『引き出し』スキルの正しい使い方は、他人の才能や魅力を『引き出す』ことだったようです。でもタンス開け用のスキルだと勘違いしていたので追い出されます。仕方ないので『孤児院』で新しい人生を謳歌します。
江多利益男
第1話 引き出しのことなら俺に任せろ!
「うおおおおおおおお」
雄叫びをあげながら、宿屋の一室に配置されたタンスやらクローゼットやらを開けまくる、おかしな男がいた。
狂気じみた勢いと速度で引き出しを開けまくる男を、別の男がベッドの上に腰を下ろしながら眺めている。
「なあ、アルト」
「どうしたリューク、引き出しのことなら俺に任せろ!」
「お前、もう出てけよ」
「えっ」
突然の言葉に、アルトと呼ばれた男は顔面を蒼白させた。
わなわなと震える手を押さえ、アルトは振り向き、しかしこれ以上立てぬというように、地面へと崩れ落ちる。
恐れていたことが起きた。
わかっていた。気づいてはいた。
だが。絶望の面持ちで、アルトはリュークを見た。
「俺はもう、用済みってことかよ……!?」
「用済みというか、なんだろうな。
用を済ませてもらってすら、ないんだよな。
俺達が戦ってる間もずっと袋を開けては閉じたりを繰り返してるし、町に入るなり民家に不法侵入して色々なもんかっぱらって騒動になるし。
アルト、お前いったい何がしたいんだ」
「だって……それが俺の"スキル"なんだからどうしようもないだろっ……!」
「まあ、これ以上お前の面倒を見るのはごめんだ。
宿代は払っておくから、その間に荷物まとめて出ていってくれ。
気まずいだろうから、僕は荷物をまとめ終えるまで他のメンバーの部屋にいる。
皆への説明は済ませておくから、後で別れの挨拶しとけよ」
それは解雇通知。
これ以上、このパーティーにはいられないという宣言。
お前は不要だという通告であり、アルトという存在の否定でもあった。
リュークはそう言って、部屋を出た。
残されたアルトは、屈辱と悲しみの涙を溢れさせ、おいおいとベッドの上にある枕に顔を押し付けて泣いた。
わかってはいたとも。
自分が明らかに役に立っていないということ。
自分が明らかにスキルをうまく使えていないということ。
だが、認めたくなかった。現実逃避をしていた。
しかし。ついにその現実を直視しなければならない時が来たのだ。
これからどうすればいいのだろう。
パーティーから追放され、孤独になり、スキルもまともに使えない自分がどうやって生きていけばいいのか。
不安が胸を締め付けてどうしようもなくなったときに、突然声がした。
「あのさぁ……」
不思議だった。
リュークが部屋を出て、扉を閉めてから、扉の開く音は聞こえていない。
音に敏感なアルトならば部屋に誰かが入れば気づくはずだった。
なのに、声がする。
それも女の子の声だった。
「な、なんだお前は!?」
枕から顔を離して声の方を見ると、そこには少女が立っていた。
見たことのない高貴さと神秘さを兼ね備えたような不思議な衣装の女の子だった。
「なんだろ、ほんとーになんだろ。
いや初めてだよ。キミみたいなとんでもない人。
普通スキルの使い方って生まれつき何となく理解してるはずなんだけどさ。
キミすごいよ。ほんとーにすごい」
「え、ありがとう」
「いや、褒めてないから」
「なんだお前、敵か?」
突然睨みつけるアルトに、少女は両手を前にして、驚愕の表情を浮かべた。
「キミの頭の中には敵か味方かしかないの!?
っていうかキミ、言葉遣いに気をつけること。
こう見えてもボクは女神なんだからね。
女神ってわかる? とっても偉くてすごい、この世界の神様だよ?」
えへんと小柄な体型には似合わない、大きな胸を張って少女は言った。
その言葉に、アルトは目を丸くする。
「め、女神……様!?
