第2話 さらば、我が仲間達よ。

 気になる一言を残して、ローラは部屋を出ていった。

 すると、すれ違いざまにもう一人の少女が部屋へと足を踏み入れる。

 黒いローブを纏ったショートカットの彼女は『魔術師』。

 普段からツンツンとしている彼女とアルトは、喧嘩ばかりを繰り返していた。

 しかし。喧嘩相手のアルトがようやくいなくなってくれるというのに、彼女の目は悲しげに伏せられていた。


「なんだよセラ。笑いにきたのか?」


 どう見てもそんな様子じゃないとわかってはいたが、かける言葉が見つからずにそう言い放つアルト。

 だが。セラと呼ばれた少女のまぶたからポロポロと涙が溢れ出すと、アルトは慌てて立ち上がり駆け寄り、肩を支えた。

 すると、セラはアルトの胸にすがるように身体を寄せた。


「バカ、なんで言わないのよ」


 声を震わせて言うセラに、アルトは困惑する。

 『なんで言わないのよ』の意味が『パーティーから出ていくこと』についてのことだと察して、アルトは謝罪した。


「す、すまん。急に決まったことだからつい」


「つい、じゃないわよっ……!

 今まで一緒に旅をしてきたのに、突然出ていくなんて。

 しかも、あたしより先にローラと会って……ん?

 ……すんすん」


 急に鼻で匂いを嗅ぐような真似をして、セラが顔をしかめた。


「全身からローラの匂いがする!

 あんた、さっきまでローラと何してたの!?」


「なっ、何もしてねぇよ。

 なんでお前がそんなこと気にするんだ?」


「そ、それは……うぅ……なんでって、決まってるでしょ、バカ……!

