第8話 王妃の浄化方法

 目の前にいる王妃はニコニコしていて人々に幸せをもたらす女神のようだ。

 とてもじゃないが私のように人をぶん殴ったりはしないだろう し、声を荒げることさえなさそうだ。

 それでも 彼女は浄化をしていた。

 それは、私 が知っている方法以外の浄化方法があるということだ。


 謁見は「冒険者の壮行」という権力誇示の儀式では無かった。

 これは、非常に助かる。

 私の知っている方法だけだったら、次こそ人をぶった斬って殺してしまうか、私があの世への直行してしまうことになるだろう。

 

 王妃は少し申し訳なさそうな顔をしながら、

「私は穢れ人を浄化する事しかできなかったの。その方法しか伝授できないけれどかまわないかしら?」


「もちろんです! お願いします!」

 自然と言葉と体が前のめりになる。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。やはり人を一番に助けてもらいたいの」

 王妃がホッとしたような安堵の笑顔を見せた。


『どうして安堵の表情なんてするんだろう?』

 彼女の表情に違和感を感じたが、違和感の原因はわからない。


 王妃が私の前に立つ。

「穢れ人 を浄化するには穢れ人の体の一部に触れ、自らの体から相手の体に浄化の力を送り込む事で穢れを消し去る事ができるの」

「え、それだけでいいのですか!?」

 あまりの簡単さに拍子抜けしてしまう。


「そうよ。触れる場所はどこでもいいの。服の上からでも問題ないわ。ただし「長い髪の先端」は別よ。浄化の力を注ぎ込む時間がかなりかかってしまうわ」

「剣とかに浄化の力を与えて、斬ったり、殴ったりしなくてもいいんですか」

 さっきの男、思いっきり腹に警棒を叩き込んでしまった……。ごめん。


「そんなことをしては穢れ人を傷つけてしまうでしょう?  穢れ人とはいえ我が国の大切な国民なの。傷つけないことが大前提よ」


 しかし、今ではその大前提すら覆さなければならないほどに穢れは強大化、凶悪化している。

 大切な国民といえども害に認定された穢れ人は死刑なのだから。


「それでは一度やってみましょう 」

 王妃が私の前にそっと手を出した。


「え、王妃様に浄化の力を注ぐのですか?」

「そうよ。浄化の力を返還したとはいえ、私は元神子。浄化の力を感じ取る事はできるの 」

 女王然とした気品あふれる微笑みを見ると、手を触れることすら恐れ多いと感じる。


「それに、私たちに浄化の力を与えた神様もこの力は人畜無害と言っていたでしょ。だから安心して」

 王妃の穏やかな 表情は崩れない。


 確かにジュライは浄化の力は人や自然に優しい力だと言っていた から、王妃を傷つける事はないだろう。

 

 何よりも王妃が使っていた浄化の力の使い方を知るチャンスだ、恐れ多いなどと言っている場合ではない。


「失礼します」

 おずおずと手袋をはめた王妃の華奢な手を、私は浄化の力を宿す右手で握った。


「まずは意識を集中して、浄化の力を集めるイメージを頭に描いてみて」

 私は目を閉じて、自分の右腕に意識を集中した。


 「おおーー!」という驚きの声が騎士たちから発せられた。

 

「そうそう。とても上手よ」

 目を開けると、私の右腕全体が黄金色に光り輝いている。

 警棒が纏っていた光と同じだ。


「この光は 一体!?」

「この光 こそが浄化の力そのもの なの。光が穢れ人の体内に注ぎ込まれる事で体内にある穢れが浄化されるの」  

「この光を相手の体に注ぎ込めば良いという事なんですね」


「そのとおりよ。じゃあ今度はこの光を相手に注ぎ込むイメージを 思い描いてみて。目は閉じずに光を見るの」

「はい」


 王妃に言われたとおり、右腕の黄金の光を見つめながら光を注ぐイメージを繰り返す。

すると、 右腕の黄金の光が王妃の手に吸い込まれるように消えて いく。


「光が……消えた?」

 私が驚きながら握った王妃の手と己の手を凝視した。


「本当に飲み込みが早いわ ね。これであなたの浄化の力は私に注ぎ込まれたわ」

 私は王妃から手を離し、その美しい顔を見る。


「穢れは穢れ人の肉体に潜んでいるの。だから長い髪の先端だと浄化の力が届くまでに時間がかかってしまうのよ」

「穢れは体のどこにあるかはわからないのですか?」

「それはわからないわ。というよりも、解明されていないと言った方がいいわね」

「肉体であれば触るのはどこでも良いということですか?」

「そうよ。指先や爪先でもいいのよ。逆にチホさんが相手の体に触れるのも指先や爪先だけでもいいの 。わずかでも触れている部分があれば 、そこから浄化の力を注ぎこめるわ」


「先ほど王妃様は服の上からでも浄化は可能だとおっしゃいましたが、マントの先などからも可能なのですか?」

 

 王妃は小さく首を左右に振る。

「それはできないわ。服の上からでも大丈夫というのは、浄化の力が素肌に触れているものを透過することができるからなの」

 そういえば私は今、王妃の手袋の上から浄化の力を注ぎ込んでいたんだった。

 