そんな馬鹿な……いや、でもたしかに突然部屋の中に現れたし……でも、女神様がいったい俺に何の用で?」
「わからないかなぁ。キミのスキルだよ、スキル。
キミ、スキルって何か知ってる? 知ってるよね、学校で習うもんね」
人差し指をぴしっと上げて、女神は言った。
アルトはあごに手をあて、うーんと記憶を辿る。
「えーっと……スキルってのは神様が与えてくれる不思議な力で、その人の持つ唯一無二の才能で……それがどうかしたんすか?」
「そう、才能。
キミに限らずね、全ての人間には必ず一つの才能が与えられてるんだ。
で、人は生まれながらに、なんとなーくだけどその才能を自覚している。
だから剣技のスキルを持つ人は自ずと剣士を目指し、魔術のスキルを持つ人は自然と魔術師になろうとする。それが世界の理なんだ」
生徒に説く教師のように語る女神にあわせて、アルトは頷きを返した。
そう、スキルというのは全ての人に一つだけ与えられる固有の才能。
人は己のスキルに導かれるように、自然と才能に恵まれた道を歩むのだという。
「うんうん、そうっすよね。
だから俺は『引き出し師』として毎日色々なクローゼットを開けまくってたわけですけど……うう、なんでクビになったんだ……」
と、アルトが言ったタイミングで、女神はジトっとした目でアルトを睨みつける。
「それだよ、それ。
なにさ『引き出し師』って。そんな職業どこにもないんだけど」
「え?」
突然の言葉に、アルトは口をぽかりと開いた。
間抜けな顔をして硬直するアルトに、女神は呆れた顔で言う。
「あのリュークとかいう人も、お人好しがすぎるよね。
自称『引き出し師』とかいう目についた箱やクローゼット開けまくるヤバい奴を一年近くパーティーに置いてたんだもん。
見ていてキーッ!ってなったよ。ツッコミ不在の漫才を見せられてる気分だったね、ぶっちゃけ」
「ど、どういうことっすか?」
「キミの才能は『引き出しを開ける才能』なんかじゃない、ってコト。
ってかなにさ、その才能。
それがどんな場面で、どういう風に役に立つ才能だと思ってたのさ」
「え、ほら。今すぐに家を出ていかないときにすぐ服を取り出したり……」
「だったら早く起きなよ」
「突然強盗が押し入ってきたときに、すかさずクローゼットを開いて中に隠れたり」
「そのシチュエーションに遭遇したことないでしょ!」
「毎日引き出しを開けることで得た筋力でスライムを粉砕したり……」
「それは副産物だよね!?」
「野生のゴブリンをクローゼットに閉じ込めて魔物商人に売りつけたり……」
「新しい使い方を開発してる!?」
わけのわからないことを言うアルトに、女神はまいった様子で額に手を当て、ため息を吐いた。
他方のアルトは自分の両手を見つめ、自分のこれまでの認識が間違っていたという事実を受け入れられない様子で、震えていた。
「でも確かに、どこかしっくりしなかった……。
クローゼットを開ける度に、心の奥底にいるもうひとりの俺が『なにやってんだよ』と小さく囁いていた……」
「もうひとりの俺くん、小さく囁いてないで大声出すべきだよ……」
「――だが、違ったんだな。間違っていたんだな、俺は。
なあ、教えてくれ女神様。
いったい俺の本当の才能はなんだったんだ?」
両手を見つめていた顔を上げて、女神を見ようとしたアルト。
だが、顔を上げるとさっきまで立っていた女神の姿は消えていた。
キョロキョロと周囲を見回すアルト。
すると、突然こんこんとノックの音が鳴った。
「アルト、入るね」
声の主は同じパーティーメンバーの仲間であり『療術師』を務めている女性ローラだった。
急な来客に困惑しながらも、アルトはベッドに腰を下ろし、隣にローラも座った。
金髪の彼女は誰の目にも明らかな美女で、長いあいだ旅を共にして慣れたはずのアルトであっても隣に座られると緊張してしまうほどだった。
「出ていっちゃうって本当なの?」
「……なんだよ、リュークから聞いたのか?」
「うん。アルトが出ていくから、挨拶をしとけって」
「別にいいだろ、挨拶なんて……どうせ俺なんて」
言いかけたとき、アルトは言葉を呑んだ。
口を動かそうとしても、驚きによって喉が動かなかった。
突然、隣にいたローラが抱きついたのだ。
ワケがわからず、アルトは困惑のあまり固まってしまう。
ローラの花のような香りが全身を包んで、彼女の柔らかい肌の感触がアルトを覆う。
彼女の大きな双丘もむにっと腕に押し付けられたわけだが、しかし鼻を伸ばしている余裕などなかった。
彼女が泣いていたからだ。
「アルトとはじめて出会ったとき、嬉しかった。
手を怪我して、治療の役目もこなせないでいた馬鹿な私を魔物から守ってくれて。
宿屋についても私のために引き出しを開けてくれて私が叱られても庇ってくれた」
「あれは……当たり前のことをしただけだ。
別に俺じゃなくたって、同じことをしたさ」
「でも、私にそうしてくれたのはアルトだよ」
「そりゃ……そうだけど」
「あの時からもっと強くなろう、二度と迷惑かけないよう立派になろうって思って。
そのためだけに頑張ってきた。だから、魔物を目の前にしても怯えず、役割を果たせるだけの療術師になれた……全部アルトのおかげ」
「お前の才能だ。俺は何もしちゃいない」
「ふふっ……相変わらずだね、アルトは。
でもそこが貴方の優しくて、素敵なところ……」
ローラは名残惜しそうにそっと身体を離して、立ち上がる。
「あの子も待ってるだろうから、これで終わり。
本当はもっと一緒にいたいけど……余計に悲しくなっちゃうから」
「……ああ」
「アルト……孤児院に行っても、頑張ってね」
「ああ…………ん?」
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