 ああ、もう……最後なんだから、いっか」


「??」


「あたしさ、あんたのこと好き」


「なっ!?」


 突然の告白に、アルトは素っ頓狂な声をあげてしまう。

 冗談かと疑うが、アルトに抱きつきながら顔をあげるセラの恥ずかしそうな顔には冗談の色などどこにもなかった。


「あたしが前に所属していたパーティーがドラゴンに襲われて壊滅したとき。

 あんたが駆けつけてくれて、ドラゴンを追っ払ってくれた。

 なんだっけ、あの……」


「……ああ、クローゼット・オープン・マッスルパンチか」


「ううん、違う、そっちじゃなくて……」


「タンスキックのほうか」


「そう、その変な必殺技。

 あのときあんたが来てくれて、ドラゴンを撃退して、ローラのことも呼んでくれたから、あたしは今でも生きていられる。

 でも前のパーティーが壊滅するなりすぐリュークのパーティーに移るなんて、皆に悪くて。

 後ろめたい気持ちがわいて、素直になれなかった。だから酷いことを言って、喧嘩もしちゃった」


「……わかるさ。だが、俺も本気で喧嘩してたわけじゃない」


「嬉しかった。あたしが勝手なワガママを言うと『それは間違ってる』ってちゃんと言ってくれて」


「仲間だからな」


「うん、そう。あたしとアルトは仲間。だから何度も喧嘩したし、何度も仲直りできた。

 でも……それも今日で終わりなんだよね」


 涙をこぼして、セラが言う。

 だが、アルトは首を横に振った。


「仲間はいつだって仲間だ。パーティーから抜けようが、それは変わらない」


「そう……だよね。

 二度と会えなくなるわけじゃ、ないんだよね」


「ああ……」


 静かに涙を流すセラを抱き寄せて、アルトは沈黙した。

 しばらくして、セラは部屋を出ていく。

 最後にまだ何かを言いたそうに振り返ったが、アルトは「またな」とだけ告げた。


 部屋からアルト以外に誰もいなくなると、静かな空間が戻ってきた。

 すると、再び何の足音も鳴らさずに女神が現れた。


「ふふ、むふふ。

 なんだよぉーイチャイチャしてくれちゃってさぁ。

 ダメダメな奴かと思いきや、意外と人望厚い奴なんだなぁ、キミ」


 ぷぷぷと口元を両手で押さえながら、女神は言う。


「覗き見なんて趣味が悪いっすよ」


「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないんだし。

 で、どうだった。

 気づけたかな、キミの本当の才能に」


「え?」


「はぁ、鈍いなぁキミって奴ァ。

 キミは彼女達から『大切なもの』を引き出していたんだよ。

 ローラって娘からは『治療の才能』を。セラって娘からは『恋の感情』をね」


「才能……感情……?」


「そう。これこそがキミの本当の能力、『引き出し』の才能。

 他人の心に宿る、感情や才能を引き出す力なんだ」


「引き出しの才能……俺に、そんな能力が?」


「いくらキミが鈍感とはいえ、身体は才能に気づいていたようだね。

 知らずの内に人を助け、他人の心に眠る大切なものを引き出していた――。

 本来なら女神がこうして人の前に姿を現すのはタブーなんだけど、キミがあんまりにもワケのわからないことをしてたからつい顔出しちゃったよ。

 でも、余計なお世話だったみたいだね」


「いえ。女神様のおかげで俺は、ようやく自分の本当の力に気がつけた。

 いったい今まで何をしていたんだ。この力にもっと早く気がついていれば――」


 と、言いかけて再び女神が姿を消した。

 部屋のドアが開かれたので隠れたらしい。

 入ってきたのはリュークだった。


「アルト、実を言うとお前を脱退させるのにも理由がある。

 実を言うと僕もじきにパーティーを抜けて実家に帰らないといけないんだ。

 ただ、その言い出しにくくてな。あんな形の切り出し方になってしまったのは申し訳ない」


「そうだったのか……まあ、いきなり解散と言っても皆困惑するしな。自然解散の流れのほうが、たしかに良いかもしれないなぁ」


「お前の謎行動に疑問と呆れを抱いていたのは事実だがな」


「え?」


「ま、こんな形にはなっちまったけど、元気でやれよ。

 だがいきなり職なしというのは辛いだろう。そんなお前に良い話があってな。

 実は知り合いが運営している孤児院で人が足りないという話を聞いた。

 お前は昔から、不器用ながらも人助けに情熱を抱く男だ。これは良い機会だと思って、お前を推薦しておいた」


「ふむふむ……って、なにぃ!?

 孤児院って、俺は孤児になるのか!?」


「なぜそうなる。お前は運営側で孤児をサポートする立場になるんだよ」


「あ、そっちか」


「そっち以外にないだろ。

 寄付金で成り立っている施設だから決して金銭的な待遇の良い場所じゃあない。

 だから行く行かないの判断はお前に任せるが……どうする?」


 アルトはこれまでの話を聞いて、う~んと唸った。

 なるほど、ローラが孤児院がどうこう言っていたのはリュークが勝手に話を進めていたせいか。

 孤児院。今まであまり接点のない場所ではあったが、行き場を失ったアルトにとってはピッタリの場所に思えた。

 それに、アルトには『引き出し』の力がある。

 今の自分と同じ行き場のない子どもたちを支援するにおいて、これほど適した才能は他にないんじゃなかろうか。

 思って、アルトは一人小さく頷いた。


「行くよ」


 アルトが言うと、リュークも頷いた。

 荷物をまとめたアルトはリュークに渡された地図を頼りに、孤児院を目指す。

 やがて教会と一体にして造られた孤児院にたどり着くと、アルトは息を呑み、新たな世界へと足を踏み入れるのであった――。


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『引き出し』スキルの正しい使い方は、他人の才能や魅力を『引き出す』ことだったようです。でもタンス開け用のスキルだと勘違いしていたので追い出されます。仕方ないので『孤児院』で新しい人生を謳歌します。 江多利益男 @kitakarakita

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