第14話 天空回廊にてガン=カタを披露すること

 突如、霧の中から黄金の球体が飛来する。

 クラウドはこれを、紅い銃の射撃で迎撃しつつ黒い銃で反撃する。

 球体は銃弾を弾きながら、不規則な軌道を描いて霧の中へと戻っていく。


「あれは何だ……!?」


 王子を守るように蟲を展開しつつ、伐が呟く。


すいという武器を知っているか? あれがハンゾウの得物だ。奴はあれを自由自在に操り、守ることも困難な攻撃を繰り出す暗殺の達人だ」


「なんと……!」


 傍らでは、楊が腕のみを虎に変化させ、霧の中から飛び来る何かを叩き落している。

 それらは床に落ちると、硬い音を立てた。

 投げ矢である。


「ふむ、こうもモヤがかかっているとみえぬのう」


 王子の横で、恐れるでもなく悠然と腕組みをして立っている童女が首をかしげた。

 ジョカは、その生まれからしてただの娘ではない。

 にんまり笑顔を作ると、クラウドに言う。


「どうじゃクラウド。わらわがモヤをこそっと晴らしてみようか」


「ジョカ様そのような事ができるので?」


「うむ。伐のわざをよく見ておるからの。どーれ」


 彼女は小さな指先で輪を作り、これをぷっくりとした唇に運んで頬を膨らませた。

 吐息が鋭く放たれ、指の輪を伝って甲高い笛の音になる。

 すると、虚空より突如、攻撃的な猛禽の鳴き声が響き渡る。


 白い首、赤い翼をした鷲に似た巨大な鳥が霧を突き破って出現し、大きくその翼を羽ばたかせたのだ。

 強烈な風が巻き起こる。


 周囲を覆っていた霧は、湯煙が変じたものである。

 これが国一つを覆っているわけだが、残らずこの巨鳥の羽ばたきによって払われてしまった。


「うむ、ごくろうじゃ!」


 ジョカが鳥に声をかけると、巨鳥はまた一声鳴き、大気に溶けるようにして消えていった。


「あ、あれは、あれは一体っ……」


 天宇が驚愕のあまり腰を抜かした。

 今まで年の近い童女だと思っていたものが、あのような異形の怪物を操る存在だと知ったのだから当然だろう。


「うむ、天宇はそのままでおるがよいぞ。クラウドがかたづけてしまうゆえな」


 その頭を撫でるジョカ。

 彼女の言葉通り、クラウドは悠然と回廊を歩みだす。


 既に、霧を払われた天空回廊は視界も良好。

 潜んでいたらしい刺客が、その姿をあらわにしていた。


「フゥーム……!」


 紅いマフラーの凶相、ハンゾウはあろうことか、天蓋に張り付いていた。

 そこでつま先だけを引っ掛けてぶら下がりながら、顎を撫でる。


「ギルドをやめたお前が再び仲間を作るとはな? デスブリンガーを裏切ったようにまたそいつらも裏切るつもりであろう。だがその心配はいらんぞ。霧が晴れたとは言え、天空回廊はこのハンゾウの庭。ここよりお前が生きて出ることは……無いッ!!」


 ブォンッ、と空気が唸りをあげた。

 否、いつからなのか、姿も判別できぬほどの高速で、黄金の錘が振り回されていたのだ。紐につながれ、重りとなる部分で遠心力を加えて敵を砕くこの武器は、速度が加わるほどにその危険性を増していく。


