第四話 PM16:40

「こちらフェア特典のふわふわチョコチップモンブランになります」


「わぁ、美味しそうですねー!」


 一見普通のモンブランですが、よく見れば全体的に少し膨らんでいるような? 横にはチョコチップの入った小皿が置かれており、モンブランに振りかけてみるとクリームの部分がわずかに沈みました。


「特別な製法で作ってるから、普通のモンブランよりクリームが柔らかいんだってさ」


「そうなんですか……あ、本当にふわふわしている!」


 これが無料で食べられる上に先輩と2人きりだなんて、私は夢でも見ているのでしょうか。

 入店当初は神経をピリピリ張りつめていた私ですが、さすがに持たなくなったので今はリラックスした状態です(正直なところ、食中毒とかはどうにもなりませんしね)。

 先輩の前には大量の空き皿。時々店員さんがお皿を下げてくれるのですが、それでも全く減る様子はありません。


「先輩……いつもこんなに食べているんですか?」


「まぁな。わりとがっつり食べるタイプだから」


 がっつりどころじゃない気もしますけど。というかそんだけ食べてなんで太らないのか、教えて欲しいです。

 そんな風に他愛のない話を少し続けた後、話題はサッカー部の話に移りました。


「そういえば、果実って運動神経良かったよな。選手になっても活躍できたと思うんだけど、なんでマネージャーを選んだんだ?」


「なんで、でしょうね……誰かを応援する方が好きだから?」


 本当の理由なんて言えませんよ。先輩に少しでも近づきたかったからなんて。それに2年も前の事なんて先輩も覚えてないですよね。




 今から2年前、まだ中学生だった私は説明会を受けるためにこの高校を訪れていました。説明会自体は特に問題もなく終わったのですが、校門を出た時にとんでもないことに気づいたのです。

 

「おばあちゃんのお守りがない!」


「え、お守りって、果実ちゃんが大切にしてたあの?」


「ちょっと取ってくる!」


 友達にそう言い残し、私は急いで学校の中に戻りました。まずは職員室に向かい、落とし物として届いていないか確認。しかしここにはありません。となればまだ校舎のどこかに落ちているはずです。

 先生の許可をもらい来た道を戻りながら探してみますが、1階、2階、3階にもありません。

 残るは4階のみ。ですが4階は最初の頃少し訪れただけで、お守りが落ちている可能性はほとんどありませんでした。


(おばあちゃんがくれた大切なお守りなのに……)


 小学校の入学祝にもらったものなのですっかりボロボロになっていましたが、それでも私にとってはかけがえのない思い出の品です。それがこんなところでなくなってしまうなんて。当時から2つの力で友達の不幸を回避していた私でしたが、私のものであるはずの能力は無情にも何も教えてくれませんでした。

 もしこのまま見つからなかったら? ゴミとして捨てられてしまっていたら? 悲観的な考えがどんどん大きくなってきて、涙として零れかけたその時。


「あ、いたいた。もしかして君が探しているのってこれ?」


 いつの間にか、目の前にYシャツ姿の男の人が立っていました。こちらに差し出された手のひらに乗っているのはたしかに私のお守りです。


「あ、ありがとうございます! でもこれってどこで……」


「あぁ、3階の教室で見つけて職員室に届けに行ったんだけどさ。少し前にそれっぽいのを探してる女の子が来たって聞いたんだよね。まだ校内で探してるかもって言われたから、届けに来た」


