半官贔屓

南無阿彌 まみむ

第1話

一瀬いちのせすずかは、目を疑った。


彼氏の和樹と友達の摩沙美まさみが仲良く手を繋ぎ、ラブホテルに入って行くのを目撃したからだ。


“…嘘…人違いでしょ”


何度もそう呟いていた。でもそれはすぐに絶望に変わった。


男の見慣れた右目尻のほくろが赤く照れていた。女は下を向きながらもレイヤーカットの、ふわりとした髪が、切れ長の目元を優しく包みこんでいる。通いなれた美容室で、トレンドを意識した自慢の髪型だ。ショックだった。


“私と和樹が付き合ってるのを摩沙美は知ってるはずなのに…”


惨めだった。何も手につかず、とりあえずファミレスに入った。


「コーヒーください」


フロアスタッフが席に来ると同時に言った。


「あの ドリンクバーにしてください」


と言い直す。ほんとにしみっ垂れた自分にも呆れる。なぜか冷静な自分もいた。


ーいつからだろう。


そういえば…2ヶ月ほど前、実家の親の看病で1週間程帰省してた時かしら…2人の態度に異変が起きたのは…。

変によそよそしく、ソワソワして、LINEも私の前では返さなくなったし…。


“きっとそうだわ”


2時間後…二人は肩を抱き合いホテルから出てきた。正面からはっきりと二人を確認できた。


私は急いでアパートに戻り、平静を装おっていた。


しばらくすると、和樹は静かにドアを開け「ただいま」と小さな声で入ってきた。


「 お帰りぃ どこ行ってたの?LINE見た?」


和樹は目を伏せ気味で、キョロキョロしながら返事をする。


「ああ マンションに住みたくて決めてきたんだ」


「マンション?…高くない?」


「安い物件があるんだ。俺の給料じゃ無理だから。風呂…入るけどいい?」


「大丈夫よ。今日は和樹の好きなハンバーグにしたからね」


「おーサンキュー」


そんな時間なんかない。コンビニで冷凍のハンバーグを買い、冷蔵庫にある付け合わせのレタスとポテトを添えただけだ


和樹は高校の頃から付き合っていて、大手自動車メーカーに勤務している。私は薬剤師で、摩沙美は同じ病院の事務をしていた。話しやすく、同年齢で仲良くなるのに時間はかからなかった。


“今日はスマホをテーブルに置いてる。いつもは風呂場に持って行くのに”


摩沙美とのLINEの履歴は削除していた。



「私がパンフレットを貰ってきたマンションでしょ?」


お風呂上がりの和樹に聞いた。


「そうだよ。いいマンションだったよ」


“あのマンションは…築2年程…”


「でも…あのマン…」


「なんだよ。住みたくないの?」


「うふふ、そんなわけないでしょ!」


二人はそれからも関係は続いていた。友達と街に行ったときにも、ラブホに入るのを見てしまったのだ。


「別れた方がいいよ。略奪するってウワサは本当だったのね。絶対別れなよ。」


泣き出しそうになる私に、友達も共感して憤っていた。


そんなに簡単には行かないわよ…か細い声で呟いていた。


私は友達の家に泊まったりして、アパートにはたまにしか、帰らなくなっていた。


日曜日の夕方、立ち寄った本屋から出た途端、大粒の雨が降りだした。アパートも近いし、傘をとりに行くついでに、荷物も持って来ようと、久々にアパートに寄った。


“摩沙美が来てる”