 さらに、灰色の衣装を身につけた刺客たちが押し寄せてくる。

 手にしているのは、投げ矢であったり投擲用の短刀であったり。


「クラウド、いかにするっ!」


「…………」


 伐と楊の視線を受けて、クラウドは肩をすくめた。


「こういう乱戦は、血が騒ぐよな。そうは思わないか?」


 笑いを交えてそう呟き、一歩進む。

 その脇から、柱の陰に潜んでいた刺客が飛び掛った。

 クラウドはそちらに見向きもしない。だが、既に砲口が刺客を捉えていた。


 黒と黄金の銃が火を吹く。

 それは寸前まで迫っていた刺客の頭を消し飛ばし、勢い余ってその死体は回廊の外へと投げ出されていった。


「そもそも、ガン=カタとは一対多での戦闘を目的とした最強の戦闘術……! この俺相手に人数を頼みに襲い掛かるとは、耄碌したのは貴様だったなハンゾウ!!」


「ぬうっ!! おいお前たち、やれ! やってしまえ!!」

「御意!」


 刺客たちの動きが変わった。

 まるで波のように、クラウド目掛けて攻撃を仕掛けてくる。


「伐、ジョカ様を頼むぞ!」


「おい、天宇王子はどうした」


 クラウドはそのツッコミを無視した。

 波状攻撃で飛来してくる投擲武器。クラウドは床に向かって発泡すると、その勢いで飛び上がり、空中で反転した。


 落下に入る前に、彼は双銃を刺客たちに向けて連続で発泡する。

 高速でマズルフラッシュが連続し、駆け寄ってきていた刺客たちが一度に打ち倒された。

 着地するクラウド。


 そこに目掛けて、弩を構えた刺客が狙いを定める。

 これを、クラウドは視界の端で確認するだけで、銃口をそちらに向けて一射。

 倒れるのを確認する事も無く、前進しながら紅い銃を正面へ連射する。


 倒れていく刺客たち。

 だが、ハンゾウによって恐怖と言う感情を奪われた彼らは、退くという事を知らない。

 前にいる者が倒されれば、後ろから現れて飛び道具を放つのだ。


「むうっ」


 クラウドは唸った。

 連射が止まる。


「むむっ、一体どうしたというのだ」


 伐はいやな汗をかきながら呟く。

 王子を狙って放たれる攻撃は、蟲たちによる壁で防げてはいるものの、クラウドが敗れればやってくるであろう、あのハンゾウと言う男の攻撃を防ぎきれるとは思えない。

 ここでクラウドが不調になり、倒れられては困るのだ。


「安心せよ。あれはクラウドのゆびがつかれただけじゃ」


「たくさん撃っていたからな」


 ジョカの言葉に、天宇王子がなるほどと頷いた。

 まさしく原因はその通りであった。


 クラウドの双銃に、オートマチックで射撃を行なう機能などついていない。

 毎回律儀にトリガーを引かねばならないのだ。

 ガン=カタを行なうにはいささか不利な構造である。


 攻撃の手が止まったと見るや否や、刺客は一斉にクラウドに踊りかかった。

 遠距離で攻撃をし続ければいいのだが、そこはそれ、勢いと言うやつである。


 だが、これに対してクラウド、不敵に笑みを浮かべながら、あろうことか自ら向かって来る敵の群れに突撃していく。

 前傾姿勢からダッシュし、そのまま地面に身を投げ出す。


「なにっ!」


 刺客たちは一瞬、クラウドが視界から消えた事に驚愕。

 だが勢いはすぐには止まらない。

 そこに、高速で前転しながら接近したクラウドが下方から黒と黄金の銃を構えた。


「シューッ!!」


 こちらは疲れていないほうの指である。

 彼が叫びながら連続で引き金を引くと、刺客たちは者も言わずにばたばたと倒れた。


 ゆっくりと、クラウドは立ち上がる。

 既に、辺りに刺客の姿は無い。

 全て物言わぬ躯と化している。


「何という事だ……!」


 ハンゾウは苛立たしげに呟き、天蓋を蹴り付けた。

 そして重力を無視するかの如く、ふわりと着地してくる。


「だが、俺が地面に降りたという事はどういう意味か分かるかな」


「ボクサーがグローブを外したということか!」


 クラウドの言葉に、ハンゾウがとても悲しそうな顔をした。

 さきほどまで、目にも止まらぬほどの速度で回転させていた錘がピタリと止まると、ポトッと地面に落ちた。


「なぁーんで言っちゃうかなあー……。お前昔っからそうだよね? 空気とか読めないよね? あーあ……」


「あっ、ごめん、悪かった。いじけないでくれ」


「……何やら二人の雰囲気がおかしいのだが……」


