第16話

おじいちゃんと再会できたし、俺のこれからの方向性もボンヤリ決まったし。

めでたしめでたし。


…ではない。


おじいちゃんを交えての夕食会。

旦那様と奥様とぼっちゃん、おじいちゃん、俺とティウ。ティウは気後れしたようだったけど、俺のために参加してくれた。役人の男は「ひとまず報告のために帰還する」と言い残し王都へ発った。


俺はおじいちゃんに今までのことをあれこれ話す。お屋敷でのこと。そして、ティウとの運命的な出会いのことを。


「ティウさんは歌うたいなのですね」


おじいちゃんはティウにも丁寧な言葉遣いをしてくれるので嬉しい。ティウもおじいちゃんのほのぼの人柄には安心したようで、やわらかい声で返事する。


「はい。今はまだ、ほとんど売れてはいませんが」


いつかは売れるよ。俺には分かる。

だってティウの歌は俺の心に響く。俺の心臓を掴んでくる。くふくふと心の中で笑っていると、ぼっちゃんが不思議そうに俺に視線を向けてた。危ない。変質者っぽかったかもしれない。

ごほんと咳払いして真面目な顔を作ると、ぼっちゃんは旦那様に話しかけた。


「とうさま、きいてください」


ぼっちゃん、一体何をお願いするのか。俺の顔がヤバいとか言い出すのか。やめてよ。


「なんだい?」


「ぼく、ティウに音楽の先生になってもらいたいです」


おっと、ぼっちゃん何を言い出す。確かにここ数日、ティウはぼっちゃんに楽器教えてたけど。俺もそれをまったり眺めて癒されてたけど。


「それはいいわね。この子が楽器に興味を持ってくれて嬉しいわ」


奥様は大歓迎の様子。ぼっちゃんもきらきらにこにこ。旦那様はニッコリ微笑んで、そのあと少し気まずそうな笑み。


「これも何かの縁だ。家庭教師になってくれるのならありがたいが…。家庭教師という立場になるのなら、外で歌うのは控えてもらわないといけない」


領主様の息子に教える立場の者が、夜にバーで歌うのはマズイらしい。それ相応の振る舞いが必要なのだ、と。


俺はその話に口を挟むべきではないので黙っていた。領主様の息子の音楽の家庭教師。それはとてもいい話だ。

だけど。

ティウに教える仕事は…。だってティウは、歌で有名になりたいんじゃないだろうか。自分で曲を作って、路上やバーで歌って。さっきも言ったばかりだ。『今はまだ、ほとんど売れていない』と。『今はまだ』ということは『いつかは』と思ってるわけだ。


だけども。


「喜んでお受けいたします」


ティウは明るい声で了承した。


夕食会のあと。お腹いっぱいで部屋に戻った。でも、おいしい料理の余韻に浸ることもなく、俺はすぐにティウに聞いた。


「よかったの?家庭教師の話を受けて」


ソファに腰掛けたティウ。背筋をピンと伸ばして、凛々しかった。


「うん、いい話だからね」


それはそうなんだけど。俺は納得できなかった。モヤモヤを抱えてティウの隣に座る。


「バーではあんなことになったけど、評判いいから歌ってくれってなったんだろ?ティウは歌を歌う仕事をしたいんだと…てっきり」


最後はごにょごにょ。俺が口出すことじゃないんだ、分かってる。ティウの歌が評判になって、たくさんの人に聞いてもらって。それは俺も嬉しいことなんだ。


「そうだね。たくさんの人に僕の歌を聴いてもらって、それで有名になりたい認められたいって思ってたけど。そういう夢は今もあるけど」


ティウは手を伸ばして、俺の髪を撫でてくれた。ティウの白い手、楽器を弾く手。俺を慰める手。


「でもね。ユキひとりが喜んでくれる歌うたいになるのも悪くないよ」


大勢の人に感動を与えるのではなく、ただ俺ひとりのために。くそう。ティウは何度俺を泣かそうとするんだ。泣きそうなの堪える俺。手をぐーぱーして意識を逸らす。なのに。


「おぼっちゃんは可愛いし。子ども相手に教える仕事って今まで考えたことなかったけど、楽しそうだよ。それにさ、人生は長いんだよ。たくさんの人の前で歌う機会、また巡ってくるかも」


ティウの手が俺の手に重なる。ひーひーふーと深呼吸。


「ティウ、これ以上いいこと言うな。泣きそうになる。…だいすきだよ。本当、だいすきだ」


俺のせいで、ティウも今は自由に外に出られない。『神の化身』である俺と一緒にいたから、ティウも騒ぎの当事者になってしまっている。それに文句ひとつ言わず、ティウは俺に寄り添ってくれる。


「うん。ありがとう。だけど」


だけど?


「僕がマスクをはずしても、そう言ってくれるかな…」


そう呟くティウの声は震えていた。

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