甲高い笑い声と赤いヒールが私を嘲笑ってるようだった。


「だれー?」


勢いよく飛び出しフラフラと雨の中を彷徨っていた。もう終わったのだ。


「大丈夫?」


傘をさしてくれたのは、インターンの白井君だった。


「変なとこ見られちゃった」


と明るく笑おうとする私は、口元がひきつって逆に嗚咽してしまった。


白井君の家は近くだった。風邪を引くからと遠慮なくシャワーを借りた。白井君は開業医の息子さんで、優しく好青年だった。

白井君の貸してくれたトレーナーを着てるせいか、急に恥ずかしくなってきた。


「良かったら…話して?」


シャワーを借りた手前、話すしかなくなってしまった。

まさか、好意を持っていた白井君と偶然会うなんて…。


「結局、浮気されるのは私の魅力が欠けてるわけで惨めよね。」


私は明るく努めた。


「悔しくないの?SNSにあげようか?」


「冗談はやめて。とにかく、振られる前に先に振らなきゃとは思ってるから。」


白井君にも後押しされ別れる決心をした。



LINEが入った。


〔和樹 今から会える?駅前のファミレス。大丈夫?〕


すずかだ。俺はすぐに車で約束の場所に向かった。(今日はハッキリ言おう)と思っていた。


いつもの奥の席で、すずかは小さく手を振った。


「ごめんね、急に呼び出して」


しばらく見ない間に大人っぽく、垢抜けて見えた。スリムになったからかな…顔が小さく別人のようだ。


小さなダイヤのネックレスが、よく似合っていた。

“よく見るといい女だ…”


ホールスタッフが注文を聞き終えると、すずかはすぐに話を切り出した。


「私ね…もう…これ以上付き合えないの。アパート借りたから出てくね…」


僕は先に言われ面食らった。


「知ってるよ摩沙美のこと。何度も…ホテルに行ったでしょ…見てるから!」


すずかは怒りを殺しながら…時折俺を見つめる目はキツく、ドキッとしたが、やがて俺も開きなおった。


「そうだよ。俺達マンションに引っ越すよ。ついつい言いそびれて…ごめん。」


ちょうどそこへ摩沙美がやってきた。男と。


「あれ和樹なんでいるの?」


「俺達 別れることにしたんだ。お前も謝れよ。一応さ…」


「摩沙美…和樹と仲良くね…和樹…あげるから」

そこまで言うと、すずかは両手で顔を覆った。


摩沙美は切り出されて慌てていた。


「あ ごめん 急になんでこんな話になってるの。 私は和樹とはその…白井君と今日その…その話はまた…」


支離滅裂で自分でも整理がついていないようだった。


すると男が口を挟んできた。


「摩沙美さん。君は友達の彼氏を奪った上に、僕にも声をかけるなんて信じられないよ。」


摩沙美は、放心したように目を見開いたまま動かない。


「僕と、結婚を前提に付き合って下さい」


男は、頭を深々と下げていた。

突然のプロポーズに、すずかは赤くなっていた。


「という訳で失礼するよ。」

「…さよなら。荷物は明日の夜とりに行くから」


男はすずかを支えるようにして連れ去った。


“この男は俺たちの前でプロポーズをした。きっと、摩沙美にも曖昧な態度をしたんだろう…そして今日…精一杯の仕返しをした。なかなかの男じゃねぇか”


と僕はふて腐れながらも二人を見送った。


僕らはとりあえずマンションもあるし、今までの関係を続けた。



「今日、僕の科に摩沙美さんが診察に来たよ。」


「まあ…どういうこと?」


「幽霊が出るんだとさ、マンションに。和樹君のローン癖がひどくてノイローゼになったのかな?…変にもなるよね」


「まあ。それは、お気の毒ね。」


私はずっと憧れた白井君と結婚して、医師の妻の座についていた。


和樹の愛の深さに疑問を感じていた…


『浮気してくれそうな女』


を探していた時に摩沙美と出会った。


その時から恋が故意に変わった。


『弱者に同情するように』

働きかけた。


そして…一度は愛した男の浮気…(自分で仕向けたとはいえ)やはり悔しかった。


『事故物件マンション』を隠していたこと。


源義経様…ごめんなさい。


私は同情心を悪用しました。


でも、このことは決して口外などしません。墓場まで持って行くつもりです。


お許しくださいね。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半官贔屓 南無阿彌 まみむ @sizukagozen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