「それだけ……で……?」


 そのまま忘れ物として職員室に置いて帰ればいいのに、わざわざ校内をめぐって顔も知らない相手に忘れ物を届けるなんて。


「自分で言うのも不審者みたいだよな。けどさ」


 私の疑問を感じたのか、彼は照れ臭そうに笑いながら答えます。


 「すごい必死そうな顔をしてたって聞いたから。大切な物なんだったら、少しでも早く返してやりたいなって」



 それから半年が経ち、私は念願かなってこの高校に入学しました。

部活動説明会であの時の先輩がサッカー部に所属しているのを知り、私はサッカー部のマネージャーになる事に決めたのです。

 先輩がお守りを届けてくれたように、今度は私が先輩の力になりたいと思って。


「ちょっと長居しすぎたかな。そろそろ行くか」


「はい!」


 会計をすませて外に出ると、いつの間にか小雨が降りだしていました。傘がないと歩けないというほどではありませんが、家に帰るころにはびしょ濡れになってしまいそうです。


「参ったな。天気予報だと一日晴れだったんだけど」


 と、先輩は何かを思い出したかのようにカバンの中に手を突っ込みました。


「たしか……あった!」


 出てきたのは黒い折り畳み傘でした。


「2人だとちょっと狭いけど、まぁないよりはましか」


 2人、ということは……。


(あ、相合傘だ――‼)


 いやいやいやいや、先輩は絶対そんなこと意識してませんけどこっちからしてみればどこをどう見ても相合傘なわけで! あーもう顔がにやけちゃう!


「それじゃ暗くなる前に帰るか。たしか家ってあっちの方だったよな。そこまで送っていくよ」


「え⁉ い、いえ大丈夫……いえ全然歓迎なんですけど、むしろ先輩の家まで送らせてください! というか送りますよ!」


 私の家まで送ってもらったら先輩は1人で帰る事になってしまいます。それだけは絶対に阻止しなければ。


「後輩からの頼みだと思ってどうか!」


「お、おう。それじゃあお言葉に甘えさせてもらおうかな」


 はぁ……。若干先輩を引かせてしまった気はしますが、とりあえず何とかなったようです。あとは不幸を阻止する事に全力を注げば私の任務は終わりです!


「なんか、部活やってた時より主張が強くなったよな」


「うう、ごめんなさい……」


「いや、そっちの方が俺は好きだな。変に先輩って事で気を遣われるより、そっちのほうが楽でいい」


 駅前から離れ住宅地に入ると、一気に辺りが静かになります。それはまるで世界に先輩と私しかいないようで。


(それにしても先輩って本当に背が高いよな…………ん?)


 ふと遠くで何かが聞こえた気がしました。普段だったら気にも留めないような音。ですが、今の私は全神経を集中させている状態、ゆえにその音が聞き取れたのです。


「やっぱ果実はそっちの方がいいよ。その明るい性格に結構救われたっていうか……」


 先輩と私は丁字路の交差点に差し掛かろうとしていました。道の両脇は背の高いブロック塀になっており左右の様子は少し顔を出さないと分かりません。そして私たちの正面には、出会いがしらの事故を防ぐためなのかカーブミラーが2つ設置されており、左右の道の様子が映し出されていました。

 向かって右側、先輩のいる方向から、シャーッと音を立てて水を跳ね飛ばしながら自転車が走ってくるのが見えます。

 先輩は? まだ気づいていません。傘が邪魔をして、正面のカーブミラーが見えていないのです。


「先輩っ」


 先輩が角から出ようとした瞬間、その腕を掴んでその場に引き留めます。次の瞬間、そのすぐ前を自転車がすごい勢いで通過していきました。もし先輩がそのまま進んでいれば接触は免れなかったでしょう。


(よ、よかった……!)


 これが先輩の身に起こるはずだった不幸……。もし気づくのが少しでも遅れていれば、と考えるだけで血の気が引きます。


「……果実」


 ……は! 私の手は先輩の腕、というか手首の部分をがっつり掴んでしまっています。いきおいだったとは言え、とんでもないことをしてしまったような。


「すすすすみません! すぐ離しますので!」


「何謝ってるんだよ。自転車が来てるのを教えてくれたんだろ? ありがとな」


「そ、そんなありがとうだなんて私は当然の事をしただけというか」


 唐突に伸ばした手があったかくなりました。そこに目を向けると、先輩の手が私の手の上に乗っかっていて……。


「この状況、あの時のことを思い出すな」


「あの時? それって……」


 1つだけ心当たりがあります。

 サッカー部のマネージャーになってしばらくした頃、たまたま日下部先輩と廊下であったのです。新しく届いたビブスの管理のことで少し話をした後、今と同じように先輩は廊下の角を曲がろうとしました。