「身に付けているものを伝って、浄化の力を注ぎ込む事はできないという事ですね」

「そのとおりよ。相手が大地の上に立っているからといって、大地に浄化の力を注いでも穢れ人を浄化する事はできないのよ」


「甲冑や衣服を重ねて着ていた場合でも問題ないのですか?」

「そうねぇ? 甲冑を着た穢れ人と対峙したことはないので答えられないわ。ごめんなさい」

 申し訳なさそうに、王妃の眉が八の字に下がる。


「でもね 、服の厚さや素材は関係ないわ。薄着でも厚着でも、どんな材質の生地でも浄化の力を注ぎ込む時間は変わらなかったわ」


 「そうそう」と言って王妃はポンッと手を合わす 。

「浄化の力が穢れ人の体内に入り、穢れが消え去る時に体から黄金色の光の粒が弾け出す の、その現象が現れたら浄化は完了よ」

 やはり、あの金色の花火は浄化完了の証だったんだ。


「しかし、暴れる者に触れるのは至難の業かと思いますが、王妃様はどうやって相手に触れていたのですか ?」

 さっきの男だって軽症だというのにかなり厄介だった。

 

 カラが男を魔法で押さえつけていた時に言った「早く浄化しろ」と言った意味がやっとわかった。

 あれ? でも……浄化の光は初めて見たって言ってたはず……。んん……何か引っかかるな。ま、いっか。


「騎士団の皆さんや、彼が押さえつけてくれていましたから簡単に触れることが出来ましたよ」

 パッと華が咲いたかのように王妃が微笑む。


 今は高貴なバラのような笑顔だが、若い頃はすずらんの花のような可憐で守りたくなるような美少女だったに違いない。


『これは……王が王妃を射止めただけで、他にも王妃狙いの奴いたな……』


「激しく暴れる者には多少荒っぽいことをしたことも多々あったがな。ワハハハ」

 先ほど自分が行った浄化の光景を思い出し「ハハハ……」と、乾いた笑いがこぼれる。


『多少どころか、私もかなり荒っぽいことをしたもんな……』

 

 そんな和やかな空気が一変し、王はのろけ顔を国王らしい威厳に満ちた表情に変えると私を見据え、

「タカハラ殿。今は王妃が来た時とは比べ物にならぬ程、穢れの力は強大なものとなっている。あなたの力が唯一の希望です ! どうかよろしく頼みます」


 おいおい、どの口が言うんだ! どの口が!!

 ここまで穢れを蔓延、強大化させた元凶は あんたらだろうが!!

 穢れの力が弱まるところまでいったとはいえ、最後の詰めが甘かったせいだろうが!!


 と、思っていても、とてもじゃないが口に出す勇気はない。


「この世界が平和になるよう、私ができることを精一杯いたします」

 再び私は頭を下げた。

と、その時、


 バーーーーーンッッッ!!


 玉座の間の扉が大きな音を立てて荒々しく開かれた。

 私は下げていた頭を上げ、扉の方を振り向く。

 騎士が一人、慌てた様子で室内に飛び込んできた。


「団長!! 西岸地区で穢れ人が現れましたっ!!」

 

 その声に団長がすぐに反応した。

「わかった。団員は向かわせたか? 魔術士団に連絡は? 晴魔術士の手配は済んでいる か!」


 団長の前に立った騎士は緊張した面持ちで口を開く。

「はい! 付近を警戒していた初級騎士2名と中級騎士1名、及び晴魔術士1名のチームを既に向かわせております!」

「了解だ。だが万が一の場合を考慮し、もう数名向かわせよう」

 団長が団員たちに視線を移すと、団員たちの顔が引き締まり、緊張しているのが見て取れた。


「私、行きます!」

 

 その場にいた全員が私を一斉に見た。一様に驚きの表情だ。

 ただ一人だけはニヤリと笑っている。


「チホさま、本日はもうお休みください!! 無理をなさってはいけません!!」

 心配顔でセクリアさんが近寄ってきてくれる。


「ありがとうセクリアさん。だけど、私は穢れを浄化するためにこの世界に呼ばれたんです!」

 

 私の声が聞こえたのか団長が知らせを持ってきた騎士に

「西岸地区に現れた穢れ人は初めての者か! 再発の者か! どっちだ!!」

「初めての者との報告です!!」

 

 初の穢れ人。ならば軽度の可能性が大きい。

 私は騎士に駆け寄る。


「私を西岸地区に連れて行って!!」

「で、ですが……」

 騎士の目が完全に泳いでいる。


 私が『神子』であることは知っているだろう。しかし私が持つ力以外のことは何も知らない。

 能力が未知数の者を連れて行くことを躊躇うのは当然だ。足手まといになるかもしれないからだ。

 「連れて行きたくない」が本音であろう。


「安心しろ。俺が一緒に行く」

「カラ!!」


 騎士全員が「ええっ!!」と言わんばかりに目を見開いて驚いている。

「レイーニア副団長が自ら討伐に名乗りをあげられるなんて!?」

「しかも初の穢れ人ごときに!?」

「それに神子様とはいえ「女性」と行動を共にされるなんて!?」

 ざわめく騎士団員たち。

 

 そんな騎士たちの姿を全く気に留める事なく、カラは私に向かって叫んだ。

「もたもたすんな、行くぞ!!」

「了解っ!!」

 私は王と王妃に向かって素早く「敬礼」をすると、すぐさま身を翻しカラと共に玉座の間を飛び出した。

 

 二人の背中を見送りながら、王は小さく呟いた 。

「頼んだぞ神子。そして……カラ」

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アラフォー女警官、異世界転移し神子(みこ)にされる 三伊名 いつみ @emrose1977

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