案山子

Jack Torrance

第1話 案山子

奴らが俺が手塩にかけて育てた野菜や穀物を狙ってやがる。


空高く旋回し鋭い目付きで狙った獲物は逃がさねえってな感じで足りねえ脳味噌で習性に身を任す烏合の衆どもめ。


月光の下で寝静まってる森林の闇の中から目を光らせてやがる飢えた獣どもめ。


クソッ、クソッ、クソッ、クソったれどもめが。


ハイテクな防禦には投資が必要になり良い物をチョイスすれば、それなりに出費が嵩む。


うちの家計はかみさんが握ってやがる。


かみさんの親父が残した土地はたんまりあるが、かみさんの目の黒い内は売らせねえの一点張りだ。


かみさんはせこくてケチで腹黒い。


だから、ハイテクの防禦システムもケチりやがるし、土地も値が上がるのを待ってから売却する気満々だ。


かみさんがいなくなれば俺の思い通りに事が運ぶんだがな。


かみさんはピンピンしてやがる。


当分、死にそうにねえな。


俺は仕方ねえから鳥獣防止に取り掛かった。


先ずは杭を打って有刺鉄線を張るってのが有効なんだろうが、俺は何だかかったるいなと思った。


それに獣には有効でも空から攻めてきやがる鳥どもに対しては唯の止まり木にしかなんねえからな。


それにクリエイティヴじゃねえしな。


俺はここは古い戦術になっちまうが案山子だなと踏んだ。


鳥獣どもがぶったまげるくらいの殺気立った斬新でクリエイティヴな奴を拵えてやる。


そうすれば鳥だろうが獣だろうが恐れをなして太刀打ち出来ねえからなと俺は意気混んだ。


先ずは竹材と子供の玩具のホッピングを骨格にして藁で人体の形を肉付けしていく。


頭、胴体、両手両足を藁を盛って紐で結わえ付けながら人の形を成していく。


ここから俺の奇抜で斬新且つ天地の創造を超越したデフォルメだ。


俺のオリジナリティ且つ前衛的なパフォーミングの見せ所だ。


着用させる衣服はAC/DCのアンガス ヤングの定番コスチューム。


俗に言うスクールボーイスタイルだ。


そして、眼球はぴんぽん球をカッターで半分に分割し中心部を黒い油性ペンでまん丸く黒目を書き込み、その中心部から外に向かって赤い油性ペンで稲妻型に毛細血管を無数に書き込んでいく。


飛び出た目ん玉が血走っている感じを表現してみた。


鼻はペニスの形状を成したディルドを付けた。


これは鳥獣どもを一蹴して鼻高々になっている案山子の高慢さを表現してみた。


口はコヨーテの顎骨で牙も全て残っている奴にした。


これは、以前に砂漠で白骨化したコヨーテを発見した時に持ち帰った物だ。


クソったれの鳥獣どもを俺が全部喰らってやるといったアグレッシヴな案山子の姿勢を表現してにた。


後はクリーブランド インディアンスのベースボールキャップを斜に被らせてナイフとフォークを左右の手に持たせて一丁上がりだ。


インディアンスのベースボールキャップはネイティヴ アメリカンの不屈の闘志と俺がトマホークで鳥獣どもを狩ってやるという意思表明の現れだと思ってくれていい。


エクセレント!