 その時、背中に痛みが走ったんです。私はとっさに先輩を引きとめ、結果として逆側から廊下を走ってきた他の人とぶつからずにすんだのでした。思えば、あれが先輩に対して予知能力が発動した最初の出来事だったと思います。


「果実はマネージャーとして俺ら1人1人のことをよく見ていてくれたよな。果実のおかげで怪我しなかったこととか何度もあって、最初は未来でも見えてるんじゃないかって思ってたんだよ」


「あ……あはは……(あながち間違いじゃないけど)」


「でも違った。お前は俺らにしっかり向き合ってくれていて、だから危ない場面にもいち早く気づけたんだと思う。お前がいてくれたおかげで、サッカー部は全力で練習ができたんだ」


 まさか憧れの先輩にそんなに褒めてもらえるなんて……!


「だから……いや、今は止めておこうか」


「え、今何か言いかけましたよね⁉ もっと褒めてくれてもいいんですよ⁉」


「あんま褒めるとすぐ調子に乗るからなー果実は。まぁ、卒業する時までのお楽しみってことで。ほらさっさと行くぞ」


「そんなー!」


 それから10分足らずで、私たちは先輩の家の前に到着しました。初めて見る先輩の家はやはり先輩の家らしく(?)ちょっと豪華な洋風建築でした。


「俺のわがままに付き合ってくれてありがとな。今日は楽しかったよ」


「私も本当に楽しかったです! また機会があればぜひ誘ってください」


「おう。傘は貸すから、また学校で会う時に持ってきてくれ」


 玄関で見送ってくれている先輩に大きく手を振って、私は生垣に挟まれた門扉を開けます。まだ雨はしとしと降っていますが、今の私にとっては祝福のライスシャワー同然。先輩がいなければミュージカルよろしく歌って踊りだしたいところです。


(あれ?)


 道路に出ようとした直前、私の頭に小さな疑問が浮かびました。仮に私に予知能力がなかったとしても、先輩は私を誘ったはずです。そしてカフェに行き、スイーツを頼み……。


(あっ)


 もし私に予知能力がなければ先輩が私を送ると言った時、私は反対しなかったはずです。そうなればあの時間、さっきの丁字路に先輩はいなかった。自転車とぶつかりそうになることもなかったのです。

 本当は先輩が私を送る帰り道で起きるはずだった不幸が運命の強制力でずれた? いえ、それはあり得ない事です。消失セシ定メノ鎖バニシング・ファタムロックは私の行動によって運命を変化させ、それによって本来生じるはずの運命の強制力ごと降りかかる不幸を消す能力。私の行動によって運命が変わったのなら、先輩があそこで怪我しそうになる道理がありません。

 ということはあれはただの偶然? 何か重要な事を、私は見逃している気がします。

 私の予知する不幸は、きわめて曖昧な物です。そして不幸というのは、

 


「果実‼」


 不意に先輩の声が思考に割り込みます。その今まで聞いた事のない切羽詰まった声に私は振り返ろうとして、そこで初めて自分の横の光に気づきました。

 

(あぁ、そうか。これが――先輩の不幸だったのか)


 それがこちらに迫ってくるトラックのライトだと気づいた時には全てが遅すぎました。薄れていく視界の中で、こちらに駆け寄ってくる先輩が見えます。


(先輩、ごめんなさい……)


 視界が暗転する直前、最期に見えたのは先輩の泣きそうな顔でした。

 



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異能少女・西鶴果実のとある1日 白木錘角 @subtlemea2

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