第17話

今度は俺がティウの手に手を重ねる。


「大丈夫だよ。ティウがマスク外しても、俺は何も変わらない」


そんなことを言う俺は狡い。本音を言うと、怖い。今まで調子のいいこと言ってたけど、素顔を見てすんなりと受け入れられない可能性もある。だけども。ティウが覚悟を決めた。俺は受け止める。


ティウは重ねた手を引き、首元に手をやった。マスクの首元、きゅっと結んでる紐をほどく。


「僕を見て、嫌いになってもいいんだ。好きになってくれて、ありがとう」


ティウは俺の心を見抜いていた。

大丈夫大丈夫だと口先ばかりの俺の心を。恥ずかしくて俯きたくなる気持ちをグッとこらえ、マスクを取るティウを正面から受け止める。するするとマスクを脱ぐ。マスクを取ったティウの顔に俺は絶句。


肩にかかる髪。その髪はパステルカラーの虹色。俺を真っ直ぐに見つめる瞳。虹色の不思議な色合いをしていた虹彩。顔の造形はというと。ちびりそうなほど美形。少し悲し気な表情が庇護欲をかきたてる。


手を伸ばして髪に触れる。ふわっとした柔らかい髪だった。


「ユキ、気持ち悪くないの?」


ティウは笑った。無理やり笑顔を作った、引きつった笑いだった。ああ、そうか。俺は分かった。分かったというか、改めて認識した。俺とこの世界の人、価値観が違うんだ。美的感覚も違うんだ。


「なんで?こんなに綺麗な髪の色、初めて見た」


この世界ではいろいろな髪の色の人がいるが、虹色の髪は初めてだ。


「ユキはやっぱり神様の国から来たんだね。これを綺麗って言うなんて」


マスクの人たちがマスクをかぶってるのは、この髪の色と目の色を隠すため。この世界でこの髪色は不吉なもの、なんだって。へんなの。


…へんなの、と俺が言うのは簡単だ。

この世界にはこの世界の考えがある。だからと言ってマスクを差別していいとは思わんが。


「髪も瞳の色も綺麗。顔かたちも綺麗だ」


俺は大まじめにそう言った。ちびりそうというのは相応しい言葉ではないと思ったので言わないでおいた。ティウはキョトンとして、そして笑った。今度は子どもみたいな、素直な幼い笑いだった。


「神様の国から来たユキは何を綺麗だと思うのか、普通の人間と考えが違うのかな?僕にとってはすごくラッキーだ」


ふわふわと笑うティウに、心が締め付けられる。今までどんな思いでマスクをかぶっていたのか。店に入りたくなさ気だったティウ。マスクだから仕方ないと諦めていたティウ。


「あのさ。マスクとって部屋の外に出る必要はないけど、少なくともふたりでいるときは…。マスクいらないよ。俺は綺麗だと思うから。ティウの髪も目も鼻も口も」


ティウの顔を両手で挟む。ほっぺはすべすべだった。マスクしてて日に当たってないからかな。うにうにを指を動かしてほっぺを堪能してると、ティウが目を細めた。


「変な人。最初から変な人だったけど、やっぱりユキは変な人」


クスクス笑うティウはとても可愛いので。抱きしめずにはいられなかった。



それから。



旦那様のお屋敷の離れに俺たちは住むことになった。

街中の人どころか国中…どころか、よその国まで『神様の化身が!』みたいな騒ぎになったようだけど、旦那様が領主様だったので助かった。

『マスク姿で酷い目に遭ってたところを領主様が助けた。神の化身はその優しさに感動し、領主様の元にいてくださる』

っていう設定だそうだ。少しばかり誇張はあるが、だいたい合ってる。


「じゃあ、行ってくるね」


ティウはぼっちゃんの家庭教師の他に、どこぞの貴族のおうちにも呼ばれて家庭教師したり、旦那様主催のパーティーで楽師として歌ったり。

人前で歌う機会が思いのほか早く巡ってきて、ティウは喜んでいた。俺もパーティーに参加して、ティウの歌を聴くことがある。

教える仕事も楽しそうだけど、歌って多くの人から称賛されているほうが嬉しそうだ。


「俺も行かなきゃ」


俺の職場。この街の聖堂。

座ってるだけでいいと言われたが、自分が祀られているのが座りが悪い。聖堂を磨き上げたり、子どもたちに読み書きを教えたり。そういうのが俺の仕事になった。

『神の化身が市民のために労働をいとわない』

って感じで、俺の株価は爆上げである。俺は普通のことをしてるだけなんだが。褒められるのは嬉しいから、まあいっか。


そしてたまに。

俺もマスクをかぶって外に出る。『神の化身』がマスクをかぶっていたというのは国中みんなの知るところとなったので、マスクを避けたりする人が減った。


『神の化身はマスクをかぶり、人間が善の心を持っているのか見極めていたのだ。

善の心を持っていないと判断されれば、神の化身は去っていただろう』

という、事実誤認の噂が流れた。デマだけど、デマでマスク人権問題に光が差したのでよしとする。


マスクをかぶってティウとデート。


「ティウ、今日はどこ行こうか」


「いつものとこ。でもその前に何かお昼ごはんを買っていこうよ」


俺の手をぐいぐい引くティウ。見えなくても分かる。


マスクの下では、きっと笑ってる。

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みえないもの のず @nozu12nao

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