第15話 鳴動する央原、紅玉は皇帝を失う

「うーん」


「どうなされましたか、陛下」


「余なー。ちょっとこう、これはいかんと思うんだよなー」


 紅玉皇帝は玉座に座す。

 頬杖を突きながら、そんなことを呟いた。


 紅玉の国は強大。

 いかに瑪瑙の国が飛ぶ鳥落とす勢いだとしても、この国に勝ることはあるまい。

 それが、永い時を皇帝として生きてきた彼には分かる。


 はるか遠い星の彼方から降り立ち、この地に文明をもたらした後、人間たちを率いてきた。

 今回は三つの大国が並び立ち、これは勝負が拮抗する……と思ったのだが。


「やれやれ、翡翠が真っ先に脱落しかけているとは。余はこういうの面白くないからよくないと思うんだよね」


「陛下……?」


「じゃあ、やっぱり翡翠だろうなあ。あえて国力が一番低いところが余をゲットするような事態を招いたほうが……。というか、翡翠があそこで敗れるのはなんでなのだ? 状況をおかしくした誰かがいないか?」


 紅玉皇帝、鋭い。

 下から送られてくる報告を目にし、この戦争に介在する何者かの存在を感じ取ったのである。

 何者かというのは、言わずと知れたクラウドである。


「へ、陛下ーっ!!」


「こら、無礼であろう!!」


 皇帝の間に駆け込んできた将軍。

 大臣に一喝されるが、「しかし、とんでもない事態なのです!」と声を張り上げる。


「良い。申してみよ」


 紅玉皇帝は、こりゃただ事ではないぞと察した。

 発言を促すと……。


「りょ……緑青が攻め落とされました! 一晩で……!」


「なんだと!?」


「瑪瑙に属する武侠、クラウドと名乗るものが……!」


「クラウド? それは央原の名ではないな。もしや他の監察官たちの連絡を傍受した時に聞こえた、異世界からの転移者か。それにしても、一人で戦況を変えるほどの実力者とは。面白い。西方の監察官たちを手玉に取った魔剣使いに匹敵するやも知れんな」


 誰一人として、皇帝が口にする真意を理解できない。

 まして、この皇帝が国を捨てて翡翠に移動しようとしていることなど、想像できようはずもなかった。


「さて、ここからは……翡翠をこっそり底上げして、そこに余を奪取させて……そうだな、玉璽を流出させて翡翠に持たせるか。そうだな、それがいい」


 さすがにこれは聞こえぬように、皇帝はぶつぶつ呟いた。

 そしてニヤリと笑う。


「よし、今回はこれで行こう」


 皇帝は趣味人であった。

 その点、央原を騒がせる黒衣の男と似たもの同士なのだ。




「げえっ、玉璽流出!!」


「どうした鈴玉。年頃の娘が『げえっ』はどうかと思う」


「そうも言いたくなるわよクラウド」


 髪を頭の両脇でお団子状にした娘、真顔である。

 今ではクラウドの幕僚たる魔法使いとして、それなりの地位を得ている彼女。

 地位とともに、あのクラウドの幕僚として、悪名も得ている。


「玉璽が流出したということがどういうことだか分かる?」


「?」


 クラウドがきょとんとした。

 全く理解してない。

 隣でジョカも、理解していない顔をした。こっちは仕方ない。


「そこの黒いのはともかく、ジョカに教えてあげるわね」


「うむ、くるしゅうないー」


「玉璽はね、皇帝の正統性を保証するものなの。玉璽があるから、皇帝が言うことに意味があるし力を持つのよ。それが無くなったっていうことは、紅玉は……」


「皇帝がおってもあんまり意味がなくなったのじゃなー?」


「そういうこと!」


「でも、皇帝はおるのにぎょくじー? がないとなんで意味がないのじゃー?」


「そこは変なとこなんだけどねー。玉璽っていうのは立派なハンコね。これがとにかく、皇帝が皇帝だーっていう証明なのね。これを持ってる人が皇帝だって、一番最初の皇帝が決めたんだって」