「クラウドのむかしのしりあいなんじゃろ?」


 ハンゾウは気を取り直し、深呼吸した。

 そしてまた身構える。


「俺が地面に降りたという事はどういう意味か分かるか?」


「なん……だと……!?」


 また繰り返し始めた。

 今度はクラウドもノリ良くあわせているので、ハンゾウも機嫌がいい。


「ボクサーがグローブを外したのだよ……!」


「ほう……面白い!」


 錘が回転を始める。

 クラウドも、双銃を怪しく構え、二人は向かい合いながらじわりじわりと回る。

 二人とも頭がおかしいことは確かだったが、並外れた使い手である事も確かなのである。


 一瞬の静寂。

 それを破ったのはハンゾウであった。

 錘の回転音が可聴域を超える。


 視認すら難しくなったそれが、近くにあった柱を削り取った。

 破片が飛来する。

 それを、クラウドは双銃を回転させながら受け止める。そして防御動作と共に駆け出した。


 即座に彼は、錘の攻撃範囲に飛び込む。

 音の速度に迫ろうかと言う攻撃が襲い掛かる。


 クラウドはこれに対し、背面を射撃する事で反動を生み、加速して錘を繋ぐ紐の範囲まで入り込むことでかわした。

 背後では、石造りの床や木材の柱が、まるで柔らかな飴細工であるかのように削り取られていく。


「捉えたぞハンゾウ!!」


「ちっ」


 ハンゾウはマフラーを翻しながら回転する。

 高速で錘を巻き取っているのだ。

 だが、戻しきらぬうちにクラウドが射撃する。


 当たれば人の肉体をまるごと削り取る、双銃の射撃である。

 ハンゾウは射撃と同時に大きくバック転して、これをやり過ごした。


 空中にて、錘の巻き取りが完了する。

 黄金の輝きを放つ球体が、彼の腕から下がっていた。


「どうした。暗殺でなければ本領発揮できないのかハンゾウ」


「フッ、お前のバックスタブ封じの腕前には舌を巻く……!」


 また戦闘は小休止を挟み、互いに言葉を交わし始めた。

 そんな事をしていると、クラウドの銃撃とハンゾウの攻撃で散々削られた天空回廊が、みしみし言い始める。


「いかん……! クラウド、崩れるぞ! こちらはダッシュしておく」


 伐はいち早く崩壊の兆候を感じ取り、さらに蟲を呼び寄せた。

 鋼の甲殻を持つ蟲が、まるで宙に浮かぶ絨毯のように展開する。

 これに天宇とジョカ、そして楊を乗せる。


「この廊下がくずれたら、あっちがわにいる者はたいへんじゃのう。もどってこれないじゃろう」


 ジョカがしみじみと言う。


「ハンゾウ、決着をつけようじゃないか」


「望むところだ。行くぞ!!」


 男どもは話を聞いていない。

 いよいよ末端から崩落を開始した回廊の上、二人は疾走しながら錘による攻撃と銃撃を連続して交し合う。


 さらに砕け散る柱、床、天蓋。

 放たれた銃弾を回転する錘が弾き、錘による打撃を銃身で防ぐ。


「よ、よいのか!? あれではクラウドが落ちてしまう! あっ、床が崩れた! 回廊が落ちていく!」


「まだ戦っているな。阿呆かあいつらは。不思議とこれで死ぬという気はせんな」


 蟲に乗り、空に舞い上がりながら、崩れ落ちていく天空回廊を見守る一同。

 今、その天蓋の上で、クラウドとハンゾウが激しくワンインチでの競り合いを行なっていた。


 ちなみに明らかに銃と錘の間合いではない。こんな距離で使う武器ではないのだ。

 やがて二人は、湯煙の中に消え……。

 落下音と、凄まじい銃撃音が聞こえた。


「馬鹿な男だ」


 伐は呟いた。

 その横に、さっきの銃撃の反動で飛び上がってきたクラウドがスッと飛び乗る。


「うわあっ!?」


 伐は驚愕のあまり蟲から転がり落ちそうになった。


「おかえりクラウド。楽しかったかや?」


「堪能しましたぞ。しかし緑青め、このような罠を仕掛けるとは……紅玉の差し金だろうな。なんだこれは、謀略が行き交う戦場などワクワクしてくるではないか」


「そ、そうか。で、どうするのだクラウド?」


 やや引き気味に尋ねる伐。

 天宇王子はすっかり状況の推移についていけず、目を回している。

 倒れた彼の頭が、楊の胸元に寄りかかっているあたりは役得か。


「なに、やる気とあらば応えてやるのが流儀だ。この国は攻め落とそう」


 そう言う事になったのである。



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