて)いない、というお話として読みました。

 彼の目に映る世界の〝美しさ〟の、その想像できなさ加減。仮にその作品を直接鑑賞したとして、きっと自分には「変わった作品」とか「すごい作品」とか、きっと特別なものとして見るのだろうという予感があり、そしてその凡人としての感性そのものが、「彼の生きてきたであろう人生」にそのまま繋がるところが好きです。
 決して楽ではなかったと推察される彼の人生は、人と違うものが見えてしまうが故の隔絶によるもの。でなければ、どうして孤独に作品を溜め込む必要があったというのでしょう?

 さりとて、本当の隔絶は結局のところ、そこに線を引く個々人の中にあるのですけれど。
 彼個人の人生について思うと同時に、それをどうしても物珍しいものとして見てしまう自分の、その何か危うさのようなものに向き合わされたお話でした。