 言わずと知れた、星の外からやって来た皇帝である。

 それが代々全員同一人物である、ということなど誰も知らない。

 そして、玉璽のシステムは彼が、央原にわざと波乱をもたらすために決めたのだ……ということも誰も知らない。


「これはダメよ。この間クラウドが、カッとなって緑青滅ぼしたでしょ」


「滅ぼしてないぞ。あそこの王族を城ごとデッドエンドシュートしただけだ……」


「緑青の正統の血筋がそこで断絶してるの! で、あそこは瑪瑙の土地になったけど、紅玉がそれは許さんってことでもう戦争状態じゃない」


「そうだったっけ……?」


 クラウド、世の大局をたまにチェックしていない。

 どこが軍師であろうか。


 今も、伐と楊とテーブルを囲み、双六などしているではないか。

 横に積み上げてある焼き菓子を賭けて勝負しているらしい。


「ほんと、気楽よねあんたたち。一応瑪瑙でも最強と言われている派閥なんだからね? 舜将軍最強の手駒なんだからね?」


「ふっ、問題ない……」


「よし、これで俺は上がりだ」


 クラウドが格好をつけたところで、伐が一番で上がってしまった。


「あーっ」


「私も」


 楊も上がった。


「あーっ!! お、俺が……最下位……!!」


 頭を抱えて後ろに倒れていくクラウド。

 彼が積み上げた焼き菓子は、伐と楊によって全て奪われた。


 楊はそのうち半分をジョカに渡す。


「ありがとうなのじゃー!」


 ジョカはにこにこしながら、バリバリと焼き菓子を食べ始めた。


「おお……ジョカ様が喜んでくれていて何よりです。楊よくやった」


 楊は肩をすくめて去っていく。


「本当に緊張感が無いと言うか、大物と言うか……。ああ、私たちの将軍がやって来たみたい」


 外から、ずんずんという足音が聞こえる。

 兵士を伴って現れたのは、鈴玉の思った通り、舜将軍である。


「クラウド! 話は聞いているか!」


「無論だよ将軍」


「なぜ椅子ごと床に倒れているのだ」


「世の無常を嘆いていたのだ」


「そ……そうか。いつもどおりだということは理解した。ならば突然のことでも対応できよう! 良いか? 紅玉はこちらに軍を差し向けた。赤嶺せきれいにて、我が国と紅玉最大の合戦ぞ! 国力では紅玉に分がある。だがこちらには軍師がいる。なあクラウド」


「いかにも」


 転倒した体勢から、飛び起きるクラウド。


「これはつまり、赤壁の戦い的なシチュエーションだろう。ならば軍師である俺の出番だ! 伐、地図をくれ」


「うむ」


 手渡された大きな地図を持ち、双六を払い落としたクラウド。

 自分が負けた盤面を崩すことができて、ちょっと笑みが浮かぶ。

 人間が小さい。


「見給え諸君。紅玉は央原の中央部にある国家。それに対して赤嶺は、永江の流れる水の戦場。紅玉の連中はこの場での戦いに慣れておるまい。さらに、紅玉が吸収している小国はそれぞれ、力によって平定された者たち。向こうの気持ちは一つではない」


「ほう! 勝機はあると申すかクラウド!」


「無論。寡兵で大軍を破ってこそのロマン!」


「ロ、ロマン?」


「とりあえず長期戦になるだろう。紅玉軍に伐の力で疫病を流行らせておこうと思う。できるよな?」


「無論。病を運ぶ蟲も俺は飼いならしている」


 伐が笑った。

 ようやく自分らしい仕事がやって来たと考えているのだろう。

 こういう、外道な手を躊躇なく選択するクラウド。彼について間違いはなかったと思えるのだ。


「つまり、また船に乗るわけね? じゃあ私の専門じゃない。お任せ!」


 鈴玉が胸を叩いた。

 

「私はどうする」


「楊は船と船が隣接した時が勝負だ。虎となり、紅玉の船を一つ一つ落とせ!」


「御意」


「そして将軍、色々頼みたいものがあってな」


「ほう、なんだなんだ」


 クラウドとその一党の話を、頼もしげに聞いていた舜将軍。

 いきなり話を振られて目を白黒させた。


「船を幾つか用意してもらいたい。帆船がいいな」


「帆船? そんな風まかせの船など、戦力にはならぬぞ?」


「戦力にするのではない。こいつに油と薪を積んで飛ばし、燃やすのだ。つまり、風力式ミサイルだな」


「ミサイル……?」


「特大の火矢みたいなものでな。船一隻を火矢に見立てて向こうにぶつける」


「大胆な!! ……だが、そうであれば古い船で行けるな。なるほど、なるほど……」


「準備してくれ」


「任せろ! わっはっは! 軍師がいれば、紅玉にも一矢報いる事ができそうだ!」


 ご機嫌で、舜将軍は去っていった。


「さて、諸君。では戦いを始めよう。戦争は始まる前に勝負が決まっているものだ。寡兵で大軍を退けるために、今から動き出さね間に合わないぞ!」


 かくして、央原最大の合戦となる、赤嶺の戦いが始まるのである。

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熟練度カンストの魔剣使い~異世界を剣術スキルだけで一点突破する~ あけちともあき @nyankoteacher7

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