我ながら惚れ惚れする出来栄えだ。


俺は拵えた案山子を畑のど真ん中にブッ立てた。


翌朝。


俺は畑に向かうと案山子の前に食い荒らされた烏の骸が転がっていた。


俺はしたり顔で骸を見た。


案山子に付けているコヨーテの顎骨とナイフとフォークは血塗れになっていた。


よくやった、案山子よ。


それでこそ、俺のアートだ。


俺は案山子の血痕を水で綺麗に洗い流してやった。


翌朝。


俺は畑で更なる惨劇を目にした。


案山子の前に解体された猪の骸。


そして、ドラム缶を半分にぶった切って鉄網を載せたバーベッキューセット。


鉄網の上には猪の肉。


それと、カットされたピーマン、玉葱、南瓜、椎茸の食い残しがあった。


スクールボーイスタイルの首元には紙ナプキンが掛けられていた。


俺は前日の烏の一件があったので防犯カメラを案山子に向けて作動させていた。


案山子はホッピングでピョンピョン飛び跳ねながら猪を追い込み何処から仕入れたのかは解らないがナイフを鎌に持ち替えて猪をばらしていた。


鎌だけじゃなくてバーベキューセットや紙ナプきん。


包丁に俎板。


それに奴は塩コショウなんかも準備していた。


何処で仕入れたのかは謎だった。


俺は唖然とした。


奴は確実に進化してやがる。


俺はてめえが拵えた案山子の成長に目を細めた。


俺は万物の創造を遥かに凌駕したアートをてめえが産み出したという喜びを誰かに伝えたくてかみさんに案山子の秘密を口外した。


かみさんに防犯カメラの一部始終を見せた。


かみさんは万引きしたかしてないかはっきりしない中学生を疑わしい目付きで追い詰める万引きGメンのような眼差しを俺に向けて言った。


「これってCGでしょ。あんたは昔から馬鹿みたいな事ばっかしやって、あたしを担いでいるからね。あたしは自分の目で見なきゃ信用しないわ」


昔からそうだ。


かみさんは上手い話しや電話での化粧品、生命保険、健康食品なんかのオペレーターの勧誘も全部詐欺だと思う女だった。


結婚で行き遅れたのも自分に言い寄って来る男は親父の財産目当てだと思い込んでいたからだ。


そんな女を俺が貰ってやったと言っても過言じゃねえ。


かみさんは深夜に滋養強壮剤を飲んで息巻いて家を飛び出して畑に行った。


翌朝。


俺は目を背けたくなるような光景に出会(でくわ)した。


そこには、凄惨な光景が待ち受けていた。


ツーバイフォーで作られた十字架に磔にされたかみさんの裸体があった。


かみさんはこの世のものとは思えねえ形相で喉を鎌で掻っ切られていた。


案山子の鼻のディルドからは、かみさんのあそこの嫌な臭いがした。


さては、案山子の野郎。


かみさんをばらす前に犯しやがったな。


俺はにやりとほくそ笑んだ。


俺は暫くかみさんを抱いてやってねえ。


さぞや、かみさんは滋養強壮剤も飲んで案山子に突かれ昇天した事だろうよ。


その後、ほんとに昇天させられるとは想わずに…


俺はスクールボーイスタイルの衣装が、また汚れちまうんじゃねえかと思って前日の夜にレインコートを着用させていた。


俺はレインコートを脱がして案山子に付着した血痕を洗い流した。


そして、何食わぬ顔でレインコートを燃やして警察に通報した。


「か、か、かみさんが殺されているんです。そ、そ、それも残酷で凄惨な殺され方なんです。す、すぐに来てください」


ジャック ニコルソンが『カッコーの巣の上で』でオスカーを射止めた時のような演技力で俺は警察に通報した。


我ながら見事な演技力だ。


来年のオスカーのノミネートは間違いねえな。


ケケケケケ。


俺は、このままハリウッドに進出しよかとさえ思った。


ハリウッドで駄目だったらポルノ男優でもくっていけるだろうと思った。


若かりし頃のシルベスタ スタローンやソニー ランダムよりも俺の演技力は上だという自負の念がそう思わせた。


警察は現場検証し犯人の行方を追ったが、まさか案山子の野郎が殺ったなんて夢にも思っていなかった。


想像力の欠如だな。


このトンチキどもめが。


そのまま事件は自然と迷宮入りしていった。


俺には捜査の手は及ばなかった。


迫真の演技で警察の捜査に強力した俺に嫌疑が掛かるようだったらそのポリ公はボンクラだ。


俺はかみさんの親父が残した土地を疑われる事無く売り払おうと思っていた矢先の事だった。


国が高速道路を開通する事業計画が持ち上った。


その事業計画にかみさんが所有している土地が掛かった。


キャッホー!!!


こんな偶然があるってえのか。


神様、ありがとう。


死んだかみさんの親父、ありがとう。


そして、何より昇天してくれたかみさん、ありがとう。


俺はこれだけ誰かに感謝の念を抱いた事はあっただろうか。


過去のてめえに想いを巡らす。


土地は高騰した。


俺は焦らしに焦らして国への売却を先延ばしにして億万長者になった。


イヒヒヒヒ。


かみさん、改めていなくなってくれてありがとう。


農業とはおさらばだ。


さようなら、草取り。


さようなら、トラクター。


さようなら、大地の恵みよ。


俺はちまちま稼いで、かみさんに承服してきた生活におさらばし人生が一変した。


俺は上等な女を侍らせて悠々自適な生活を送った。


俺は、これも全て案山子様様のお陰だなと地下室に案山子を祀りたてた。


朝昼晩と血も滴るようなミディアムレアのTボーンステーキとマッシュドポテトのグレイビーソース掛け。


それと、隠元と人参とほうれん草のソテーをお供えした。


案山子様はそれを毎食ペロリと平らげた。


紙ナプキンにはグレイビーソースで〈デリシャス!〉と書かれていた。


そして、人様が寝静まった夜。


俺は案山子様を夜の帳に解き放つ。


最近、動物愛護団体のみ周りが強化された。


それも全て案山子様の仕業に違いねえ…

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案山子 Jack Torrance @John-D

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